レンネンカンプの誤算
運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する。
アルトゥル・ショーペンハウアー(1788-1860)
「失礼します!」
ラインハルトは作戦室に急いで入ると間髪入れずに発言した。
「敵の夜襲があるかもしれません!今すぐ夜間警備兵の数を増やしてください!」
突然のことだったので幹部たちは何が何やらわからない様子であった。
「どうして、そんなに焦っている?もう敵が迫ってきているのか?」
「いえ、視認した訳でありません。ですが、砲撃は夜間だと相当不利になります。奴らがそれに気づいて夜間進撃を敢行すれば、我々砲兵部隊は手を出せません!」
「失礼します!」
ラインハルトが説明中、焦った表情の兵士が入ってきた。
「どうした?」
「夜襲です!」
ラインハルトの予感は的中した。一同の顔がこわばる。
「どうする?!」
幹部の一人が声を荒げて言う。
ラインハルトは必死に考えたが、時間があまりにもなさすぎた。
その時、大佐がすっと立ち上がった。
「私が迎え撃つ」
一同は大佐を見た。
師団長が問う。
「できるか?」
大佐はラインハルトの方を見る。
「ここで突破されれば、作戦が破綻するのだろう?」
確かにそうだが、素直に答えることはできなかった。
「無茶です…。今、敵を相手にするのは危険です。急いで対策を練りましょう!」
大佐は首を横に振ってから、師団長の方を向く。
「行ってまいります」
大佐は出ていこうとした。
ラインハルトは声をかける。
「大佐殿!だめです!危険すぎます!」
大佐は背中を見せたまま答えた。
「少尉。軍人には死ぬと知っていても戦わなければならないときがある。まして、自分の死で仲間を勝利に導けるのなら本望だ」
大佐は最後に一言だけ告げた。
「君を殴ってすまなかった」
大佐は出ていった。
(……)
ラインハルトは呆然としていた。
ロシア軍は鉄条網を突破し始めていた。警戒に当たっていた兵士もほとんど意味はなく、時は急を要していた。
「お前たち!我に続け!!」
エドゼル大佐の掛け声でドイツ騎兵は一斉に走り出した。その数は、敵兵に比べれば少なかった。
エドゼル部隊は鉄条網の付近でロシア軍と衝突。激しい声の掛け合いが夜の大地に響き渡る。
「怯むなぁ!ここで奴らを通したら我々の敗北は決定的だぁ!」
エドゼルは必死に味方を鼓舞し、自身も近接戦を展開する。
ラインハルトは砲台地点から辺り一帯を眺める。ちらほらと敵、味方の松明が見える。
(だめだ…、今撃てば、誤射する…)
ラインハルトはなす術がなかった。
(あそこまで誘き寄せるか…?)
ラインハルトは作戦の第二段階に賭けることにした。暗い中での砲撃はかなりの危険を伴うが、昼間より多くの敵が集まっている今が、袋叩きの好機であった。
ラインハルトは無線で連絡する。
「敵兵を第二地点に誘導してください!!作戦の第二段階を実行します!」
連絡が伝わるまでは困難を要した。味方騎兵はなかなか退却をせずにいた。無線機での連絡が途中で途絶えていた可能性があった。
ラインハルトは一か八かで空砲を鳴らして合図を出した。
「気づけ…!!」
ラインハルトは必死で松明を振る。それは自身が狙撃される可能性もあった。
「動いたぞ!」
近くの兵士が叫んだ。見ると、エドゼル部隊は敵を寄せつつ後退する様子が見えた。
今しかなかった。
「砲兵部隊!直ちに第二地点に移動!装填準備を整えて!!」
第二地点にはいくつかの大砲が隠れて待機していた。暗闇ということもあって、さらに気付きにくくなっていた。
砲兵たちが準備を終えつつある時、馬の足音が近づいてきた。
「まだ、撃たないで!味方が通りすぎた後!!」
一瞬の見極めが勝負の分かれ目だ。ラインハルトはじっと堪える。
ドドドドドド!!!
ピッケルハウベを被った男たちが目の前を駆け抜けてゆく。
ラインハルトは味方部隊の最後列を待つ。じっと待つ。
(どこだ…!)
分かりやすかった。エドゼル部隊の最後尾の兵士は手に持った松明をぐるぐると回して合図を出していた。その少し後に敵兵が続く。今しかなかった。
「撃て!!!!」
砲撃が一斉に行われるその様子はまさに壮観であった。ロシア騎兵の姿は、暗闇であることを差し置いても、砲撃でまるで見えない。
砲撃は幾度も繰り返される。
松明を持ったドイツ騎兵は無事に走り抜けた。その後に敵兵の姿はない。
十分な砲撃を加えてから、ラインハルトは砲撃停止の指示を出す。
(やったか…?)
小銃を構えた兵士たちが土煙の立ち込める地点をじっと見つめる。やがて、煙が消えた後、そこに人影はなかった。暗闇のうっすら向こうに火の光が見える。撤退したのだ。
ラインハルトはなんとも言えない感情に包まれた。周りの兵士たちは歓喜の表情を浮かべている。
ーードイツ騎兵第一師団は、今作戦において最も重要と言われることとなる8月26日を、耐え抜いた。
ドン!!
レンネンカンプは思わず机を激しく叩いた。
「なぜだ!?あれほど押していたのに、この後に及んで…」
レンネンカンプは拳を強く握りしめ、わなわなと震えている。
「遅滞戦術とは言え、我が大軍をもってすれば突破できるはず…。悔しいが、第二軍が来れば勝利は確実…」
レンネンカンプは顔を上げる。
「誰だ…、誰なんだ…。我々を手玉にとる人間は…」
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