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ドイツ帝國に生きる  作者: 幽々夢 妖帝歌
タンネンベルク
14/105

巧妙な作戦

戦術とは、一点に全ての力をふるうことである。


     ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)

ラインハルトが作戦室から出たころ、すぐ外では大尉が一服していた。大尉はラインハルトを見ると火を消して近づいてきた。


「話は終わったかね?」


「はい…」


大尉はラインハルトの神妙な面持ちを見て問いかけた。


「なにかあったか?」


ラインハルトは少し黙った後、小声で言った。


「少尉になりました…」


「ん?」


大尉は聞き間違えだと思ったらしく、耳に手を添え、再び聞いてきた。


「私、ラインハルト・シュライザーは本日より少尉になります」


「は?」


大尉の反応は無理もないことであった。なんの階級も持たない新兵が少尉になるなど、特例であっても例を見ないことであったからだ。

ラインハルトはルーデンドルフとホフマンの了承の上での昇格であることを説明した。


「そ、そうか…。大したものだ…」


大尉はそれでもいまいち信じ切れてはいない様子だった。

だがラインハルトは、少尉になった以上はやることを全うするつもりだった。


「大尉殿、私は今、複雑な立場です。本来であればあなたのもとについて今後も戦わなければならないところですが、これからある師団に所属しなければなりません」


「ある師団?」


大尉は首を傾げた。ラインハルトはすぐに答える。


「騎兵第一師団です」


大尉はピンときていなかった。


「なんでまた?」


「それはここでは申し上げにくいです…」


ラインハルトはなにか隠している様子であったが、大尉は詮索しないことにした。もしかしたら作戦部における秘密事項かもしれないと思ったからだ。


「大出世だな、シュライザー少(・)尉(・)」


ラインハルトは呼びなれなくてむず痒い思いがした。だが、真剣な顔に切り替わって告げた。


「大尉殿、私と一緒に騎兵第一師団の本部に来ていただけませんか?私だけでは心もとないです」


大尉は頷くと本部へと向かった。





「失礼します!」


大尉は自身の名前を言うと本部の中へと入った。ラインハルトも後に続く。

中には数人の軍人たちが地図を開いて会議をしている途中であった。大尉とラインハルトの入室で、視線が一斉にこちらに向く。


「何かようか?」


師団長と思われる人物がギロっとこちらを睨む。ラインハルトは圧倒されたが、負けじと大きな声で発言する。


「私、ラインハルト・シュライザーは本日より、ここ騎兵第一師団での作戦会議に参加することとなりました!」


これには大尉も目を見開いて驚いた。師団長を相手に、一緒に作戦を練りましょう、と言うのは無礼極まりないことであった。


「シュライザー君!!それはまずい!」


大尉がラインハルトに注意をするや否や、師団長のそばにいた男が大きな音を立てて立ち上がった。そして、ラインハルトの目の前まで来て言った。


「貴様、若いな。階級と所属は?」


「はっ!階級は本日付けで少尉になりました。以前の所属は第十七軍団麾下の砲兵大隊に所属しておりました」


横にいた大尉は自分が、まさにその大隊の隊長であると言わんばかりに会釈した。

男は少しの沈黙の後に口を開いた。


「そうか、ようこそ。私の名前はエドゼル・バーニー。大佐だ」


ラインハルトは自分よりもはるかに階級の高い相手に深い敬意を示そうとした。

次の瞬間、ラインハルトは自分が床に倒れ伏している状況に理解が追いつかなかった。大尉は慌ててラインハルトの側に駆け寄る。ラインハルトは自分の頬がひどく痛むのを感じた。


(殴られた…?)


エドゼルはラインハルトを見下して言い放った。


「シュライザー少尉。我々が君のような訳のわからん人間を容易く受け入れると思うか?そもそも少尉の君が我々に何のようだ。軍を舐めているのか?」


エドゼルは自分の席に座ると言った。


「出ていきたまえ。会議の邪魔だ」


大尉は一礼をすると、ラインハルトを抱えてすぐに退出したーー。





ラインハルトは地平線のはるか彼方を眺めて途方に暮れていた。せっかく少尉にまで昇格して、ロシア軍を駆逐できる可能性を見出したというのに門前払いをされては元も子もない。ラインハルトは自信をなくしていた。


(やっぱり、僕は軍人なんかには到底向いていなかったんだな…)


ベルリンでつい最近までのんびりと勉強していた時のことを思い出すと無性に泣きたくなった。逃げ出したい気持ちがラインハルトの中に渦巻く。脱走兵になったってバレはしない。葛藤する心がラインハルトを押し潰そうとする。


「辛いかね?」


ラインハルトの様子を察してか、大尉が声をかけてきた。


「僕なんかの相手をしていても時間を無駄にしてしまいます。ご協力に感謝します。どうぞ、自分の部隊にお戻りください」


ラインハルトは冷たく言ってしまったことに若干の焦りを感じたが、この後に及んでは、もうどうでも良かった。

大尉は去らずに野原に座り込むラインハルトの横にしゃがんだ。


「君を見ているとね、自分の娘のことを思い出すよ」


ラインハルトは黙ったままでいた。


「君は何歳だね?」


ラインハルトは小さな声で言う。


「今年で20歳になります」


「まだ20歳なのか!凄いものだ」


大尉は少し大袈裟とも言える反応を示した後、続ける。


「私の娘も今年で20歳だ」


ラインハルトは引っかかるものを感じたが黙って聞いていた。


「私は、出世が遅いものだよ。この年齢ならもう中佐か大佐で良いと思うんだがね…。でも、そんな私を娘は誇りにしてくれている。帝国の誇り高き戦士だと仰々しく褒めてくれる」


ラインハルトは確信した。この大尉が、ベルリンの友達であるケリー・パウバルの父親だと。ファミリーネームが同一なのも合点がいった。


「私はこの戦争だけは絶対に負けられないと思っている。この戦争は三十年戦争以来の惨禍を生む。なにせ欧州各国がドイツの敵だからね」


ラインハルトは息を呑んだ。気がついた時には大尉の顔をじっと見ていた。

ラインハルトは問う。


「祖国が負けないよう戦うのは当然です。でも、大尉をそこまで駆り立てるものはなんですか?」


大尉は考える時もおかず即答した。


「娘の存在だ。負けた国に娘を生かしたくはない。そして、負けた場合、ドイツがどうなるのかもわからない。娘を守るために戦う」


ラインハルトは心の闇が一気に晴れていくのを感じた。活力を感じた。

ラインハルトはすくっと立ち上がると告げた。


「大尉殿、ありがとうございます!」


大尉はなぜ感謝されたのかわからなかったが、とりあえず笑顔を見せた。ラインハルトはすぐに騎兵第一師団の作戦室へと戻った。






「失礼します!!」


作戦室は今後の動きについて議論を交わしているところであった。


「また貴様か…」


ラインハルトを殴った大佐が呆れたように言う。


「何度も言わせるな、邪…」


「お話だけでも聞いてください!ルーデンドルフ参謀長のお墨付きです!!」


これは賭けだった。

自身がルーデンドルフより直々に騎兵第一師団に配属されたことは事実であったが、また生意気な態度だと言われて殴られる可能性があったからだ。

大佐の眉間に皺がよる。


「なんだと?貴様、ふざけたことを言うなよ」


当然の反応であった。だが、引き下がるわけにはいかない。


「騎兵第一師団はこれからロシア第一軍を止めなければならないのでしょう?」


「そんな話は聞いていないぞ!」


大佐は大きな声で反応する。どうやら話が通っていないらしい。だが、師団長の反応は違った。


「すまない、大佐。先程、参謀長から連絡があった。我々はこれより第一軍と対決する。我(・)々(・)だ(・)け(・)で(・)、だ。そのあたりはそこの少尉の方が把握していると思う。話を聞こうではないか」


ラインハルトは内心、やったと思った。話ができる。大佐はしぶしぶ着席した。


「師団長、ありがとうございます。まず、参謀長からの指示を共有したいと思います」


ラインハルトは第二軍を撃滅する間、ドイツ騎兵第一師団がロシア第一軍を食い止める作戦を伝えた。


「なるほど。そして、君が言いたいのは、いかにして敵軍を止めるか、だな?」


「はい」


ラインハルトは自らが書き込んだノートを片手に作戦立案用の黒板前に立った。


「先日の戦いで思ったのは、砲兵部隊による一斉砲撃を行っても、ロシア騎兵にはさほど効果がないということです」


幹部たちは静かに聞いている。


「彼らは砲撃をもろともせず突撃してきます。なので、それを利用しようと思います」


「具体的には?」


「騎兵の突撃進路を絞ります」


「絞る?」


ラインハルトは頷くと黒板に図を描きこんだ。そこには馬の進撃を拒むための柵が描かれた。


「柵の材料をどうするかの議論は後にして、まずこのような柵を考えます。そして馬の進路をいくつかの地点に誘導してそこを砲兵部隊で狙い撃ちします」


「聞きたいことは色々あるが、まずどうやって誘導する?」


「味方の騎兵部隊が柵の間に逃げ込むようにするのです」


「露骨すぎないか?」


「それで良いのです」


幹部たちは不思議に思った。


「なぜ?」


「露骨に誘えば、敵兵は攻め込むことに躊躇します。それが時間稼ぎになれば、それはそれで我々に有利なのです」


幹部たちは敵兵の撃滅ではなく、食い止めることを思い出し、納得した。


「では、誘導に乗ってきた場合、砲撃はうまく当てられるのか?」


「当てます」


ラインハルトは言い切った。これは自信過剰ゆえではなかった。むしろ、自信はあまりないとも言えた。だが、今のラインハルトにはやる、と言う他なかった。


「ふむ…」


幹部たちは腕を組んで考え込んだようだ。だがしかし、大佐だけは納得していないようだ。


「馬鹿馬鹿しい。そんな柵程度で敵の進撃を食い止められるなら苦労はない。第一、自分達の砲撃で柵を破壊してしまったらすぐに突破されるではないか」


「柵の幅は50mで、榴弾砲によってそこに撃ち込みます。柵に当たらないギリギリのところを狙うつもりです。でも、万が一この作戦が失敗しても次の作戦があります」


幹部たちは再び顔をラインハルトの方に向けた。


「最も単純ですが、開けた場所に敵部隊を誘い出し、一斉砲撃を加えます」


「なるほど。そこで一気に叩くということか」


「はい。ですが、これを最初にやっても、誘い出す敵兵力にも限界があるはずです。なので、先の作戦で敵を削ろうと思いました」


大佐は納得していない表情であった。しかし、師団長は立ち上がると、ラインハルトに近づいて告げた。


「この二段階の遅滞戦術、修正すべき点はいくつかあるだろう。だが、採用してみよう。シュライザー少尉。君に騎兵師団を託そう」


「師団長?!」


大佐は仰天した。


「大佐、ルーデンドルフ殿が直々に寄越したのだから、是非とも期待してみようではないか」


この言葉で一気にことが運んだ。

ラインハルトの遅滞戦術は修正の上で、迅速に開始された。ロシア軍の無線を盗聴することで、いつ第一軍が動き出すか筒抜けであったため、計画の準備は順調に行えた。


(今度こそ、やってやる…)


ラインハルトの大戦(おおいくさ)が始まろうとしていたーー。

読んでくださりありがとうございます。次の作品が投稿され次第、ぜひ読んでいってください。

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