第三話 追想
俺は昔から嫌われ者だった。
ごみ溜めのような場所で生まれ、物心つく頃には親に捨てられた。
迫害の対象である獣人として生まれた俺に、最初から居場所なんて無い。
人間の街を歩けば、投げ石が飛んでくる。
救いの手を差し伸べてくれるような奴はいない。
ボロボロで小汚い俺を、道行く人間は皆見て見ぬふりをした。
そのうち俺は過度のストレスで、声が出せなくなっていた。
そのまま誰とも会話すること無く、日々は過ぎ去っていく。
誰かに助けを求める事もしなくなり、俺の心は荒んだ。
罪と知りつつ、盗みやゴミ漁りをする毎日。
これは生きるために仕方の無いことだと、自分に言い聞かせた。
同じような境遇の誰かと縄張りが被れば、生き残りをかけて戦う。
皆生きるために必死で、仲間意識を持つやつなんていない。
身も心もボロボロになっていく、そんな日々が続いていた。
俺が、不思議な空間に飛ばされたのは、そんな時だった。
不可思議な光のゲートに吸い込まれ、たどり着いた先の変な部屋。
変な音がする箱や、勝手に動く鉄の塊。見たことも無い物が沢山ある。
そして、俺は彼女に出会った。
まだ幼かった俺は、それはもう怯えまくった。
悪い研究者に拉致されたのかとさえ思い、ただ部屋の隅に縮こまる。
部屋に人間が入ってきたと思った時は、一体なんの実験をさせられるのかと震えた。
言葉を話せない俺は、精一杯歯を剥き出してフーッと威嚇する。
けれど、そんな必要はなかったんだ。
彼女はとても優しく、ボロボロの俺を見て心配してくれた。
ただ怯えていた俺は、全力で拒絶して、部屋の隅に逃げて縮こまってしまったが。
そんな俺を責めるでもなく、心配そうに見つめる彼女のまなざしはとても優しかった。
その時点でもう、彼女が敵じゃないことは何となく分かっていた。
ただ、やはりまだどこか、心の奥底では信じ切れない自分がいる。
ふいにどこかへ行ってしまった彼女は、ひとつの果物を持って帰ってきた。
――つやつやと光る、赤くて丸い果物。
「果物は好き?」
そう語りかけてきて、微笑む彼女。
同時に、俺の腹の虫が鳴り、気恥ずかしさに顔を赤らめてうつむいてしまう。
そんな俺を見て、彼女はどこか安心したように笑った。
切ってあげるね、と小振りなナイフを持つ彼女をじっと見つめる。
相手は刃物を持っていると言うのに、俺の警戒心はそれほど働かなかった。
それよりも、彼女の手によって形作られていく果物が気になってしょうがない。
いつか見たことがある、ラビットと呼ばれる魔物に、形がちょっと似てる気がした。
それを皿に盛り付けて、彼女はゆっくり近づいてくる。
敵じゃないと思いつつもやっぱり怖くて、フーッと威嚇してしまう。
なのに彼女は怒るでもなく、優しい言葉を残して、静かに部屋から去っていってしまった。
残された俺は、置かれた皿をじっと見つめる。
丁寧に切り分けられた果物をひとつ掴み、目の前に持ち上げた。
恐る恐る、口へと運ぶ。
シャク、と歯を立てた瞬間。暴力的なほどの甘さが口の中に広がった。
俺は、無我夢中で果物を口に運んだ。ひとつ、またひとつと掴んで、頬張る。
両手がベタベタになろうが気にしなかった。
次々溢れる涙で顔がぐしゃぐしゃになろうが、もう知らなかった。
美味しい。甘い。嬉しい。優しい味がする。
あの人の優しさの、味がする。
「……う、ひっく、ぐす」
気が付けば俺は、元の場所へ戻ってきていた。
今のは夢だったのか。しゃくり上げながら、そう考える。
ただベタつく手と口の中に残った甘さが、夢じゃないと証明していた。
――幸せだった。
自分は確かに、生まれて初めて、幸福を感じていた。
果物の汁がついた唇を一舐めして立ち上がり、俺は決意する。
また、逢いたい。
あの優しさをくれたあの人に、また逢いたい
もしまた逢うことができたのなら、その時俺は……。
声を出すことの出来ない、喉に手を当てる。
いつかまた逢うことが出来て、その時に言葉を話せたなら。
あなたに、伝えたい言葉があるんだ。




