27とんへー
ガシャンとブレーカーが一気に落ちたように町が一瞬にして暗闇に染まる。
それとは相反してまだ夜中のはずなのに空は明るく茜色に染まり出した。
避難所へ向かうはずなのにそれを見て一気に気力を持っていかれてしまう。
足を止めただ空を見上げていると嘉新がするりと背中から降りた。
スっと手に温もりが伝う。
世界は終わる。
そんな馬鹿げているような現実をさまざまと見せつけられたような気分だった。
俺は空いている手でポケットにしまわれたスマホをちょんと触り、そして何も掴まずに手を引き抜いた。
確認しても無駄。
どうせネットも俺の感じていることと同じことしか言っていないだろう。
死ぬことは怖くない。
そう思っていたのに。
ギュッと無意識に繋いだ手に力が篭った。
そんなとき。
「ハイッ!ども、とんへーでッス!ーー来たっす!来たっす!世界の終わりが!!...はい、というわけで...」
不意に聞こえたのはそんな脳天気な実況だった。
※
髪を明るく染め、緑のフレームの眼鏡をかけた若い男は自撮り棒を掲げ一人テンションを上げている。
「さぁ!来ちゃいましたっ!!来ちゃいましたよ〜〜〜ッ世界の終わりッッ!さて今ワタクシはーーー」
こんなときに何やってんだと言うように近くで逃げ惑う人達はその男に憐れむような視線を向けて走り去る。
俺も全く同じ感想だった。恐らく嘉新もだろう。
見たところ何かの撮影のようだが。
「うっひァっ、えーみなさんワタクシには目もくれない!そりゃこんなときになにやってんだってことですよね〜」
その男は大袈裟に「あちゃー」と額に手を当てる。
世界の終わりを知らされ、自暴自棄になる人はいたようだ。
いつか見たネットニュースを思い出す。
でも実際にそれらしき人を目の当たりにするとこうも奇妙で、哀れんで、なんとも巻き込まれたくなかった。
人は自分とは違うもの、理解出来ないものに恐怖するらしいがまさにこの状況はそれだ。
「なあ...」
もう行こうと嘉新に伝えようと手を引き
「んじゃっ!せっかくなんで街角インタビューしちゃいたいと〜〜、おもいまーす!!」
なにが『せっかく』だ!
スチャッと振り向き、俺たちを明らかにロックオンしたその男はニヤリと笑みを浮かべてこちらにずんずん近づいて来た。
「どもっ!お話聞いていいっスか!」
『ヤです』と言おうとしてふとこちらに向けられるカメラに気づいた。
自撮りモードにしているようで自分の顔が映り込んでいる。
「んぐっ...」とたじろいだ。
よく見るとただの動画再生じゃない。
恐らくライブ配信だこれ。しかもItubeの。
画面の中ではコメントらしき文字列が次々と隙間なく流れている。
それに。
聞き違いじゃなければさっき言ってた『とんへー』という名前、結構人気のITuberじゃないか。
俺もかつて見たことがあった。
そのときとは髪色も違うし、最近はそれほど配信していなかったようだけど。
「いや...俺たちは...」
『急いでるんで失礼します』と断ろうとすると俺の声にとんへーはハイテンションボイスを被せた。
「ズバリ!お二人のご関係は!?」
「んあっ!?いや...!」
咄嗟に変な声が飛び出して言葉に詰まる。
正直に答えるべきか...いや、でもネット界隈にそれが広まるのは...
「恋人です」
俺が逡巡していると嘉新が俺の背からひょこっと顔を覗かせた。
「ちょっ...」
慌てて振り向くも嘉新は真っ直ぐとんへーを見て余裕のある笑みを浮かべている。
「なんとっ!それはそれは。羨ましいっっ!!いや〜ワタクシもそんな相手が欲しかったっ!」
大袈裟に拍手をして腕を目に当て泣き真似をして...なんとも忙しいやっちゃ。
だけどその一つ一つが目を引く。
さすがとしか言いようがない。
とんへーはその後も遠慮なしにマシンガントークで攻め、ガンガン質問を繰り返し、やがて
「...はいっ!では!また後ほど、終焉のときを迎えるまで生の生の!生中継でお送りしまっスッ!」
最後までハイテンションのままポーズをキメてとんへーは自撮り棒を下ろした。
そしてくるりとこちらを振り向き
「すみませんでした!」
と丁寧に深く頭を下げた。
「...え?」
先程までとは違う様子に戸惑う。
あのウザイくらいのハイテンションは鳴りを潜め、別人のように思えるくらいだ。
「こんなときに取材協力して頂いてありがとうございました」
協力したというより巻き込まれたという方が正しいが。
「いや、大丈夫です」
小さく手を振ってそう言うととんへーはホッと息を吐き胸に手を当てた。
リスクは承知で実行してたのか。
自分の思い違いに気づく。
どうやらただの非常識というわけではないようだ。
「あの...どうしてこんなときにそんなことをしてるんです?」
気になって、気づいたときにはそう尋ねていた。
「そんなこと...」と、とんへーは小さく呟き
「オレの全てだからです」
と言いきった。
「あなたからしてみれば『そんなこと』なのかもしれませんけどオレにとってはITuberでいられることは人生の全てで。...あ、別に怒ってるとかそんなんじゃないですよ?ただ知って欲しかっただけです、自己満足です、はい。」
とんへーは矢継ぎ早にそう言ったあとぺこりと恭しくお辞儀する。
自分が恥ずかしくなった。
無意識に俺は俺の嫌いな奴らと同じようなことをしていたのかもしれない。
勝手な思い込んで、なにげない言葉の意味を深く考えず考え無しに吐き出して。
かつての『嘲笑』が頭を掠める。
「ごめん。考え無しだった」
頭を下げるととんへーはあっけらかんと笑い
「いいですよっ。あ、それよりもうすぐですね」
と空を見上げた。
「もうすぐって...なにが?」
嫌な予感を感じつつ思わず聞き返した。
とんへーはキョトンとした顔の後空を自撮り棒で指して言う。
「なにって終焉までですよ。ついさっき『あと一時間もない』って発表されたじゃないですか」




