22怖くない
昼食をご馳走になりそのままうららに引っ張られるまま一緒に遊ぶことになった。
正確にはうららが駄々をこねて嘉新を引っ張って行ったのだが。
うららがお絵描きをしてそれを嘉新とさりが見守る。
エクリアととまりは部屋にでもいるのか昼食を食べたあとぷいっとどこかへと行ってしまった。
手持ち無沙汰な俺は隅の方で3人の様子を見ていたが30分もすると尻がしたくなってきた。
立ち上がりグイッと背筋を伸ばす。
暇だし散歩でもしてくるか。
まだだいぶ時間ありそうだし。
一応嘉新に言っておこうと視線を向けるとバッチリと目が合った。
思いもしなかったことに内心驚きながら指を外に向けると嘉新は微笑みこくりと頷いた。
さてと。
※
「やっぱり」
畑には今日もエクリアがいた。
だが幸い今日は畑を荒らしておらず脇道にしゃがみこみ畑をボーッと眺めていた。
俺はその横にスペースを空けてしゃがむ。
ちらりとエクリアがこちらを見て、視線を元に戻す。
「なにか用?」
ぽしょりと呟くような小さな声量だった。
「ただの散歩だ。気にすんな」
畑を眺めたままそう返す。
エクリアはそれに対し何も言わなかった。
しばらくの間静かな時間が流れる。
さわさわと風が吹き頬を撫でる。目の前では小さな茶色い虫がピョンと大きく跳ねた。
水やりをしたあとだからか葉はしっとり汗をかいていて呑気にゆらゆら揺れながら日向ぼっこをしている。
世界でふたりぼっちになったみたいだ。
ふとそんなことを思いふっと笑った。
「みんなのとこには戻らないのか?」
虫の観察にも飽きて首を少し傾けてそう聞く。
「戻らない」
淡々と、無表情で畑を眺めながらエクリアはそう答えた。
「そっか」
他人の干渉を良しとしないというように突き放されそれ以上突っ込んで聞くことを躊躇う。
しばらくまた沈黙が訪れ、ぽしょりとリアが吐露した。
「あそこにはリアはいちゃだめなの」
ぐっとリアは膝を抱える腕に力を入れた。
せいぜい小学校低学年程のこの幼い少女がこんなことを言い出すなんて普通じゃない。
そう考えるに至った、エクリアの性根をねじ曲げた大きな『なにか』が絡んでいるはずだ。
だからこそ躊躇う。その続きを言わせることを。
聞くべきか、聞き流すべきか。
「...どうして?」
俺は悩んだ末前者を選択する。
「みんな、外からきたリアをよろこばない。リアもあそこに入りたくない。だからいられないの」
いつもの淡々とした声がさらに沈んでいた。
ギュッと胸に苦しみを感じ
「わかるよ」
気がつくとそう応えていた。
リアがゆっくり首を俺の方に傾ける。
『どういうこと?』と。
そうしてから俺はどうするべきか迷った。
本音を、今まで一人胸の内に隠してきたものを吐き出してしまってもいいのか。
だってあまりにも暗すぎる過去だ。
視線を上げるとエクリアと目が合った。
翡翠色の瞳は『逃がさない』というように俺と視線を外してくれない。
「俺は...ずっと一人だった」
生まれてからずっと。
親の顔も写真以外で見たことは無い。
「いっしょ?」
「いや、それは違う。エクリアは...お母さんとの記憶があるだろ。俺にはそれすらないんだ」
難しいのかエクリアは首を捻る。
その様子に苦笑しながら
「お母さんを、俺は知らないんだよ」
「ずっと、ひとり?」
「そ」
物心つく頃には俺に居場所はもうなかった。
低スパンで親戚の家を転々とする日々。
最低限の世話はしてくれるけど完全に厄介者。
学校にもそんな普通と違う俺の居場所なんてなかった。
家でも学校でも一人でいることが出来る場所に閉じこもってひたすら本を読んでいたのを思い出す。
学校ではゲーム機や漫画を持ち込むのは禁止されていたし本を読んでいれば勝手に物静か、真面目な奴だって思われるから皆ほっといてくれたのだ。
「こわくないの?」
怖い...か。
エクリアはどこか悲しげな表情で顔を覗き込んでくる。
俺を心配してくれている...というより自分自身の今の状況が怖くて仕方ない、という方が強いように思えた。
心の中で謝りながら俺は本音を言う。
「めちゃくちゃ怖かった。毎日毎日泣きたいくらい」
実際、一時期精神的にかなり不安定だったときは毎日のように泣いてた。
「でも今はなんともないかな」
学校の皆が羨ましかった。
雨の日の送り迎えや参観日の度、皆とはやっぱり違う自分を無理矢理意識させられた。
信じられる人が欲しかった。
でもそんな想いは時間の経過と共に薄れていった。
いや、薄れたというか慣れたというのが正しいか。
今でも時々胸がチクリと痛むし周りを羨む気持ちはある。
でも...
「一緒にいていいって、思える人がいるから」
「みら?」
ボーッとしている割に確信を正確についた一言に「うぐっ」と呻く。
「......」
違う、とも言えず返答に迷っていると
「やっぱりそうなんだ」
と勝手に納得された。
なぜか顔に熱が集まっていくのを感じているとエクリアが再び畑に視線を向け、唐突にパタンと地面に倒れた。
「お、おいっ」
慌てて辺りを見回し車が来ていないことを確認してホッと息をつく。
エクリアはボーッと無気力に空を眺めていた。
「いいな」
ぽつりとエクリアが言った。
結局俺は赤の他人。
物語の主人公のように誰も彼も、ヒーローのように救えるほどの力量なんてない。
自分の無力さに歯噛みした。
なんとかしてあげたい。
悲しみから救ってあげたい。
なんだよその上から目線。自分の力量見直してから出直してこいよバーカ。
なんて。
小山川さんに偉そうなこと言ったのに大概俺も人のこと言えないな。
しかもそれに今頃気づくって...
余計タチが悪い。
バタンと後ろに倒れてエクリアと同じように空を見上げた。
青い空もさわさわと吹く風も、土の匂いも、気持ち良く感じていたものがやけに痛かった。
「でも」
しばらくの時間を空けてリアが口を開いた。
「リアは今のままでいい。誰もいなくても。もうすぐお母さんに会えるから」
ドクンッと心臓が跳ねる。
エクリアの横顔はこれから自身に理不尽に降りかかる運命を受け入れんとする覚悟があったから。
未だこの世界に住むほとんどの人が受け入れられていないというのに。
「だからいいの」とエクリアはこちらに首を傾けてうっすら微笑んだ。
初めて見たエクリアの笑顔はとんでもなく綺麗で、そしてとんでもなく胸が締め付けられた。




