21子ども心
「エクリアのこと、教えてもらえませんか?」
畑仕事が一段落ついて昼食にお呼ばれされた。
子供たちと嘉新がキッチンへと向かったのを見届けて俺は小山川さんを呼び止める。
小山川さんは振り返り何も言わずただにこにこしていた。
そしてちょいちょいと手を動かし俺を角のの部屋に招き入れる。
『管理人室』とあることから察するに小山川さんの部屋らしい。
部屋に一歩入って目を丸くした。
6条ほどの洋室には折りたたみのベッドとパソコンデスクしかない。
パソコンも型が古いもののようで所々日に焼けていた。
テレビも本棚も、娯楽物は何も無かった。
「あまり物を置くのが好きじゃないんです。それに、娯楽室にいけばテレビくらいありますから」
俺の様子を見てか小山川さんがそう応える。
「椅子も座布団もないのでどこか適当に座ってください」と勧められ俺はベッド脇の床に正座した。
冷たく硬い床の感触が布越しに伝わってきて身動ぎする。
小山川さんは机の上の端に立てかけていた一冊のファイルを取って俺の隣に腰掛ける。
「個人情報ですから本人の許可がないと詳しいことは話せません。それは先にご了承ください」
小山川さんはファイルを開きあるページを開いた。
「これは...」
映っていたのは金髪の女性と同じ髪色の小さな女の子。抱き抱えられた女の子は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
表情も雰囲気も全く違うけど一目でエクリアだと分かる。
「あの子がここに来たのは二ヶ月ほど前です」
小山川さんは写真を撫でる。
「あの子の母親はイギリス人ではありますが大の日本好きで日本人の男性と結婚し日本に在住していました。だからエクリアは日本生まれ日本育ちらしいです」
『らしい』という言い方が引っかかる。
小山川さんはふっと笑い
「あの子のことは僕自身深く知らない。笑ったところすら見たことないんです。あの子のことで知っているのは紙面上で得たものだけ。先程話せることは多くないと言いましたが実は僕自身、彼女のことをほとんど知らないんです」
俺は視線を写真へと向ける。
「母親がいなくなったことであの子が変わってしまったのは明確です。しかし、だからといって僕たち、極端な言い方をしてしまえば内の事情を外側から見ているだけの他人にどうすることは出来ない。あの子が心を開かないのも当然でしょう」
小山川さんは肩を落とす。
「...心を開かないって」
静かな空間の中、俺の声は小さくてもよく通った。
「失礼かもしれませんが、当然のことです。親をなくしたばかり、細かいことは分かりませんがエクリアにとって母親の隣は大事な場所だったのは明確ですって」
自分でも驚くほど冷たい声だった。
だって『心を開かない』なんてなんて自分勝手な物言いだろうかとついカッとなってしまったのだから。
言葉に出して、事情は違うかもしれないが境遇が似たエクリアにちょっと話しただけなのにえらく入れ込んでしまっているといることに気づいた。
先程までとは打って変わって今度は後悔に近い感情が押し寄せる。
「...すみません」
ズケズケ踏み込まなくていいところまで踏み込んでしまった。
「謝る必要はないですよ。それに関しては僕も同じ意見です。幼いから、ここに来たばかりで慣れていないから。そうどこかで言い訳をしていたのかもしれません。子どもにも心があって、考えがあって。それを守ってあげるために僕がいるのにね」
「ハハっ」と小山川さんは乾いた笑いを漏らす。
「彼女の周りはずっと母だけだった。その母をなくした彼女を僕はずっと、可哀想、助けてあげなきゃと思って来ました。『救ってあげなきゃ』なんて完全に上から目線ですよね。リアだけじゃなくて、他の子も。仕事だからと都合の良い言い訳をして」
小山川さんはパタリとファイルを閉じて目を閉じた。
信じていた母親はいなくなり一人ぼっちで取り残され知らないコミュニティに放り込まれ。
自分自身の過去を思い出し顔を顰める。
「子供が好きでこの施設を作ったんじゃないんですか?」
ふと気になりそう聞くと小山川さんは首を振り
「ここは元々祖母の物なんです。ですが譲り受けたときはそれなりの責任感とやる気を持っていました。ですが、子供は好きですが祖母ほどの愛情を持って接しているかと言われると疑問が残ります。『やってるつもり』...なんでしょうね、結局。とても心が醜いんですよ」
宙を見上げながら小山川さんは息を吐く。
「子どもは素直で感受性も柔軟です。僕の心の内を、僕以上に見透かしているんでしょうね」
そう言って小山川さんは自嘲気味に笑った。
それから、教えてもらえる限りエクリアのことを聞いて見たもののそれ以上の収穫はなし。
まもなくコンコンと鳴るノック音が昼食の支度が出来たことを知らせた。




