19幼女とギューっ
朝食の後準備をして再び自転車を走らせひなた園へと向かう。
もう二度目とあって昨日ほどの緊張感はなかった。
呼び鈴を鳴らすと昨日と同じパタパタと元気な足音が近づいて来た。
「はぁーい!どなたですかぁー?」
舌っ足らずで少し間の抜けた声も昨日のまま『らら』と呼ばれていた幼女だ。
ららは俺たちを見て「あ!昨日のお兄ちゃんたちだ!」とガバッと俺に抱きついた。
...って。
「ちょ...ッ」
ギュッと抱きつかれたまま固まってしまう。
一方で「えへへ」とららはお気楽に笑う。
その様子に、はじめはいきなりのことで驚いてしまった俺も次第に慣れてきた。
『まあ、子供のすることだし』と受け入れて周りを見る余裕すら生まれる。
「......」
ふと視線を感じその方向を見るとムッとしたような顔の嘉新がジトーっとこちらを凝視していた。
その視線でふと我に返り、状況を冷静に判断すると......あれ、ここ第三者来たら俺終わりません?
出来るだけ優しくららの肩を押して剥がす。
あまり力を入れずともららの小柄な体はすんなり離れた。
押し返されたららはキョトン顔をしていた。
「どーしたの?ギューだよ?ギュー」
そうすることが当たり前のようにららはそう言い俺を見上げて手を広げた。
もしかしたらららにとっては普段からやっている当然のスキンシップなのかもしれない。
そりゃ、相手が家族とかなら普通のことかもしれないが...
どうにか気を逸らせられないか...そう思い嘉新を見るとまだ何故か不機嫌顔でぷいっと視線をそらされた。
地味にショックだ。そもそも何故嘉新の機嫌を損ねてしまったのか理由が思い当たらない。
どうしてだ?
いい歳した大人が幼女と戯れてたからか。考えてもそれしか思い浮かばない。
いや、でもこれは不可抗力で...
視線を泳がせ逡巡しているとまた玄関の奥からパタパタと音がした。
「ららー?」
顔を見せたのは昨日の三つ編みの女の子とやんちゃそうな男の子だ。
三つ編みの子は俺たちを見ると「あ」と口を開けた。
「おはようございます。昨日の人ですよね。園長に聞いてますっ」
ぺこりと三つ編みの子は頭を下げそのまま流れでららの手を引いて引き寄せた。
ららはバランスを崩しそうになりながらもなんとか体制を立て直し三つ編みの子にギューッと抱きついた。
「えへっ、ギューっ」
「うんうん、ギュー」
三つ編みの子は慣れているのかそのまま受け入れる。
そしてすぐにららを引き離す。
「わたしさりって言います。この子はうらら、そっちの子はとまりですっ」
ららーーうららは名前を呼ばれると俺たちに向かって元気に手を四にして突き出した。でも上手く四本指を出せないらしくところどころ曲がって変な形になっていた。
一方とまりというらしい少年は腕を組んでぷいっと顔を背ける。
何もしてないのに何かしてしまったような気分になって内心ちょっと傷ついているとまたもやうららがムギュっと抱きついてきた。
「おにーちゃんもギューっだよ?」
いやそう言われても...
でも、子供の抱擁なんて特に考えなしなんだし単なるスキンシップ。それに3人も状況を把握している人がいれば犯罪にはならなーー
「いたっ!...いてっ、痛いって...!」
グイッと耳を引っ張られたまらず声を上げる。
うららも「こら、ダメでしょ!らら」とさりに肩を引かれていた。
耳を引っ張られたまま視線を横にスライドさせると嘉新はいつも通りのニコニコ顔のまま
「私未羅って言うの。この人は奏弥。よろしくね」
子供だから分かりやすく下の名前で自己紹介している限り相手への気遣いが伺える。...俺にももっと気遣ってくれてもいいんですよ?
しばしのおしおきタイム (なぜ引っ張られたかは謎のまま)が終わりようやく解放される。
耳に手を当て悶えていると玄関から小山川さんが顔を出した。
「あ、おはようございます」
「おはようございます。朝早くからすみません。今日はよろしくお願いします」
恭しく一礼する嘉新に倣って俺も頭を下げる。
「はい。このまま行かれますか?」
「はい」と嘉新が頷き、そのまま俺たちは子供たちも一緒に畑へと向かった。
※
小山川さんに連れられたのはなんと昨日エクリアを見つけた場所だった。
「ここ、僕の畑なんです」
「えっ」と驚く。
だから昨日そこまで慌てた様子がなかったのか。
もしかしたら昨日話をした時点でだいたいの予想がついていたのかもしれない。
「ここら一帯は元々、他の方に委託していた土地なんです」
「えっ」
辺りを見回す。
まさかこの見回す限りの畑広々とした畑全部?
もしそうなら相当な地主じゃないか。
小山川さんは穏やかなにこにこ顔で脇道を歩き俺たちを案内してくれた。
子供たちは畑に着くなり何やら作業を始めてしまって今は別行動をしている。
「すごいですね...こんなにあったら管理も大変でしょう」
嘉新がそう言うと小山川さんは苦笑して
「祖父から受け継いだだけでその頃に比べればだいぶ規模も小さくなったもんですよ。それに栽培や管理は業者に委託していたので僕自身がここまで状況を保っていたわけではないですから」
小山川さんは畑を見ながら悲しげに目を細める。
「もっとも、これからは枯れるばかりでしょうが」
「それはどういう...」
嘉新が先を促すと小山川さんは困ったように頬を掻き
「『あの宣言』以降、皆いなくなってしまいまして...」
小山川さんは「ははっ」と乾いた声で笑い、でもすぐ口を閉じて目を伏せた。
やはり考えることは皆一緒、か。
余生を全て仕事に捧げるような仕事好きでもなければ皆他の大切なものを優先する人が大半だ。俺と同じ会社の社員がそうしたように。逃げ出した俺のように。
「仕方のないことだと思います。僕だって自分の土地なのにほとんど放置していたのですから。こうして毎日世話をするようになったのも、これまで維持してくれた人たちへのせめてもの罪滅ぼし、のようなものです。これまで積み重ねてきたものを保ち収穫まで見届ける。たとえ、収穫まで出来なくてもタイムリミットまでは...そう思うのです」
悲しげに微笑みながら小山川さんは空を仰いだ。
どこまでも澄んだ空。さわさわと風と土と草の匂いが頬を撫で、ホーホケキョという鳥の声とカァカァというカラスの低い鳴き声が調子ハズレなマーチを奏でる。
本当に世界の終わりなど来るのだろうか。
ここ数日ふとした瞬間に同じことを考える。
だってあまりにもゆったりとした時間が流れすぎている。
人がいなくなって仕事を失ったこと以外は何も変わっていない。
変わってしまったそれだって、全部『人』の都合だ。
人が勝手に騒いで急速にに変わっただけ。
考えるとそれだけなのだけれど人中心の社会ではそうは皆考えない。
生物、自然、原子、もっと広い視野で見れば人なんてごく一部の存在なのだけれどこの世は絶対的人社会。
大事なのは自分のこれからで人社会のこれからだから。
まあ、俺もその人様の一人なのだけれど。
むしろ、自分中心主義としての代表格だろう。
他人と関わろうともせず、自分の世界に閉じこもってただ怠慢に時を過ごしていた。
大切なものも、守りたいことも、なにも見つけようともせず面倒臭いことはできる限り避けて。
すごいな。
大切なものがあっていいな。
思うだけ。
行動なんて一ミリもおこさず『自分は孤独だ』と被害者面して。
そんな俺を、誰が必要としてくれるのだろう。




