18その定義付け
次の日。
目を開けると外はちょうど朝日が昇る時間だった。
布団も剥がず、横たわったまま首を右に傾けると体を左に向けた嘉新が微かに寝息を立てている。
昨日は一日はしゃいでいたから夜も10時過ぎには布団に入っていたがまだぐっすり眠っていて起きる気配がない。
嘉新より目を覚ますことはこれが初めてだった。
夜中にふと目を覚まして寝顔を見ることはあっても電気も消した部屋では顔なんて近づきでもしない限りは見えない。
そのためこうして明るい場所で改めてその寝顔を見るとドギマギしてしまう。
呼吸に合わせて上下する体、普段は爛々に輝く目も当然閉じられていて、まつ毛がとても長いことを知った。
「ん......」
...ッ!?
微かにそう漏らし嘉新は体を仰向けに倒す。
俺は体を固くして身動ぎ一つ出来ないまま警戒しているとやがてまたすやすや寝息を立て始めた。
「はー...」
無意識に長く息を吐き出した。
なぜだろう。
最近、ふとしたときに嘉新を妙に意識してしまう瞬間がある。
そのときもまた、今みたいな『ドギマギ』に襲われる。
もしかしたら、と思い当たるものはある。
でも『その定義』に当てはめたら最後、もうこれまでのように涼しい顔で共に生活出来なくなるのではないかという気持ちが俺を留めた。
もうすぐ死ぬっていうのに何やってんだ、俺。
『そんな感情』は『先』があるからこそ持つものなのに。
こめかみに手を当て揉みほぐし頬に両手を当てた。
手より熱くなった頬に嫌気がさす。
俺を信じている嘉新もこんな展開は絶対望んでいない。じゃなきゃ一緒に同じ屋根の下で生活するなんてことはしないはずだ。
だからーー
だからこの『もしかしたら』に名前なんて付けちゃいけない。
付けたら最後、嘉新の信用を裏切ることになるのだから。
ようやく手元に残ってくれた『縁』を、手放すのは惜しい。心の中でそんな自分勝手な理由で納得しようとする自分が嫌で嫌で仕方なかった。
※
「おは...よ?」
「...おはよ」
七時を過ぎてボサボサ髪のまま、眠気まなこを擦って部屋からふらふら出てきた嘉新はキッチンに立つ俺を見るなり動きをピタリと止めた。
口をポカンと開けてどこかマヌケっぽいのがかわい......いや、やっぱなんでもない。
頭をブンブン振って無駄な思考を追い出す。
嘉新は「え...えっ...?」と明らかに戸惑った様子で時計と俺を何度も交互に見遣り、慌てて髪やら顔をぺたぺた触りだした。
「......ッ」
途端顔を真っ赤に染めそのまま大きな音を立てて部屋に勢いよく戻る。
いつもキチンと身なりを整えている嘉新が起きているときにあそこまで無防備でいるのは始めてだった。
寝ている姿でさえ取り乱してしまったのにあれはずるいだろ...
下手するとうずくまってしまいそうになるのをシンクの縁に手をついて堪え手で口を覆う。
早く。早く普段通りの表情に戻さないと。
唇を強く噛み締めないと変に緩んだみっともない顔はなかなか締まってくれそうになかった。
※
「......」
「......」
無言のまま俺たちは箸を動かしていた。
普段からずっと話っぱなしという訳でもないし静かな時間も珍しくはない。
しかしこの静けさは居心地が悪かった。
卵焼きを口に入れチラリと嘉新の様子を伺うと同時に目が合う。
「......っ」
緊張が走り体が震えた。
目が合ったこともそうだけど、視線を上げたと同時に目が合ったってことは嘉新は俺より先に視線を上げてたというわけで...
スっ。
嘉新が赤い顔で視線を外し味噌汁を啜った。
味噌汁椀で顔の半分が隠れる。
嘉新はコトリと静かに器を置き、
「おいしい...」
と小さく呟いた。
「あり、がと...」
たどたどしくそう言うと嘉新は未だ気まずそうに視線を外しながら
「才原くん料理出来たんだね」
「え、どこが?」
机の上の『それら』を改めて見る。
昨日のうちに炊飯器にセットされていた米、大きさの違う崩れた豆腐と多すぎたワカメの味噌汁、形の悪い卵焼き。
早起きついでに久びさに作った料理は正直目も当てられない。見た目は最悪でおいしそうには見えない。味は思ったよりまともだったけど。
「ほら、このスクランブルエッグも私好みの甘めで...」
「いや、それ卵焼き...」
「え?」と目を見開いた嘉新と目が合う。
また気まずさを感じそうになり視線を外しそうになったタイミングで嘉新が急に吹き出した。
「プッ...あはっ、あははははっ!」
「なぜ笑う」
ついムッとすると嘉新は目の端の涙を拭いつつ
「ごめんごめんっ。いや...普段料理なんて全くしなかったのに頑張って作ってくれたんだなって思うと嬉しくて」
「嬉しいのに大笑いて...完全に行動矛盾してません?」
ジト目でそうツっこむ。
それなのに嘉新は「だよねー」と他人事のように言い
「ありがとう。見た目はまだまだ練習が必要かもだけどほんとにおいしいよ」
笑いながら目の端を指で拭って感謝を述べられ俺はーー
「それはどうも」
「え、もしかして怒ってる?...ご、ごめんね?笑ったのは別にバカにしたとかそういう訳じゃなくて...」
申し訳なさそうな顔をする嘉新にフォローを入れる余裕はこのときの俺にある訳がなかった。
今は顔に力を入れ平静を装わないとちょっとの油断で簡単に閉じ込めた感情が溢れ出しそうで仕方なかったから。




