17ひなた園
『ん〜?』と首を大きく傾けてドアノブにぶら下がる幼女は目をぱちくりさせ「あーっ!!」とぴょんと飛んで俺を指さした。
天然パーマらしい栗色の髪がふわっと跳ねる。
「リアちゃんだーっ!!えんちょー!えんちょー!」
キャッキャ嬉しそうにバンザイしてくるっと回りながら飛び跳ねた後元気に走って再び家の中に戻っていく。
玄関先にはぽかんとした俺たちが残された。
見た感じ園長を呼んできているんだろうけど。
二分ほど放置され『呼びに行ってそのまま忘れられたりしてないよな?』と呼び鈴をもう一度指圧しようかどうか迷っているとバタバタと先程と同じ足音が聞こえて来る。なぜか複数。
ガチャッと勢いよくドアが開き飛び出してきたのは二人の女の子と一人の男の子。
一人は先程顔を出した子だ。
「あーっ!ほんとだ!」
少し背の高い三つ編みの女の子が叫ぶ。
子供特有の高くて元気な声で耳がキーンとした。
「まじだ!またららのうそだと思ってたのに」
やんちゃそうな男の子がそう言うと『らら』と呼ばれたふわふわ髪のさっきの子が『むーっ』とパンパンに頬を膨らませる。
「ららうそつきじゃないもんっ」
「うそつきじゃん。このまえもれいんぼーなハトみたっていってたし」
「ほんとにいたんだもんっ」
いきなり目の前に喧嘩始めた二人に戸惑っているとスっと三つ編みの子が二人の間に入った。
「こら、ケンカしないのっ。なかなおりしよ?」
どうやらこの子がリーダー格のようだ。
三つ編みの子に言われ二人は睨みあっていたのをやめフンッと互いにそっぽを向く。
とりあえず一安心していると子供たちの後ろからぬっと大きな影が現れた。
「こんにちは」
ジーンズにポロシャツを着た五十代くらいのメガネの男性は落ち着いた雰囲気でそう言った。
視線を俺と嘉新に、そして俺の背中へと向け微笑む。
「エクリアを連れて来てくれてありがとうございます。さぁ、どうぞ中へ」
事情を話してもいないのに全て分かっていると言うように男性は子供たちに道を空けるようそう言い中へと招き入れる。
嘉新と顔を見合せ、俺たちは誘導に従った。
※
玄関を上がりエクリアわわ子供部屋に寝かした後、玄関から見て真っ直ぐ進んだ突き当たりの部屋に入る。
大きなダイニングテーブルには子供の発育に合わせているのか椅子の高さがそれぞれ違ってテーブルと恐らくセットの椅子が逆にアンバランスさを醸し出していた。
カチコチと音を立てて時を刻む鳩時計がどこかノスタルジックな空気を作る。
「どうぞ」と言われるがままに椅子に座ると向かい側に男性が腰掛けた。
「リアを連れてきてくれてありがとう。僕はここの一応管理をしている小山川千治です」
そう言い小山川さんは物腰柔らかな態度でほんわか微笑む。
「俺...私は才原奏弥と申します」
いつも通り言おうとして初対面だしと丁寧な言葉を使おうとしたらうっかり会社での癖が出た。
この場で言うには仰々しすぎる物言いに隣の嘉新が俯いてプルプル震え出した。口を抑えて肩を震わせている。
「...嘉新未羅です」
冷静さを装いぺこりと丁寧に頭を下げているが...。
おい、膝の上で手抓ってるの見えてるぞ。
「質問いいですか?」
互いに自己紹介を終えたタイミングで小山川さんがそう切り出した。
『どうぞ』と頷き先を促す。
「『あの子はどこにいましたか?』」
ニコニコとしたまま柔らかい声でそう言う姿がどこか不気味に見え背中にゾクリとした感覚が走る。
「...ここから割りと近い畑の中、です」
「畑...?」
『んー...』と小山川さんは顎に手を当て考え込み、今度は『あ〜』と言うように腕を組んだ。
「...それは、後で確認しないとな...」
小山川さんは頬を掻いて困った様子で笑った。
まあ、突然消えた子がなぜか畑で見つかったと聞けば嫌な予感を感じるか。
「リア...エクリアはここに来てまだ二月ほどでよく脱走するんです。こう...ちょっと目を離したうちにピューっと。でも大概夕飯までには戻って来るし、あの子は『僕たちが構えば構うほど距離をとる子』でして」
遠い目をして小山川さんが苦笑する。
そして「あっ」と何かを思い出したようにぽんと手を打った。
「そうだ。お礼させてくれませんか?」
その言葉に俺は咄嗟に「いえ...」と答え、嘉新が俺の言葉と同時にぶんぶん首を振っていた。
「気にしないでください。それにこんなご時世なんです。助け合うのは当然ですって」
「でも」と小山川さんは言葉を区切りクイッとメガネを上げた。タレ目がちな目元がきゅいっと優しげに下がる。
「こんなご時世だからこそ、人との繋がりや今自分の元にあるものに感謝を持って生きたいと思うんです。着ている服やこのメガネ、靴、机、椅子、家、水道や電気の貯蔵、食料に、子供たち」
小山川さんはテーブルに乗せた手を組み直して
「どんなものもそれを生み出してくれた人、運んだ人、売った人がいて、人との縁は神様のお導きがあってこそです。一つ一つ、どこか一つでも歯車が狂っていたとしたら自分の元になかったものたち。...そう考えると何気ない生活が幸せで満たされたものになると思いませんか?」
当たり前に享受してきたものこそ、その背景を考えない。
お金さえ払えばすぐに手に入る、自分が頑張れば繋ぎ止められる。
そうこう考えてこの歳まで。その『すれば』はやろうやろうと思って、結局先延ばしになって。
そうしてそのうち多くを求めるのはやめた。
友達が欲しい...でも声をかけることは出来ないから。
あの学校に行きたい...でも頑張っても結局だめだったから。
皆に慕われたい...でも緊張して言葉に詰まってしまうから。
そんな風に『言い訳』をしていつからか求めるより先に逃げることを考えるようになった。
そんな俺でも持てた縁はある。
隣の彼女やアイドルのあの子。
つい最近増えた『手元にある縁』を思い浮かべる。大袈裟に思える小山川さんの言葉もこうしてじっくり考えると確かにそうだと思えるものだ。
もし、あの日。
嘉新と出会えていなかったとしたら今の俺はどうしていたのだろうか。
もしかしたら、ただ一人、今もあの無駄に広い家に閉じ篭っていたのだろうか。...もし歯車がかけ違っていたといたらありえたかもしれない『もしも』にゾッとした。
「そうだ。僕、畑を持っているのですがもしご迷惑出なければそちらで取れたお野菜持って行かれませんか?それかこちらで食べて行かれますか?」
小山川さんの提案に嘉新は隣で「畑...」と小声で言い、俺にしか分からないくらいの微々たるものだがテンションを上げた。
そういえば元々この辺りに来たのも実際に野菜を作っている人に育て方のコツを聞くためだったなと今更のように思い出した。
「おや、畑に興味がおありですか?」
嘉新の呟きが耳に入ったらしい小山川さんがそう反応する。
「はい。野菜の苗を買ったんですけど育て方とかの知識がなくて。せっかくだし農家の人にでも話を聞けないかなと...」
「なるほど」と小山川さんは顎に手をやり、「でしたら」と上に向けて人差し指を立てた。
「お力になれることがあるかもしれません。外がもう暗くなっていますが、もしよろしければ畑を見ていかれますか?」
願ってもいなかった魅力的な提案に嘉新は目を輝かせるも首を横に振る。
「むしろそれはこちらからお願いしたいくらいです。ですが...せっかくのご提案なのでもし小山川さんのご迷惑でなければまた別日にじっくり教わりたいんですけどどうでしょうか」
嘉新のその申し出に小山川さんは目元をきゅいっと曲げて微笑み「もちろん」と言った。
「僕の方はいつでも構いません。お二人の都合が良ろしいときにまたお見えください」
「では、...また明日お伺いしてもいいですか?」
嘉新がそう言うと小山川さんはうんうんと頷いた。




