14スポットライト
「最初会ったとき、嘉新さん言いましたよね?『歌すごく上手いし声も綺麗』って。それを聞いたとき、本当はとても、とても嬉しかったんです」
それからしばし間が空く。
話の終わりだった。
「えっ...ちょっと」
最初にその空気を割ったのは心葉野だった。
慌てたような声で、ポロポロと涙をこぼす嘉新に駆け寄る。
嘉新は鼻をズビッと鳴らしながら
「ごめっ...そんなことも知らずに......無理やり踏み込むみたいに聞いて...」
「それはいいですから。あたしも今スッキリしてるんです。ずっと心の中にあったモヤモヤを聞いてもらえて」
「りいちゃん...!」と嘉新はギュッと心葉野に抱きつく。
それに驚き固まっていた心葉野は身を捩って
「...苦しいです」
と微笑んだ。
そんな晴れやかな雰囲気とは反対に空は段々と曇り空になっていく。
「あたしは、あたしの目的を果たさなければなりません」
嘉新に抱きつかれたまま空を見上げて心葉野はそう言った。
「それに、ずっとお世話になっている訳にもいきませんから」
そう言い先程とは違って今度は悲しそうに目を伏せた。
それを見て俺は
「いたいなら、ずっといていいんだぞ」
気づいたらそう提案していた。
「え...」
心葉野がそう戸惑いの声を出す。
「布団ないけど買えば問題ないし一人受け入れればもう一人増えたところで変わらないしな」
「ちょ、どういう意味だ!」
鼻をスンスン鳴らしながら抗議する嘉新は一旦無視する。
「な」
手を心葉野に差し出す。
ようやく嘉新の抱きつきから解放された心葉野はその手をじっと見て戸惑っているようにも見えた。
「そうだよりいちゃん!ね?」
嘉新もそう同調する。
俺と嘉新の顔を交互に見て、心葉野ははじめてニッコリ微笑んだ。
「ありがとうございます」
そして『俺たちからゆっくり、一歩身を引く』。
「でも、いいんです」
「なんで!」
嘉新が大声を出す。
だがすぐにハッとした顔になり声のボリュームを下げた。
「...どうして?」
「あたしが、最後の瞬間まで、あたしでいるためです。今は誰も見てくれなくても、どこかで必要としてくれている人はもっといると思うから」
「でも...!」
嘉新は引き留めようとしているようだが俺はその言葉を聞いて、その気はなくなった。
心葉野の目は覚悟を決めていたからだ。
俺よりも一回り近く年の離れた子が恐怖しながらも懸命に一歩踏み出そうとしている。
状況にも周りの人にも流され続けた俺とは違って、自分の足で立って頑張ろうとしているのだ。
それを誰が止めることが出来るだろうか。
「嘉新」
そう呼びかけ肩に手を置く。
「才原くん...」
今にも泣きそうな顔から目を逸らし、俺は心葉野に顔を向けた。
「頑張れ」
心葉野の目が一瞬、見開かれる。
「頑張れ」
もう一度、今度は力強くそう言った。
「はいっ」
そう言い笑う心葉野はもう画面の向こうで見たまんまの心葉野に見えた。
※
「お願いがあります」
一度家に戻り荷物を回収した心葉野がそう言った。目深にフードを被り顔の半分が隠れてしまっている。
「最後に、改めてにはなりますが、昨日の場所であたしのステージを見てくれませんか?」
心葉野はニヤッと不敵に笑う。
ちらりと見える目の奥は闘志が宿っていた闘志が宿っていた。
その覚悟を見て断るはずなんてなかった。
※
空はますます黒い雲が覆い尽くし、今にも泣き出しそうだ。
その下で一人ステージに立ったポンチョ姿の少女はフードを取り髪を搔き上げる。
スポットライトは壊れているそうで使えないのが残念だがそれでも心葉野はキラキラと輝いて見えた。
口角を上げてギュッと胸元でマイクを握りしめる。
心葉野はステージのすぐ側にいる俺たちに目を向けて視線を上げて広場全体を見回した。
これまでのことを思い出しているのか、この状況になにか思うことがあるのか。
心葉野は滲んだ涙を拭うこともせずさらに口角を上げる。
「久々の観客。人の笑顔があるだけで私は幸せですっ」
ハッと隣では嘉新が両手で口元を覆い涙ぐんでいた。
「では、聞いてください」
そう言い、心葉野は大きく息を吸い込んだ。
※
ばいばいと大きく手を振りながら心葉野が去っていく。
その姿が見えなくなって俺たちはようやく手を下げた。
一緒にいたのはたった二日だけだったというのに心に大きな穴がぽっかり空いたかのような喪失感を感じていた。
「行っちゃったね」
ぽつりと悲しげな表情のまま嘉新が言った。
「そうだな」
心葉野の意志を尊重し、応援する。
そう決めたのに彼女のいる昨日今日があまりにも充実していたせいか感情が無駄に湧き上がってくる。
一緒に歩いた帰り道、嘉新と並んで立つキッチン、あどけない寝顔、初めて会ったときの無表情にステージの上での満面の笑み、耳に残る澄んだ声、キレキレのダンス。
あれこれと一緒に過ごした時間を思い出してしまいなんとも言えない空虚な気持ちになる。
出会いがあれば当然別れも同じ数だけ訪れる。
出会った人が一緒に居続けてくれるとは限らないと、分かりきっていたはずなのにどうしてそれを失念してしまっていたのだろうか。
理由は明白だった。
嘉新と出会ってからのこの一ヶ月が、あまりにも驚きの連続で、自分の無常でゴミみたいな人生が否定されたように変化してーー退屈しなかったから。
なにを当たり前のことのように思っていたのだろう。
そもそも流されるまま、なあなあのまま始まった嘉新との奇妙な生活もいつまで続くか分からない。
今日明日にでも俺たちは死ぬかもしれない。そうじゃなくても、世界の終わりを待たずに嘉新が俺の傍から去ってしまう可能性も。
ズグンッ。
あれ?と首を傾げた。
なんなんだ、今の胸の痛みは。
「アイス買って帰ろうよ」
気づけば涙の跡がなくなった嘉新がグッと伸びをした。
「ね」
後ろで手を組んでニコッと歯を見せて笑う。
言葉が咄嗟に出てこない。
「才原くん?」
「あ、...ごめん、なんでもない」
首をブンブン振ってボーッとした思考を跳ね飛ばして「行こうか」と先を歩いた。
「ありゃ、降ってきちゃった」
手のひらを上に向けながら嘉新が空を仰ぐ。
俺は念の為持ってきていた折り畳み傘をショルダーバッグから取り出して開く。
「ほら」
傘の柄を差し出すと嘉新は目を見開いて固まった。
傘と俺を何度も交互に見やる。
「...相合傘のお誘い?」
「ばーか」
改めて指摘されると恥ずかしくてそう軽口を叩きながらグイッと強引に傘に入れた。
「一本しか持ってきてないんだよ。どうせ帰り道は同じなんだ。手間はかからん」
「そっか」
嘉新は何故かモジモジ身を捩りつつ傘の中でチラチラと視線をこちらに向ける。
普段から横に並んで歩くことなんてざらにあるのに今はその比じゃない程距離が近い。
ふいに肩が触れ合いビクッと二人してそっぽを向いた。
「...狭いね」
「まあ...折り畳み傘だからな...」
しとしとと雨が降り地面に黒いシミを作っていく。
コンビニまでの距離はいつもと同じはずなのにやけに遠く感じた。




