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明日世界が終わります。  作者: 成浅 シナ
13/30

13心葉野りい

はじめてスポットライトを浴びたのは5歳のとき。




物心がついたばっかでこの時の記憶なんてほとんどないけどその瞬間はやけに脳に焼き付いていた。



耳がキーンとなるほどの歓声、目を開けていられないほどのフラッシュライト、あたしに集まる何百、何千もの目。



お母さんに勧められてこの業界に入ったあたしにははじめそれが居心地が悪くて悪くて仕方がなかった。


あたしが思っていたのはお母さんの喜ぶ顔が嬉しいなってことだけ。自分からこの業界に飛び込んだ訳ではないから同じ業界の人達に引けを感じていたのだ。



その居心地の悪さを消すために出来ることはとにかく目の前の仕事をこなすだけ。


マネージャーに言われるまま目の前の仕事をやって。まるで工場でベルトコンベアに流れてきた物を処理していくみたい。



でも12歳になって小学校卒業間近のとき


『アイドル活動やってみない?』



ちょうどその時期にやっていたドラマで主人公のアイドル役をやってたからそれをきっかけとしたオファーのようだった。



仕事なんて選んでられない立場だった上、よっぽど嫌じゃなければあたしもどんな仕事もやっていたため二つ返事で受け入れた。



『天才子役心葉野りい!戦慄のアイドルデビュー!!』。


そんな銘打ってテレビや雑誌、ネットで取り上げられますます忙しさは増した。



歌は嫌いじゃないけど人前で歌うのなんて恥ずかしいな。...なんて思いながら迎えたステージイベント。


初めてにしては広すぎるステージと相変わらずの特別扱いを受けフリフリのステージ衣装に身を包んでたったその場所でーーあたしの運命は変わった。



人生の大半、ずっと自分が芸能界(このぎょうかい)にいるための理由が見つからなかった。



人目に晒されることなんて、慣れきっていたはずなのにドキドキと心臓が跳ねる。


普段のお芝居ともバラエティー番組とも違う。



あたしは、初めて胸踊るドキドキと巡り合った。




そこからの2年間は本当に楽しかった。

毎日毎日、ドラマ、舞台、撮影と目が回る程忙しかったがそれでも、それらの合間に行われるアイドル活動もレッスンも苦じゃなかった。



みんながあたしをあたしとして見てくれる。お芝居の『役』としてじゃなくて一人の女の子『心葉野りい』として。


画面越しじゃなく目の前のお客さんと一緒に、一体になって会場を作る感覚が快感だった。



このままどこまでも羽ばたいて行けそう。

まさに天にも昇る気持ちだ。


女優としても、アイドルとしても、天下を極めてやる。



そう、思っていたのにーーー





その日は待ちに待ったステージの日だった。


都内の野外ステージでのライブ。



決して大きなところではないけれどお客さんの前で歌えるだけであたしは満足だった。



そしてライブは始まり1曲目の途中でーー急にお客さんがざわめき出した。


気にはなったけど曲を途中でやめるわけにはいかないからそのまま歌い続けた。


だけど。


ぽつり、ぽつりと人が去っていく。


化け物でも見たかのような顔でスマホを凝視して慌てふためく。


その声は次第にマイクを通して歌うあたしの声すら覆い尽くす。



曲が終わった時会場のお客さんは半分以上減っていた。


なにが起こった?


あたしなにかヘマをした?



本来ならここでMCが入るのにあたしは立ち尽くしていた。


「りいちゃん!こっちこっち!」


呆然としているとステージ袖からマネージャーに呼ばれる。


まだステージの途中なのにどうして、と考えているとそのままステージ上に上がってきたマネージャーにグイッと腕を掴まれた。


ファンのみんなは何故か逃げたりスマホを見ることに必死になっていてこっちに目もくれない。


「ちょ、どうなってるんですか」


ステージ袖に引っ込んだタイミングでそう聞くとマネージャーはあたしの肩に手を置いて何やら神妙な面持ちをしていた。


「いいかい。落ち着いて聞いてくれ」


普段見せないその雰囲気に呑まれ戸惑いながらもこくんと頷く。


なによ。いきなりみんなして。


あたしにとってアイドル活動以上に大切なことなんてないのに。


いつもはズレたらすぐ戻すメガネもそのままにマネージャーはゆっくり口を開いた。


「世界が、終わるんだ」


「......あの、ステージ戻っていいですか?」


「冗談じゃなくて!!」


大事なときにステージに乗り込んできた上、なにを言い出すのかと思えばバカみたいな話。


あたしは「ふぅ」と短く息を吐いて


「あのですね...」


そのまま文句の一つでも言ってやろうと口を開き


「これ見て!!」


被せるそうにマネージャーがそう言いスマホをグイッと近づけてくる。


「え...?」


そこに踊るのは『隕石衝突』『世界の終わり』などという物騒な文字。


そんなバカなことある。今日ってエイプリルフールだっけ?


「ネタですか?」


信じられずそう聞くとマネージャーは震えた手でメガネを戻し


「僕も信じられないけどネットのどこを見てもこの話題で持ちきり。今スタッフがテレビ局にも問い合わせてるけどあの様子じゃ単なるネタってわけでもなさそうだ」


私はちらりと客席を見る。


残ってる人は本当に極わずか。


静かにスマホを凝視している人、慌てふためいて隣人と何やら話している人もいる。



そうだ。私はまだステージの途中だった。


いかなきゃ。


「ちょっ、りいちゃん!?イベントはもう中止だよ!」


「そんなの知りません。私は、客席に人がいる限り、歌わないといけないんです」


マネージャーの制止を振り切り一歩踏み出す。


「こんな状況でなに言ってんの!!」


その声を無視してステージに立つ。


スイッチを入れるとマイクがハウリングした。


その音を聞いて残っていたファンがあたしを見る。



みんな不安そうな目だ。


大丈夫。


あたしが、安心させてあげる。勇気をあげるよ。



スタッフはもう連携を取れておらず事実確認をしているのか走り回っている。


イントロも流れない。


いいさ。音がなくても歌うことに支障はない。ファンのみんなには悪いけど。


ゆっくり、丁寧に、あたしは歌い始めた。


歌に合わせて腕を振り、ステップを踏む。



もういなくなってしまったファンの人に聞いてもらえないのは心苦しいけどせめて、残っている人にはーー



あたしはいつものように、ファンの人一人一人に視線を合わせるようにして


「...ッ」


その目を見た瞬間体を震わせた。


思わず動きを止めてしまう。



ファンの人には嬉しいも楽しいも、何もない。

ただ、変なものでも見たかのような、可哀想な人に向ける目をしていた。


「こんなときになにしてんだ」「状況見えてないんじゃないの?」「バカじゃん」そんなコソコソ話になっていない声が耳に入ってくる。



のびのびとした声が自分でもあからさまに分かるくらい震え息が上手く吸えなくなった。


たじろぎ足を一歩引いてしまう。


「...ッ......あ.........」



気づいたときには歌うことをやめていた。


長年芸能界にいてこんなことははじめてだった。


あたしが歌うことをやめてもファンのみんなはなにも言わない。スタッフは相変わらず忙しく動いていて誰もあたしの声に耳を傾けない。


途端、足元から底なしの穴に吸い込まれていくかのような感覚に襲われた。


残っていたファンは次第に散り散りになって去っていき、そこにはあたしだけが残された。



「...たとえ、明日の...空が......見えなくても......」


掠れた声で歌の続きを口にする。


誰も、誰もあたしを見てくれない。


認めてくれない。



どうしようもなく心が寒くて寒くて仕方ない。


まるで、あなたはここにいたらダメなんだよって言われてるみたい。



「 」


ついに声は音にならず空に消えた。





物心ついたときからお仕事、お仕事、お仕事で暇な時間なんてなかった。


放課後遊ぶ約束をしたり学校ではしゃぐ同級生を見ながら、あたしも休みの日があったらあれをしよう、これをしようと考えたものだ。



「はぁ...」


ため息が漏れる。


本当に久しぶりの休暇だというのに。


これが本当にただの休暇なら良かった。


でもこれはいわゆるリストラだ。



あのステージから一週間。


明日人類が滅亡するかもしれないこの状況でアイドルの需要などあるはずなくテレビ業界もニュースを報道することに必死で仕事がなくなった。


ドラマも歌番組もバラエティーも、今の世間は求めていない。


欲しいのは世界滅亡に関する情報だけ。



無意識に膝を抱える手が強くなる。



ニュースでは不安が溢れる住民の声でいっぱいだった。


この街ももう人がほとんど残っていない。


みんな家族や大切な人と最後の時間を過ごすために行ってしまった。


いいな、と心の声が漏れそうになる。


あたしには家族がいない。


お父さんも、お母さんも。もういない。


引き取ってくれた叔母さんも仕事で海外を飛び回っていてついには向こうに家族を作った。


『あのニュース』以降、連絡は一度来たがあたしは『日本に行こうか』という叔母の提案を断った。


分かってた。

叔母もあたしより向こうの家族の方が大事なんだって。


断ったとき、叔母は申し訳なさそうに何度も謝っていたがその声の奥にホッとした感情が入り交じっていたのを見逃せなかった。


もう何度目か分からないため息が漏れ天井を仰ぐ。


ひとりぼっちで家にいると気が滅入りそうだった。



頭の中にフラッシュバックするのはステージの上からの光景。


ファンの人の声。



もう一度、あそこに立ちたい。


そう思わずにはいられなかった。



ふらふらと立ち上がり衣装部屋の奥の奥からある箱を取り出した。


もう何年も取り出していなかったからホコリ被っている。


「...もうずいぶん傷んでるなぁ」


そこに入っていたのは古びたポンチョだ。


まだお父さんとお母さんが生きていたとき最後に出たドラマの衣装。


あたしもお父さんもお母さんも、あたしが演じた役の子が大好きでわざわざ買い取ったものだ。


ホコリとカビの匂いのするそれをパサっと払い身に纏う。


役柄上、サイズはブカブカだったはずだが今はもうピッタリになっている。


「懐かしいなぁ...」


胸の前の留め具を掴み布を引っ張る。



ふいに視界が滲んだ。


「ほんと......なつかしいなぁ...っ......」



あたしはなにしてんだろう。


こんなときになにも出来ずに引きこもって。


芸能界に入ってからここまでの9年間で培ってきたものは一体なんだったんだ。


またあの足元を崩されるような感覚が押し寄せてくる。



目を閉じても、耳を塞いでも、頭を抱えてもその感覚は去ってくれない。





それからあたしはこれからのことを考えた。


これまでのことも考えた。



そして気づいたんだ。


やっぱりまたステージに立ちたいって。


みんなを笑顔にしたいんだって。



貴重品、着替え、持ち運びサイズの日用品。


最低限な物をバックに詰めてあたしは家を出た。


明日死んでも悔いが残らないように。最後の最後まで、お父さんとお母さんが好きでいてくれた心葉野りいでい続けるために。



「いってきます」



そこからの一ヶ月は歩いて歩いて、人がいる場所があればその場でゲリラライブをした。



みんなはじめは足を止めてくれる。

物珍しそうに見ている人もいた。


でも、その足は長くは留まらずいなくなってしまう。


中には「こんな状況で」「なんかかわいそう」「何してんだか」って笑う人もいる。中には「こんなときにふざけんな」「下手が!」って怒鳴ったり罵倒してくる人もいた。


でも負けなかった。負けたくなかった。



だからどんなに冷たくあしらわれても、やり続けることが逆に嫌われることに繋がるとしても諦めなかった。



だけど何箇所も何箇所も、一人転々と移動して、夜は雨風凌げそうな場所で過ごして、お金が下ろせずひもじい思いもして。そんな風に自分の生活を犠牲にしても誰も足を止めてくれなくなったとき、心がパリンと割れる音がした。



なにやってんだろうって、もう何度思ったかわかんない。




だから。


だからびっくりしたの。



もう人がいることなんてどうでも良くなって、自分の歌声にも自信がなくなって。


人の気配すらしない放置された野外ステージを見つけて自己満足のために歌っていたとき。



あなたたちが来たの。


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