12しゃぼん玉
『超人気子役、心葉野りい!戦慄のアイドルデビュー!!』
検索件数は1000万越え。遡ると出てくる出てくる記事の山。
動画サイトには笑顔でバラエティ番組や歌番組に出る姿が映されていた。
「これ、ほんとにりいちゃん...?」
今まさに家にいる少女がテレビに映っているからか、はたまた今の無表情な彼女が画面の向こうの彼女と全く違うからか。もしくはその両方の感情が織り交ざっているかのような、そんな戸惑いの声だった。
「そっくりさん、ってわけないだろうな...」
「そう言えば、ステージで歌ってた曲、これじゃない?」
画面の向こうの心葉野の歌声に耳をすませながら嘉新が言う。
「一回聞いただけなのに良く覚えてるな」
改めて動画の歌声に集中すると確かに聞き覚えがある。
「〜〜〜♪」
ステージの上で飛んで跳ねる心葉野の歌声に合わせて嘉新がハミングする。
ほんとよく覚えてるな。
「私好きだな。この歌。それにやっぱり声綺麗」
うっとりしたような顔で嘉新は目を細める。
『あたしのこと知らないんですか?』。
心葉野がそう言っていたのはこういうことか。
ここまでの人気ならどこかで見たことがあってもおかしくない。
俺は普段芸能ニュースはほとんど見ないし家にテレビすらないから芸能関係は極端に鈍い。
「なあ、嘉新は心葉野のこと、全く知らなかったんだよな?」
「ううん」
「そっか...そうだよ......って!いまなんて!?」
否定の言葉が聞こえた気がする!
「あ、正確には思い出した、かな。今動画で改めて歌聞くまでわかんなかったし。これ、確かCMの曲でしょ?」
そう言われスマホで検索をかけるとお菓子メーカーのCMがヒットした。更新されたのは2年前。再生回数は100万を超えていた。
「ほんとだ」
「知らなかったんだ...これ結構流れてたと思うけど」
嘉新は呆れたような、引いているような微妙な顔になり
「あ、でも私も知ってるのはこの曲だけかな。そんなに詳しくは知らない」
バフンっと嘉新はうつ伏せでクッションに倒れ込んだ。
服の裾がチラッと捲れ服に見え隠れする肌色が目に入る。そういう無防備なのドキッとするからやめれ。
「詳しく話したがらないってことは聞かれたくないってことなのかな?」
嘉新はポツリとそう言い足をパタパタさせる。
「芸能人ってプライベート気にするから、とかじゃないか?記事に書かれたりすることとかも多いだろうし無闇に情報晒さないだろ」
「そういうもんかな。でもさ」
嘉新はパタパタしていた足を止め空中で組み
「『じゃあ、なんであそこで歌ってたんだろうね』」
無表情で前を向いたまま嘉新はそう言った。
「目立ちたくないならあんな目立つことなんてしないよ。都心のど真ん中。それも人目に付きやすい広場。それもステージの上で」
確かに。
言われてみれば妙だった。
人も以前に比べれば少なくフードで顔を隠していたとはいえ完全に見られないと安心出来るわけではないのだ。
「ずっと人目を気にしてたのならあんなことはしない」
嘉新はそう断言する。
俺はもう一度MVの再生ボタンを押す。
飛んで跳ねて、笑って歌う心葉野を見ても、今の心葉野とは重ならなかった。
「明日、聞いてみるか」
※
ぷわぷわ、ぷかぷかと漂うしゃぼん玉を見ているとふと人の死について考えることがある。
人の死は等しく平等なのか、と。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずとかの有名な福沢諭吉は言ったが、そもそも人は平等には出来ていない。
生まれ持った才能は言うに及ばず、後天性に手に入れる能力すら環境によって左右される。
両親、兄弟、親戚、隣人、友人、恋人、はたまた見知らぬ人達。
一つ一つの出会いがその人の人間性を作り上げる。
ぷわっと膨らみ浮かぶしゃぼん玉。
はじめは呑気にぷわぷわ空に登りパンっと弾ける。
わくわくしていた気持ちも消える様子を見るとしゃぼん玉と同じように気持ちはシュンと萎んだ。
屋根まで飛んで、壊れて消えた。
歌にまでしなくてもなぁ、と思う。
寂しいのは見れば分かるのに。
俺もあのしゃぼん玉みたいに元の形すら残らず消える。
そう考えると恐怖よりも虚しさを感じた。
そっと目を閉じ背もたれに体を預ける。
今日はこのまま、こうして寝たい気分だった。
「あ、液なくなった。才原くん!継ぎ足し継ぎ足し〜!!」
まあ、そうは問屋が卸さないんだけども。
「うぇーい」
しぶしぶ立ち上がると
「テンションひくーい」
プクッと嘉新は頬を膨らませた。
「文句言うな。てかこれもう何度目だよ」
かれこれこの1時間で3度は立ち上がっている。
「だってこの手のひらサイズの器だし〜」
スーパーで買ったしゃぼん玉セットの液のボトルの2本目ももうこれでなくなった。
そのほとんどを一人で消費した張本人は俺の苦労もどこ吹く風だ。
「はぁ」とため息を漏らし、首を傾ける。
視線の先では心葉野が石段に座ってぽけっと宙を眺めていた。時折しゃぼん玉をプクーっと膨らませる。
嘉新とは違ってまだ一回しか継いでいない液をゆっくりと消費しているようだった。
『ねぇ、外行かない?』
朝から心葉野のことを聞くタイミングを見計らっていたのだが結局何もアクションを起こすことが出来ないでいた。
『家の中閉じこもってても気分が落ち込むだけだよ。太陽の光浴びよう』
嘉新はそう言い半ば無理矢理心葉野を外へと連れ出した。
ちょうど昼時だったこともあり、コンビニでおにぎりやサンドイッチを買ったついでに嘉新がニンマリ顔で持ってきたしゃぼん玉を昼飯後に暇潰しついでに遊び始め、そして今に至る。
「おい、どうすんだ?」
嘉新に一歩近づき耳元でそう言うと嘉新は大袈裟にビクッと耳を抑え体を引いた。
「あ、悪い」
ナチュラルに至近距離に近づいたのが悪かったか?
普段家でもこのまでではないがまあまあ距離近いし体を触ったわけでもないからいいか、なんて気軽に考えていた。それに嘉新も俺が詰めなくてもすぐ隣にいることが多いし異性とのふれあいなんて慣れていると思っていたから完璧油断してたんだろう。
やや赤い顔で耳を手で覆ったまま俯く嘉新を見ているとなんかイケナイコトでもしているかのような気分になって来る。
「...で、どうすんだ」
距離を置き改めてそう切り出すと嘉新はキョトンとした顔の後「あー」と視線をあさっての方向に投げた。
本来の目的完全に忘れてたな。
「ま、考えててもしかたない」
嘉新はしゃぼん玉液とストローを持ったまま心葉野にひょこひょこ近づいて行った。
気配を察したのかスイっと心葉野が視線を向けた。
こちらを見ているのに見ていないような、陶器のように淡白で澄んだ目で。
「いろいろ、聞きたいことがある」
そう言い不敵に笑った。
「でしょうね」
心葉野は視線を元の場所に戻し突然の嘉新の問いに驚きもせずただ淡々と返した。
「分かってます。むしろ、そうなるのが当然でしょうから」
その言葉に逆に嘉新が動揺する。
「あ...や......言いたくないことは省いてもいいんだよ?」
「別に言いたくないことなんてありません。私は、私の生き方も、私自身にも、誇りを持って来たんですから」
心葉野はひょいっと石段から降りて真っ直ぐ嘉新を見上げた。
その視線を真っ向に受けた嘉新がたじろぐ。
「その代わり、お願いがあるんです」
「お願い...?」
こくんと心葉野が頷く。
「どうか、最後まで、聞いてください」
変な言い回しだ。
そりゃ、こっちから聞きたいって頼んだのに途中でほっぽり出すなんてことするわけが無い。
心葉野の言葉の真意を測りかねているのは嘉新も同じようで
「...?んん。わかった」
首を傾げながらもそう答えた。




