何を罪としたのか
初めに浮かんだのは暖かな幸せ、そして次に、それを掴んで沈めようとする諦念。この人の手を取ることはできないし、彼をこちらに引きずり事も無理だ。それは互いが一番よくわかっている。そういう人だから好きになるのだ、リツも、マリンも。通じ合うものがあるなんて、もしかしたら幻想かもしれないけれど。
「こういった感情には一生縁が無いんだろうなと思っていたので、まさかとは思いました。勘違いの可能性も考慮したのですが……どうも、俺は正気な様で」
彼の言葉が右から左へと流れているのがよく分かる。風が耳を撫でる音は遠く、リツの声だけが鮮明なのに、内容だけがどれも心を過ぎ去っていく様だった。理解したくないのか、理解出来ないのか。分かるのは、同じ想いを持つ彼の手を取れない事実だけ。
どれほど悩み、求め、辛くとも。マリンはヴィオレット以外を選べない。選べないと分かって尚捨てられないのに、認めてしまった。見ないふりをしていたかったし、気付かずに痛かったけど、結局マリンは、シスイの様には割り切れない。
幼子が泣いている。両親に捨てられ、誰もが慈愛を持って砕かれる希望を振り撒く教会の隅で、誰も触れてくれるなと思いながら寂しいと蹲る少女がいる。愛されたい、求められたい、普通の幸せが欲しい、誰か誰かと手を伸ばしている小さな自分。
心から求めていたはずの愛情が目の前にあるはずなのに、今正に手放そうとしている。あの頃のマリンが今の自分を見たら、何を思うんだろうか。ヴィオレットに出会っていないマリンは、喜んでこの想いに殉じただろうか。
それでも、出会わなければと思えない。羽根を捥がれる痛みがあっても、マリンはヴィオレットの傍に居る足を選ぶ。
「リツ、さん」
握り締めた両手が痛い。心臓の音が耳障りで、体は冷えていくのにじっとりと嫌な汗が滲んだ。喉が急激に水分を失っていく。告げたくないと、抵抗されている。一つの体、一つの命。マリンは一人しかいないのに、どうしてこんなにもままならないのか。ヴィオレットだけが必要だった世界に、リツの指先が触れた。それだけで、こんなに容易く揺らいだ自分が嫌で堪らない。ヴィオレットだけでは満たされない欲深さが、彼の手を取る想像に踊る胸が。
それでもきっと、マリンはヴィオレットを追って死ぬのだ。リツではない誰かの為に、命を懸けて生きるのだ。そういうい人生を選んだ。そうやって死ねたらと、望んだ。
「あなたの言う通り、です。私も……あなたに惹かれている自覚があります。これは恋だと、思います」
口に中が気持ち悪い。唾液が枯れて、喉が狭まり息が詰まりそうだった。これは懺悔なのか告解なのか。自分は許されたいのだろうか。何に。誰に。ヴィオレットに? それともリツに? ならば己の罪は何だろうか。抱いた恋心を捨てられなかった事か、それとも、捨てようとしている事か。自分はどちらを罪だと思っているのか。
──母が父に不貞を告白した時も、こんな感じだったんだろうか。




