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怯えた猛獣

「避けられている気がするんだ」


休憩所で二人の同僚とコーヒーを飲みながら、ヤヨイはふと、言葉をこぼした。慌てて口を塞いだが二人にはバッチリ聞かれてしまった。


それはレナのことだった。あの決闘の次の日からレナは大人しくなった。班の人とも打ち解け、楽しそうに仕事をしている。が、いまだにヤヨイとだけは一度も話したことがない。否、会わないように避けられているといっても過言ではない。


仕事の指示である程度喋るが、レナは頷くだけ。終始怯えている。ヤヨイは何故そんな怯えるのかがわからない。


―――これはからかわれるな。


が、二人はからかうわけでもアホにするわけでもなく、ただただ呆れていた。


「そりゃ、そうだろうよ。だってな――」

「あれはやり過ぎだぞ」


ヤヨイには思い当たる節はなかった。やり過ぎ?何のことだ?ただでさえ避けられている理由も、怯えている理由もわからないのに、二人の発言で更にわからなくなってしまった。


「お前の常識は犬にでも喰わせたのか?」

「いや、こいつの場合は仕事に喰わせた方がしっくり来ないか?」

「それもそうか。なあ、仕事人」

「お前らが何言ってるかさっぱり」


その答えに、二人は溜め息を同時に吐く。頭も抱えている。


「すまんな、俺達じゃどうすることもできない」

「お前は手遅れだ」



そんな朝の会話が頭のなかを縦横無尽に駆け回っている。チラッとレナを見た。レナの席はヤヨイからみて斜め右にある。レナはせっせと仕事に明け暮れている。


すると、キーボードの軽快な音が止んだ。どうやら一区切りついたようだ。レナは上半身をのけ反らし呻き声をあげる。それすらも終わりレナは時計を見る。12時半。丁度お昼頃。


ヤヨイは集中できない頭を切り換えようと、ブルーライト80%カットの眼鏡をデスクに置く。デスクワークの一番の敵はブルーライトだ。ヤヨイはそれに対抗するためにわざわざ日本の出張中にこれを買ったのだ。


「あっ」

「ん?」


目があった。目があったのはレナだった。リラックスしていた先程とは打って変わってレナの顔が凍りついた。まただ。ヤヨイは心のなかで嘆息する。レナの体が小刻みに震えている。あれは恐怖だ。それは向けられて好ましいものではない。


両者共に口を開こうとしない。いつの間にかフロアにはヤヨイとレナの二人だけしかいなかった。静寂、時計のチクタクチクタクと音が耳を刺激する。


もう耳が時計の音に飽きたと言い出しそうなとき、異質な音が耳に届いた。


グ~


お腹のなった音が聞こえた。発音元はレナ。レナは顔を真っ赤に、羞恥の色に染め、手で顔を多い、俯かせている。今にも恥ずか死しそうな雰囲気だ。しかもその格好がウサギのある行動に似ていて。


ヤヨイはどうしてもあの間の抜けた音が忘れられなくて、ウサギのように見えてつい、表情が崩れてしまう。


「ははは!昼食とってきたらどうですか?」

「は、はい!そうします!」


レナは勢い良く立ち上がる。そのまま逃げるようにフロアを後にした。


「じゃあ俺も行くか。ん?なんだこれ?」


地面にキラキラ輝る石?が落ちていた。回りを金属でコーティングされており、上部には紐を通すための穴がある。その上部が割れていた。恐らくペンダントがネックレスが何らかの拍子で壊れ、落ちたものだと思われる。


しかし綺麗な石だ。が、欲しいとは思わなかった。その石と自分にに何かの縁があるように感じる。、しかもその縁はろくなものではないように思えた。


「飯食いに行かねえのか?」


突然声をかけられた。ヤヨイは反射的にそれをポケットの中に突っ込んだ。そこには朝話をした同僚二人の姿が。


「何でお前らがいるんだ?フロアにはいないように見えたんだが?」

「二人だけになってたから…なぁ?」

「ああ、まさか笑うとは思わなかったが……ロリに目覚めたのか?」

「何言ってるんだお前ら?腕のいい医者教えようか」

「いや、だってお前が笑ったんだぞ。あのお前が」


俺が笑う?そんなこといつもしているはずじゃ。どうして今になって騒ぎ立てるんだ?訳がわからない。


「じゃあヤヨイ、この会社に入って一番最初に培った能力は?」

「愛想笑い」

「うわぁ、即答」

「つまりそう言うことだ」

「どういうことだ?」

「今までのヤヨイの笑いはほとんどが上っ面だけの愛想笑い。ヤヨイの本心の笑いは心を許したやつの前でしか見せない。それが出会って二日でしかもそれが女なんて……そう言うことでロリに目覚めたんじゃないかと」


今俺はさぞかし難しい顔をしているだろう。元々俺自身良く笑う訳ではない。この会社に入って笑うようになったのは、単なる愛想笑いの延長ということか。それは少しショックだな。


「まぁいいんじゃね。今までが愛想笑いでも、それに気づいて変わるのはいいことだし」

「そうだな。お前の愛想笑いはクオリティが高すぎて気づかれていないから安心して変われ」


どうやら、同僚二人の言葉に救われたようだ。それを認めると無性に腹立たしくなり、ヤヨイはレナと同じ、逃げるようにフロアを後にした。






「レナ~こっち~」


そこは食堂。社員総勢五万人の胃袋を掴みとった会社の裏のトップが住まう場所。お昼時になると腹を空かせた社員が集い賑わいを見せる。

レナもその腹を空かせた一人だった。


「ごめん、遅れちゃって」

「いいよ、もっと遅れるかと思ったけど今日は早かったね」

「良いところで区切りがついたから」

「そうなの。はい、サンドイッチとおにぎりとイチゴオレ」

「ありがと!モカ!」


レナは洗練された動きで食事を始める。おにぎり片手にサンドイッチ。これは常時だ。酷いときなんか魔法を使って食べるときもある。


「で、どうしたの?何かあった?」


食事が終了して食後のコーヒーを啜っている時に、親友がそう切り出した。


「な、何にも……ないよ?」

「嘘、レナの疑問形は嘘ついてる証拠。後瞳孔開きすぎ。嘘ついてるのバレバレよ」


レナは慌てて目を隠した。が、誤魔化すことはできず理由を話すことになった。


「私、半年の研修が終わって正社員になってからずっと先輩達と決闘してたんだ」

「その噂は常々うかがっておりますよ」

「そうなの?」

「ですです。皆噂してたから。それ繋がりでついこの間九十七班のエースに返り討ちにされたって言うのも……お、噂をすればなんとやら、レナ、エースが来たよ」


レナからの返事はなかった。それの代わりと言ってはなんだが、テーブルの下からガタガタ音が。その音でテーブルが揺れ、コーヒーがカップのなかで揺蕩う。


「あんたの悩み事ってもしかして…」


エース、その単語を耳に入れた途端、レナは壊れたロボットのように同じ言葉を復唱する。


「エース怖い、エース怖い、エース怖い」


元々白い肌が恐怖で更に青白くなり、その表情からは生気を見いだせない。流石のモカも驚きを隠せない。


「同じ班で毎日会ってるんじゃないの!?」

「それは……仕事だから……それはそれで割りきってるから大丈夫だけど…不意討ちはダメだよぉ~」


そう言って、目尻に大粒の涙をためるレナを不覚にも可愛いと思ってしまった。


って、こんなこと考えてる暇じゃない!今は――


あの、壊れたロボットみたいになったレナを助けないと。


私はレナの親友だ。レナが怖いという相手を近づけさせないようにするのが親友の役目ではないだろうか。


モカは決めた。今日この日をもって、ヤヨイを敵と認識することに。


レナは私が守る。そう誓った。






ヤヨイが食堂に入ると遠目からレナの姿を見つけた。自然と二人の視線がぶつかり合う。


「―――ッ!?」


ヤヨイの視線から逃れるように、レナはテーブルの下に隠れた。レナが隠れたそのテーブルが小刻みに揺れる。その行動に同席していた女性も驚いている。


どうやら、また怖がらせてしまったようだ。


ヤヨイはどうすれば打ち解けれるか、考えながら券売機のボタンを押した。


――ガチャン


そんな無機質な音が、頭の片隅に居座った。


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