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野生の猛獣

そこは眼下に広がる荒野。そこに点在するは人、異形の生物、馬の死体のみ。まさに地獄絵図。地獄の方がまだ良いかもしれない。そう思わせる光景だった。


帝国と革命軍の戦いで多くの人が犠牲になった。


その荒野にも生きた人がいた。その命は直ぐに、雑草のように刈り取られる。彼は本来死ぬべき人間なのだ。生きていては仕事が増えるのみだ。


英雄戦争の最中、死神の数が急増した。天から見守る彼もその一人だった。


「デスワーク――まさにそれですね…これは」


眼下に広がる光景に彼は辟易した。その二枚目の顔にはくっきりとクマが出来ている。彼は3年以上不眠不休で働いているのだ。


「さて、次の運のよい死亡者は――あの人ですか」


彼の開いた手帳には人の名前と思われる文字が、所狭しと詰まっていた。手帳にはバツばかりだった。


彼は手帳を閉じると、たった今満身創痍で起き上がった運のよい死亡者に黒い槍を向かわせる。


「よっと」


向かわせると言っても全力投球。速度は音速を優に超している。


地上から声が聞こえた。彼は手帳を開き、死亡者にバツをつけた。瞬間、手帳がバツで埋まった。


『ミッションコンプリート』


どこからともなく声がした。彼はその声を聞くと同時に、天を仰ぎガッツポーズ。


「よっしゃぁぁぁあ!」


いつもと違う口調で叫んだ。おかしいぐらいハイテンション。それもそうだ、彼は3年不眠不休で働いた。そのせいで彼のテンションは有頂天を限界突破し、大気圏に突入。


何度か深呼吸した後、忽然と彼は姿を消した。






「只今戻りました」


何年ぶりかもわからない自分の勤務先に帰ってきた。パット見たところ顔ぶれは変わっていない。が、何故か皆死んだような雰囲気を出している。辺りをキョロキョロ見渡していると誰かが話しかけてきた。


「出張ご苦労様です、ヤヨイさん」


出張ではないと思うが……まぁいい。そこには優しそうな雰囲気を纏ったご老人が、優しそうな笑顔でヤヨイを迎えてくれた。


「お久しぶりです班長」


二人は仕事場に隣接している談話室に入る。そこにはお茶請けやお茶、休憩用の椅子など何から何まで何でも揃っている。


「疲れていることでしょう。座ってください」


班長がヤヨイが座るように促す。極度の睡眠不足や疲労で立つのも一苦労のヤヨイにとって、それは神の言葉のように思えた。お言葉に甘えて椅子に座る。フカフカのクッションが疲れたからだを迎えてくれる。


「お疲れのところ申し訳ありませんが、一つ問題が出来てしまいまして…」

「は、はい」


危うく意識が夢の国に行ってしまう所だった。ヤヨイは出張中で培った眠気に勝つ方法を最大限利用し、班長の話を聞く。


「恐れ多くも、我ら第九十七班に邪神様のご令嬢が配属されることになりまして……そのご令嬢が中々の曲者でして……」


班長の目がどんどん虚ろになっていく。


「だから皆死んだような雰囲気を出していたのか」

「はい、その通りです。その原因はご令嬢は配属された当日から我らを狩り始めたせいだからです」

「狩り?」


何やら聞き捨てならない単語が。狩り?物騒だな。


「狩りと言っても命を奪うわけではなく、良く有名な話に弁慶の千本の太刀を奪おうとするあれです。それとも少し違うようですが大まかにはそんな感じで、皆さんはそれの対象になったというわけでして」

「止めなかったんですか?」

「止めはしました。けど、彼女の対戦者のアフターケアや邪神様のお願いで「出来る範囲のことは叶えてやってくれ」がありましたので。正直なところ彼女の狩りが始まってからこの班が良く回るようになりまして、こちらとしては良いことなんですけどあまりにも度が過ぎていると言うことで、ヤヨイさんに懲らしめてもらおうと」

「そう言うことですか…御遠慮いたします」


そう言うことはキッパリ断ると心に決めている。面倒ごとには巻き込まれたくないのだ。


その答えを聞いた班長は苦虫を噛んだ表情はせず、ただただ笑っていた。計画通りと言わんばかりの高笑いだった。


「その答えはわかっていました。ので、先手を打たせてもらいました」

「先手?」


その数瞬、扉がものすごい勢いで開かれた。


「班長!班のエースが帰ってきたってほんと!」


そこから現れたのは長い金髪、碧眼の美少女だった。それはまるで天使のような造形美。仕事が恋人のヤヨイが迂闊にも見惚れてしまった。


「はい、あの人ですよ」

「ほー、あれか。強そうには見えないけどな」


む、失礼な。てか、人に向かって指を指したりあれ呼ばわりしてはいけません!と声に出さずに心のなかで叫んだ。


「脱いだら…すごいんですよ//」


班長が頬を赤らめながらそう言った。邪神の娘もどう反応すれば良いか迷ってるじゃないか。それに班長には奥さんと娘さんがいるでしょ!と今回は口に出した。


「はは、バレましたか」

「そりゃ、バレますよ」

「えっ!?そうじゃないの?てっきり二人はそんな関係だと…」


邪神の娘は顔を赤らめもじもじしながら一語一句紡いでいく。まさかさっきので顔を赤くするとか、純情なんだなー。


「って、ちがぁうーー」


突然大声をあげた邪神の娘。二人はビックリしてそちらを見る。邪神の娘は何故かご立腹だった。


「私は騙されないぞ!私と闘うのが嫌だからって逃げるな!」


端正な顔つき、透き通る碧眼、艶やかな金髪から放たれる魔性の香り。女性の平均身長ながらもたわわに実った双胸。天使のような、それ以上の美しさ。ヤヨイは息を呑んだ。美しい。素直にそう思った。


男の性なのか、歩く度に揺れる双胸に目がいくのは仕方ない。


邪神の娘が目と鼻の先まで来た。ヤヨイの身長は180前半、それは邪神の娘がヤヨイを見上げるということだ。邪神の娘が見上げる形で二人の視線が交差する。


「私、レナ・アウヴァー・マベークは貴殿、ヤヨイに決闘を申し込む!」


前言撤回。こいつは美しくなんかない。猫の皮を被った虎、闘いをこよなく愛するバトルジャンキーだということを、俺は今知った。






そこはだだっ広い修練場。そこで男女二人が、片方は武器を持ち、もう片方は素手で対峙している。重々しい雰囲気だった。


「これより決闘を始める!両者準備はいいな!」


片方は勢い良く、もう片方は渋々頷く。真逆の反応だった。


「始めぇぇ!」


両者共に間合いをとる。その間、ヤヨイの後方から黄色い声援ならぬ、灰色の声援が届いた。


「頑張ってください」

「がんばれー」


最初は班長。それに続いて死にかけの班の皆が続く。やる気が失せる声援どうもありがとう。そう心のなかで思った直後、声援が止んだ。


ヤヨイは腕をクロスする。染み着いた動作が反射的に作動したのだ。瞬間、雷に打たれたような衝撃が体に走る。その勢いは凄まじくヤヨイは遥か後方へと飛ばされることになった。


「イテテテ」


ギリギリで踏ん張ったヤヨイ。先の衝撃でまともに動きそうにない両腕をだらんと下げる。後から気づいたが、尋常じゃない量の汗が体から噴き出していた。


(やべぇ、エグ強いぞあいつ)


あいつとそう変わらん実力だぞ。もしかしたらレナはあの頃のあいつより強いかもしれない。


「これは本格的にやる気を出さないとやられる…かも」


感覚の戻ってきた腕で汗を拭う。まだ腕がふわふわしている。そのとき、遠く、先程までヤヨイが立っていた場所、そこから音がした。


「エースと聞いて期待したが…期待外れだったな。興冷めだ」


左手に炎を纏うレナは心底冷えきった声音でそう言った。これはリタイアのチャンスではと期待したが、それは不可能と次の言葉で悟った。


「楽にしてやる」

「決闘のルール忘れてない?」


彼女の左手に赤色の魔素――もっとも破壊力のある炎素。完全に殺す気でやってる。ヤヨイは動き始める。が、彼女の左手にはもう炎素の塊が出来上がっていた。


「死ねぇぇぇぇ!!」

「死にたくねぇぇぇ!」


迫り来る炎の塊を避ける。少しでもかすれば引火してアウト。直撃してもアウト。地面に出来上がった火の海に当たってもアウト。レナに近づきすぎてもメイスでぺしゃんこ。逃げ場なくね。


(もう仕方ないよな!自衛だよな!あいつ俺を殺そうとしてるよな!)


俺はその場で立ち止まった。レナは薄く笑みを浮かべる。


「やっと諦めたか」


否、諦めるわけがない。この状況下、これが俺の中での最高の選択だ。ヤヨイは迫り来る炎の塊を見据える。炎の熱さがチリチリと肌を焼く。


『ロック1解除』


瞬間、ガチャと鍵が解錠される無機質な音が修練場にこだました。その音が形勢を逆転させたなど、レナは後の行動で知ることになる。


「おんどりゃぁぁ!」


無謀にもヤヨイは炎の塊をおもむろに殴った。次の瞬間、皆の目の前で起きた光景はヤヨイが火だるまになったものではなく、炎素を、巨大な炎の塊を打ち消す光景だった。


「なっ!?」


レナは驚愕した。それは場にいる殆どの人間が起こした行為と同じ。


魔素を行使することを、ここでは魔法という。またある場所では魔術とも魔導ともいう。名前は違えど同じ魔素を行使する行為。その中に、一つだけ全てのものに共通するものがある。それは―――


「魔法は同じかそれ以上の魔法でないと無力化出来ないだろ?」


レナの攻撃が止むと、ヤヨイは演技かかったポーズで言葉を続ける。


「何かしらには核がある。それは命から命のない無機物までなんでもだ。そう考えれば魔法にも核があるとは思いませんか?」

「それがどうした!」

「まだわかりませんか…例えば生き物はどこを破壊されれば死ぬと思います?」

「……心臓」

「そうだ。全てのものは核を失えば潰える。魔法も然り。魔法は多くの魔素が集まる言わば集合体。それならば何か纏めるものや入れる器がないと纏まらないと思いませんか?貴女にわかるように適切で簡単に述べれば、魔法には心臓がありそこを破壊すれば魔法は機能を停止する。ただそれだけです」


ヤヨイの説明に修練場にいる皆がその話だけに集中していた。そして、レナもその一人。だが、皆は忘れている。今が決闘の最中だということを。


「――ッ!?」


突如、鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う甲高い音が修練場にこだまする。その音に人々はようやく思い出すことになった。今は決闘の最中だと。


「これを防ぎますか」

「そっちこそ拳とは思えないぞ」


メイスと拳が互角かそれ以上のの鍔迫り合いを繰り広げている。優勢はメイスではなく拳。半歩半歩、少しずつ歩を進める。


「……決闘ルール違反」

「なに?」

「決闘ルール違反及び修練場の一部破壊。更には殺害未遂……これはお仕置きしないといけませんねぇ」


ポツリと呟いた言葉に情はなかった。レナは小さく悲鳴とおぼしき声をあげる。レナの体から一瞬力が抜けた。その一瞬の隙から状況は大きく一変する。


「お仕置きにこれは邪魔ですねぇ」


すべてを見透かすような視線でレナの手からメイスを奪い取り、握り潰した。それはトマトのように簡単にあっさりと。丸腰のレナに為す術はなかった。


魔法は無力化される。近接の要であったメイスも破壊された。レナに出来ることは何一つなくなった。唯一レナのとるべき行動――


「ご…ごめんなひゃい」


一つだけあった。それは謝ることだった。レナは半べそかきながら謝る。ヤヨイはそれに返事をしなかった。その代わりに、ヤヨイはレナを横抱きに抱えあげ、尻を容赦なくひっぱたく。所謂、お尻ペンペン。


「反、省!してください!」

「ひゃう!?ひぐっ……ご…ごめんな……ひぐっ…ごめんなひゃい」


悲痛な声が、手と尻がぶつかり合う音が百聞こえるまで響いた。




修練場にて少女の悲鳴が響き渡った。その時居合わせた人からは、色っぽかったとか可哀想だったとか良くわからない回答をいただいた。


それでも一つだけ言えることがあった。このせいで、一人の少女はお仕置きを決行した男に、本能的な恐怖を植え付けられたと。


男に異常なまでの警戒心を覚えたことも。

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