第15話 せめて、妖怪らしく <後編>
魔理沙と勇儀、そして憑歌が、まばゆい日光を照り返して光る渓流の真上で、静かに対峙していた。
「魔理沙...」
「...ん? なんだ?」
「あの妖怪に勝てる方法はただひとつ。
...それは、私が囮になって奴に憑依され、その隙を狙って奴――もとい、乗っ取られている私の身体を攻撃すること」
「囮って...勇儀、まさか」
「あの妖怪はなかなか隙が無くすばしっこいし、憑依の能力を敵に回せばひとたまりもないから、生身の状態では流石の私でもなかなか太刀打ちできない。
そうなると、奴の唯一の弱点は、他人に憑依して気を抜いているときだけ」
「そんな...」
「ハハッ、いいやぁ、心配ないよ。
一級の鬼である私をなめてんのかい?」
勇儀はどこか余裕の表情でひと笑いするも、魔理沙からすれば、仮に囮であろうとも、勇儀を攻撃するなどできるわけがなかった。
「...ひとつ心配なのは、憑依しているときの奴がどんな状態なのか、予測がつかないこと。
最悪、魔理沙も乗っ取られて被害を被ってしまうリスクがあるかもしれない...。
それでも、奴を確実に突破するにはこれしかないんだよ」
魔理沙は動揺を露わにしつつも、心の中では、もうこれしかないのだ、という決意にも似た気持ちがすでに芽生えていた。
「...いいのか? 勇儀を犠牲にまでして...」
「いいってことよ」
勇儀に笑いかけられて、魔理沙は決心がついた。
「よし! 勇儀、行くぜ!」
魔理沙の掛け声と同時に、勇儀が憑歌の目前へと身を乗り出した。
「さあ、ここからは私があんたのお相手だよ!
どこからでもかかってきな!」
「...ふーん?
ちょっとそこの鬼さん、ボクと遊んでほしいの?」
憑歌は今までの戦況を鑑みて、もはや自分が勝つだろうといわんばかりに、慢心に満ち溢れた表情で腰を据えていた。
すると、
「...そうとなれば、大人しくやられてよ、ね?」
さっきまでふわふわとしていた憑歌の目線が一気に鋭くなり、勇儀の方へと瞬時に乗り移っていった。
「ツッ...!
これが...憑依...!」
すると、一気に勇儀の身体が強張り、一寸たりとも動けぬ状態に陥ってしまった。
「勇儀...!
...いけない、私がちゃんと攻撃を当てないと...」
そして、魔理沙が息を整える暇もなく、相手方からスペルが発動された。
『 憑依「三歩必殺」 』
すると、魔理沙の周囲を数えきれないほどの大弾が取り囲み、辺りを真っ白にした。
「チッ、こいつ...。
まさか、どこぞのさとり妖怪みたいに、憑依した相手の技まで使えるのか!?」
それもそのはず、この「三歩必殺」は、魔理沙がかつて勇儀と戦った際に、最後に発動されたスペルであった。
無慈悲な大弾の幕の壁をかいくぐって、勇儀の周囲から、淡い光が揺らめく黒い小弾が出現し、またも亡霊の如く憑きまとい、魔理沙をしつこく追いかけた。
「うわっ、あぶねっ!
...仕方ない、こうなれば一回で決めるしか...
勇儀、本当に申し訳ない...!」
しつこい誘導弾の動きが鈍った隙をねらって、魔理沙がすかさず八卦炉を取り出し、勇儀の方に向けて叫んだ。
『 恋符「マスタースパーク」!!! 』
弾幕の隙間から強い光が差し込み、辺り一面がまばゆい光に包まれていった。
「...勇儀、勇儀っ、勇儀!!!」
「......んっ...?
うっ......。
...奴は......?」
「だっ、大丈夫か!?」
魔理沙は、倒れていた勇儀の身体を必死に揺さぶった。
「...あぁ...うん。
...へへっ、これくらいは平気だよ」
勇儀はやはり体力を消耗しているようだったが、意識や声はだんだんとはっきりしていった。
流石は鬼であるだけのことはあるのだろうか、生身の人間が受けるとひとたまりもないマスタースパークを、勇儀はうまくかわして耐えていたのだった。
「あぁ...よかった...」
「...あの妖怪は?」
勇儀にそう訊かれて、魔理沙は渓流の対岸を指さした。
「......っ......あっ...
もう...ゆるじでぐだざいぃ~......」
憑歌がすっかり満身創痍で倒れ込んでいた。
「うぅっ...」
「さて、その首謀者はどこにいるんだ?」
「...鬼ヶ岳...進めば...わかる...」
すっかり疲れ果てていた憑歌は、それだけを言い残して、そのまま河原の上で眠りについてしまった。
「結局、なんだったんだろうな、あの妖怪」
「さあ? モブかなんかでしょ」
「...メタ発言やめれ」
渓流で涼をとってすっかり回復した魔理沙と勇儀は、憑歌の言葉通り、鬼ヶ岳へと赴いていった。
彼女たちの旅は、まだまだこれからだ。
オリキャラ解説 No.1
憑歌 <その2>
彼女たち犬神は、決まった居場所というもの持たない。
ゆえに、自分が困ったとき、辛いとき、誰かに逢いたいときに帰ることのできる、大切な故郷がないのである。
さらに彼女たちは、飽きては家を変え、飽きては家を変え、というふうに、ごくわずかな期間で家々を何軒も渡り歩いて生活する。
たとえ気に入った家があったとしても、悲しいかな人間の寿命が短いがゆえに、せっかく仲良くなった相手ともすぐに死別せざるを得なくなる。
それゆえに、親しい者などはほとんど作れないし、誰からも愛されない。
これが、憑神妖怪「犬神」としての宿命であった。
しかし、犬神の中でも異端であった憑歌は、この変えようのない宿命に疑問を呈した。
自分はこのままで幸せなのだろうか、と。
そこで出会ったのが、今回の異変の首謀者であった。
偶然にも、その首謀者の家へと憑いて暮らしていたときに、その首謀者との交流の中で、憑歌の自分の宿命に対する不満は、よりいっそう強くなっていった。
そこで、その首謀者が手を差し伸べたのだ。
「いっしょに、誰からも見捨てられることのない、愛に満ち溢れた幸せな世界を作ろう」と。
そして憑歌は、犬神の宿命たる「居候」との縁を切られて解放され、今に至っているのである。




