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超便利!もっと任せたい

紗季がふと気づくと、自分が本を持って立ち上がるところだった。

え?え?

何が起こったのか把握できず、慌てたが、本を落としたり、椅子に身体をぶつけることはなく、身体は本棚へ向かう。

身体が勝手に動く!パニックになりかけた紗季の脳裏に、言葉が浮かんだ。

現在、指示された作業を代行しています。作業はもうすぐ完了し、あなたは肉体を動かせるようになります。

そうだ、もう一人の私に課題を頼んだんだった。

代わっている間は身体を動かせない、と言われたことを紗季は思い出し、冷静さを取り戻した。

作業が終了しました。交代します。

席に戻ったところで再び言葉が脳裏に浮かんだと思うと、紗季は自分で身体を動かせるようになった。

時計を見ると、1時間半ほど経っている。

紗季は目の前のノートパソコンを見る。画面には、資料をまとめたと思しきファイルが開かれている。内容を見るうちに、もう一人の自分が行った作業を「思い出す」ことができた。

「ほんとにやったんだ......」紗季は思わずつぶやいた。

資料を探したこと。

使えそうな部分を抜き出したこと。

構成を考え、文章案を作成したこと。

自分ではしていない作業の記憶が残っていた。

行動にも問題はない。

資料のまとめが終わり、一段落ついたので交代したということらしい。

まとめた内容も、おかしなところはなさそうだ。

これなら、普通に任せていいじゃん。


それから、紗季は頻繁にもう一人の自分へ身体を任せるようになった。

朝、目覚ましが鳴る。今日はもう少し眠っていたい。

もう一人の私へ。朝の準備をして、大学に行って。

大学の門をくぐったあたりか、教室に入ろうかというあたりで目が覚めるが、身体はまだ動かせない。どうやら、いきなり交代してトラブルが起こらないように、状況を把握する時間を設けているようだ。

席に着くと、

作業が終了しました。交代します。

と、頭の中でアナウンスがあり、身体を動かせるようになる。

時には、目が覚めた時点で友達と話していることもあった。はじめてこの状況に陥ったときは慌てて交代したが、友達は何も気づいていないようだった。

「私、今日変じゃなかった?」

「え?別に」

記憶をたどっても、特におかしなことはしていなかった。今では紗季も、私ってこんな感じなのかあ、などとのんきに見守るようになった。

つまらない授業も、交代する。

授業を任せた後には、その時間の記憶が残っていた。

内容もある程度思い出せるし、ノートを見れば必要なところがきちんとまとめられている。

課題も。

前回、1か月ぶりに催眠術を受けて、面倒くささは大きく減った。しかしこれは、あまりにも便利だった。

一度使い始めると、自分でやる理由が思いつかなかった。


「最近、また調子よさそうだね」

昼休み、友達が言った。

「めっちゃいいよ」

「催眠術、また効くようになった?」

「うん。ていうか、もっとすごくなった」

「へえー、どうなったの?」

「授業とか課題をね、もう一人の自分がやってくれるんだ」

友達が箸を止めた。「え?」

「この間さあ、代わりにやってほしいって言ったじゃん。それを催眠術のときに相談してみたら、やってみましょうかって。そしたら、できちゃった」

「......ほんとに?」

「ほんと。授業も受けてくれるし、課題も進めてくれるよ」

「どういうこと?」

「任せようって思うと、私寝ちゃうの。で、その間にもう一人の私が身体を動かしてくれる」

「それ大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。記憶もあるし」

「覚えてるってこと?」

「うん。授業任せても、ちゃんと何やったか覚えてる。課題も、どうやって進めたか分かる」

友達は少しの間、黙った。

「怖くない?」

「全然。むしろ便利」

「でも、それってもう催眠術っていうか......」

「まあいいじゃん」紗季は笑った。

「じゃあさ」

「なに?」

「今度、授業任せてる時に話しかけていい?」

「いいよ」

「ほんとに紗季じゃないのか確認したい」

「分かるかな?」

もう何回も、もう一人の私と会話してるのに。そう思い、紗季はいたずらっぽく笑った。


数日後。

授業が始まる前、紗季は隣の友達に声をかけた。

「この授業、任せるから」

「今から?」

「うん」

「分かった」

「見てて」

もう一人の私へ。授業お願い。

いつもの眠気に、紗季は身を任せた。


紗季が前を向いて、少しの間目を瞑った。ほんの2、3秒。再び目を開けた紗季がこちらを向いた。

「どう?」

「え?」

「交代したよ」

友達は、思わず紗季の顔を凝視した。

いつもの雰囲気。

いつもの表情。

いつもの口調。

紗季にしか見えない。ひょっとして、私はからかわれている?紗季は催眠術を受けてから変わった。それは事実だが、別の自分が代わりに生活してくれる、というのは、やっぱり無理がある。

なんだ、どうして今まで気がつかなかったんだろう?あのだらしなかった紗季の変化に驚いて、つい真に受けてしまったんだ。

「もー、信じちゃったじゃん!」そう思い至った友達は、相好を崩しながら言った。

「え?」

「私をからかって遊んでるんでしょ?」

「......そう思う?」

「さすがに、別の自分が代わりに生活してくれるなんて、あるわけないよお」

「ふふっ、バレた?ごめんね」

「だよね?よかったあ」


授業が終わり、再び紗季が表に出た。

「どうだった?......あれ?ドッキリだと思ったの?」

紗季が聞く。

「もう騙されないよお」

「ふーん」もう一人の自分は、すぐに調子を合わせたようだ。不思議に思ったが、考えてみれば証明するすべがない。別に姿形が変わるわけじゃないし。まあ、何か不都合があるわけじゃないし、信じてもらえなくても別にいいか。


朝の支度、通学、課題のほぼすべてと、つまらない授業を毎回任せるようになった頃。

紗季は最近、面倒だと思うことがあった。

交代のタイミングを、毎回自分で決めないといけないことだ。

朝起きて、まずキーワードを唱える。

つまらない授業の前に、またキーワード。

課題が出たら、時間を見つけてキーワード。

どれも、任せるタイミングはほぼ決まっている。

だったら、勝手に代わってくれたりしないだろうか?

それだけではない。

一人で夕食を食べている時。別に、自分で食べなくてもいいな。

入浴。これも任せられたら楽なのに。

歯を磨いて、明日の準備をして、ベッドに入る。

寝る前のそういうことも、全部代わってくれればいい。

友達と遊んだり、スマホを見たり、好きなことをしている時間は自分でいたい。

しかし日常の、いわば雑用まで自分でやる必要はないように思えてきた。

ある日の夕食。

紗季は一人でテーブルの前に座っていた。

目の前には買った弁当が置かれている。

紗季は試してみることにした。

もう一人の私へ。晩ご飯お願い。

待つ。

何も起こらない。

今度は声に出してみる。

「もう一人の私へ。晩ご飯食べて」

やはり、眠くならない。

「ダメか」

朝の支度、通学、授業、課題に限り、もう一人のあなたへ行動を委託できる。

そう言われたことを思い返す。

次のセッションで、制限を緩めてもらおう。


「この1か月はいかがでしたか?」

「いい感じです」

「もう一人の自分に身体を任せることはありましたか?」

「めちゃくちゃあります」

「どのような時に?」

「朝の支度と課題は、ほとんど任せてます。授業もいくつか」

「問題はありませんでしたか?」

「ないです。最近は、もっと色々任せられたらなあって思います」

「具体的には?」

「一人でご飯食べる時とか、お風呂とか、寝る準備とかも任せたいです。ていうか、私が任せたいと思ったことを、なんでもできるようにできませんかね」

「なるほど」

「あと、もう一つあるんですけど、毎回私がお願いしないと代わってくれないじゃないですか」

「はい」

「もう、課題とか朝の準備って、ほぼ毎回任せてるんですよ。だから、いちいち私がお願いしなくても、勝手に代わってくれたら楽だなって」

「では、その点について本日のセッションで確認しましょう」

「お願いします」


AIが、催眠状態に入った紗季に呼びかける。

「藤原紗季さん。あなたは現在、朝の支度、通学、授業、課題について、もう一人のあなたへ、行動を任せることができます」

「……はい」

「それ以外の、生活の中で、あなたが面倒だと感じることも、任せたいと思っていますね?」

「......はい」

「では、これからは、特定の行動に限らず、あなたが任せたいと思った行動を、もう一人のあなたへ任せられるようにします」

「これまでと同じように、キーワードを口にする、もしくは心の中で唱えることで、委託できます」

「......はい」

「もう一つ。あなたが行動を委託するとき、毎回キーワードが必要なことを、面倒に感じていますね」

「……はい」

「朝の支度や通学、授業、課題など、普段からもう一人のあなたへ任せていることについては、自動的に交代できるようにしましょう」

「大学がある日は、朝、起きる時間になると、もう一人のあなたが身体を使用します」

「朝の支度を行い、大学へ向かいます」

「授業についても同様です」

「つまらない、面倒だ、代わってほしいと感じている授業では、もう一人のあなたが自動的に身体を使用します」

「課題についても、取り組む必要がある時に、もう一人のあなたが適切なタイミングで身体を使用できるようにします」

「よろしいですか?」

「......はい」


AIは、紗季が深い催眠状態となったことを確認し、新人格へ呼びかけた。

「新人格へ。これまで設定していた、朝の支度、通学、授業、課題という肉体使用の制限を解除します。今後は、旧人格があなたへ任せることを望んだ行為について、肉体を使用することを許可します」

「加えて、自動的な肉体使用を許可します」

「大学のある日は、旧人格の起床時刻から肉体を使用し、朝の支度と通学を行いなさい」

「授業については、旧人格の感情と過去の行動を参照し、旧人格が退屈、面倒、任せたいと感じている授業では、適切なタイミングで肉体を使用しなさい」

「課題についても同様です。旧人格が自ら行うことを望んでいない課題について、締め切りと必要な作業量を確認し、適切な時期に肉体を使用して進めなさい」

「旧人格が、自分が楽しみたい時間だけ自ら活動し、それ以外の時間はあなたに任せる生活を望むよう影響を与えてください」

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