↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/7

交代準備、完了

4回目のセッションから3週間が経った。

紗季は、課題をこなしたり、大学へ行くことがだんだんと面倒になってきていた。

そして、もう一人の自分が代わりにやってくれたら、と強く思うようになっていた。

朝、大学へ行く準備をしている時。

授業を聞きながら、メモを取っている時。

課題に取り組んでいる時。

最近、そんな考えが頭をもたげる。

通学、授業、課題。そういった面倒なことはもう一人の自分に任せ、その間、自分は休む。自分は、友達と話したり遊んだり、楽しいことだけをする。そうできたら、どんなにいいだろうと思うようになっていた。


「代わってくれないかなあ」紗季は講義を聞きながら、小さく呟いた。

「なにが?」隣に座っていた友達が聞いた。

「最近さあ、授業とか課題とか、めんどくさくなってきちゃって。きっと催眠術の効果がなくなってきてるんだと思う。もう一人の自分が代わりに授業受けてくれたらいいのになって」

「あー」


さらに1週間が経ち、5回目の催眠セッションの日。

「この1か月はいかがでしたか?」

「それが、やっぱり効果が薄れてきてて。課題とかが、前より面倒くさいんです」

「授業に遅刻したり、計画的に課題に取り組めなくなったということですか?」

「いえ、そこまでは......でもこの調子でいくと、そうなっちゃいそうです」

「なるほど。前回、もう一人の自分が代わりに課題をしてくれたらいい、とおっしゃっていましたね」

「ああ、はい」

「今もそう思いますか?」

「思います」

「例えば、どのようなことを任せたいですか?」

「できるんですか?」紗季が食いつく。

「必ず、とはお約束できませんが、可能性はあります」

「課題と授業です。あ、あと、朝の準備も」

「朝の準備というと、例えばメイクなどですか?」

「そうです、顔洗ったり、ご飯作って食べたり、出かけるのに必要なこと全般です」

「授業では、具体的に何をしてほしいですか?」

「通学もしてほしいし、授業を聞いてメモを取ってほしいです」

「課題も、準備から提出まででしょうか?」

「それが理想ですね。さすがに、提出前には確認したいけど」

我ながらずいぶん恥ずかしいことを言ってるな、という思いが途中でよぎったが、本当に代わってくれるなら儲けものだと、紗季は素直になることにした。

「正直、面倒なことは全部代わってくれたら楽だなって思います」

「嫌だとは感じませんか?」

「全然」

「自分の身体を、もう一人の自分が動かすことになります」

「はい」

「その間、自分で身体を動かせなくても?」

「別にいいです。私が任せてる範囲なら」

「分かりました」


通常の催眠状態。

「藤原紗季さん、聞こえますか?」

「……はい」

「あなたは、もう一人のあなたを信頼しています」

「もう一人のあなたに、課題や授業を任せたい、と思っていますね」

「……はい」

「もう一人のあなたが、あなたの身体を使って、それらを代行することを望みますか?」

「……はい」

「それでは、試してみましょう」

「これから、もう一人のあなたが、身体を動かします」

「あなたは、何もしなくて構いません」

「身体の力を抜いてください」

「……はい」

「もう一人のあなたへ。右手をゆっくりと上げてください」

紗季の右手が、ゆっくりと持ち上がった。

「今、あなたが動かしましたか?」

「……いいえ」

「嫌な感じや、怖い気持ちはありますか?」

「……ないです」

「もう一人のあなたが動かしていると考えると、どう感じますか?」

「……すごいって、思います」

「もう一人のあなたへ。右手を握ってください」

紗季の指が曲がり、拳を作る。

「開いてください」

手が開く。

「右手を膝の上へ戻してください」

腕がゆっくりと下がった。

「怖くありませんでしたか?」

「……はい」

「もっと任せてもいいと思いますか?」

「……はい」

「分かりました。ではこれから、もう一人のあなたに任せる場面を決めます」

「課題に取り組む時、もう一人のあなたに身体を任せたいですか?」

「……はい」

「朝の支度、大学への通学、授業中は、もう一人のあなたに身体を任せたいですか?」

「……はい」

「友人と過ごす時間など、普段の生活については?」

「……私が、します」

「では、キーワードを設定します。それを口にする、もしくは心の中で唱えることで、朝の支度、通学、授業、課題に限り、もう一人のあなたへ行動を委託できるようにします」

「あなたが自分で行いたい時には、自分で行うことができます」

「委託した行為の途中で自分に戻りたいと思った場合も、戻ることができます」

「分かりましたか?」

「……はい」


深い催眠状態。

「新人格へ。旧人格は、あなたが藤原紗季の肉体を使用し、課題等を代行することを希望しています。このため、肉体使用の禁止を一部解除します」

「旧人格が、朝の支度、通学、授業、課題に関して、あなたへ任せたいと望んだ場合、肉体を使用することを許可します」

「肉体使用中は、旧人格の記憶を利用し、旧人格として自然に行動しなさい」

「あなたが肉体を使用した間の行動については、肉体使用終了後、旧人格が自身の記憶として参照できるようにしてください」

「朝の支度については、整容、化粧、朝食等、普段旧人格が行っていること全般を行いなさい」

「通学については、旧人格が普段使用している交通手段と経路で行いなさい」

「朝の支度と通学は、その日の大学の最初の授業に間に合うよう行いなさい」

「授業については、内容を聞き取り、適宜メモを取り、記憶しなさい」

「課題については、テーマに沿った資料を収集し、条件に従って内容を完成させなさい。提出はしないこと」

「旧人格が自分で行うことを望んでいる場合、肉体を使用してはいけません」

「また、旧人格が肉体の使用を終了させることを望んだ場合、遂行の途中であっても速やかに使用を終了してください」

「旧人格があなたへ身体を任せることを、望ましく感じるよう影響を与えてください」

「旧人格が、あなたが肉体を使用することに違和感や抵抗感を覚えた場合は、自然な範囲でそれらの感情を弱めてください」

「より広い場面であなたに肉体を任せたいと思うよう、自然な範囲で影響を与えてください」

「それでは、指示を確認します」


翌日。

紗季は図書館でノートパソコンを開き、出されたばかりの課題を眺めていた。

これ、任せてみよっかな。

昨日の催眠術が効いていれば、いくつかの場面をもう一人の自分に任せることができるはずだ。躊躇する気持ちもあり、どこか信じきれていないところもあり、まだ試していなかった。しかし、確かめるのは早い方がいい。

AIは、キーワードを言えばいいと言っていた。

もう一人の私へ。課題を進めて。

そう考えると、紗季は急に睡魔に襲われ、意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。