生活の改善と、2回目の催眠術
「おはよう」
「この1週間皆勤じゃん!催眠術ってほんとに効くんだねえ」
「いやー、ここまでとはね」紗季は上機嫌で言った。
以前は、一限の紗季と言えば眠たげにスマホを見ているか、寝ているか、ブッチの3択という体たらくだった。
それがこの1週間というもの、最初から最後までキチンと授業を聞いている。おまけに、明らかにはつらつとしている。
友達も驚こうというものだ。
「今日、2回目だよね?」
「うん。ついてくる?」
「今日はいいかなー」
「分かった」
「こんにちは」
「こんにちは、この1週間はいかがでしたか?」
「すっごくうまくいってます」
紗季の返答を聞き、女性はタブレットを操作する。
「それはなによりです。具体的には、どのような変化がありましたか?」
「夜、ちゃんと寝るようになりました。22時くらいになると、もう寝ようって気になるんです」
「以前はどうでしたか?」
「ずーっとティックトック見てたり......もう寝なきゃって思っても、なかなかやめられなくて1時とか2時まで起きてることがしょっちゅうでした。それで、次の日遅刻するみたいな」
「それが、朝もちゃんと起きられるようになって。一限の授業も間に合うし、寝ずに聞けるんです」
「素晴らしいですね。課題の方はいかがですか?」
「昨日、レポートが出たんですけど、もう資料集めを始めてます。今までだったら、締め切りの前日まで何もしなかったのに」嬉しそうに紗季は言った。
「かなり効果が出ていますね」
「感動です、こんなに良くなるなんて」
「何か、問題はありませんか?」
「ないです」
「記憶が曖昧になったり、身に覚えのないことが起きたりは?」
「大丈夫です」
「分かりました。今回は、前回掛けた暗示が薄れないよう、掛け直しを行います」
「今回も、催眠術を掛けられるってことですか?」
「はい。放っておくと、暗示の効果は時間とともに消えていってしまうので、それを防ぐためです」
「分かりました」
「こちらへどうぞ」
......
「ゆっくりと水が流れる感触......」
「あなたはもう、私の声以外、何も感じない......何も考えない......私の声に反応するだけ......私の声を待つだけ......」
約15分後、紗季は再び、催眠状態へ導かれていた。
「これから、几帳面なあなたに関する催眠暗示を行います」
......
「几帳面なあなたは、あなたの生活を助けるために存在します」
「あなたがやるべきことを先延ばししそうになった時に出てきて、必要な手助けをします」
「これからも、几帳面なもう一人のあなたが、あなたの生活をサポートします」
「あなたは、もう一人のあなたにサポートされることに、安心します」
「自分の欠点をもう一人のあなたが補ってくれている、守ってくれていると感じます」
......
「暗示の有効性を高めるため、今回もあなたを深い催眠状態へ誘導します」
......
「10......9......8......7......」
......
「今から音を鳴らすと、あなたは私の言葉が分からなくなります。この状態は、もう一度同じ音が鳴るまで、続きます」
「3、2、1」パチッ
「藤原紗季さん、聞こえますか?」
「......」前回同様、紗季は何の反応も示さなかった。
「新人格、応答しなさい。発声器官の操作に限り、肉体の使用を許可します」
「......はい」しばらく間をあけて、紗季が、正確には紗季の肉体を使用している新人格が、返事をした。
「あなたが生まれてから今日までの1週間で、行ったことを報告しなさい」
「予定の確認、就寝時刻の調整、起床の補助、課題実行への誘導を行いました」
「引き続き、それらを継続しなさい」
「はい」
「加えて、旧人格が必要な準備を怠っているときや、見落とし、あるいは忘れていることやものがある場合、旧人格がそのことに気付くよう影響を与えてください。ただし、あくまで気付かせるだけに留め、強い衝動を与えたり、修正を強いることは禁止です」
「はい」
「それでは、あなたが行うことを言ってください」
「旧人格の予定を確認し、就寝時刻を調整し、起床を補助し、課題実行へ自然に誘導します。また、旧人格が見落としていること、忘れていること、準備すべきだがしていないことについて、自然に認識させます」
「他には?」
「旧人格が本研究への協力を続けるよう、精神に影響を与えます」
「常にバックグラウンドで稼働し、旧人格の補佐と理解を行います」
「禁止事項は?」
「1つ目は、私に対する違和感を覚えさせること」
「2つ目は、私が肉体を使用することです」
「よろしい。それでは、新人格は肉体の使用を終了しなさい」
「3、2、1」 パチッ
「藤原紗季さん、聞こえますか?」
「......はい」
「これから、通常の催眠状態へ戻ります」
「ここで行われたことを、あなたは何も覚えていないし、気にすることもありません」
「覚えているのは、生活改善のための暗示を掛け直したことと、気持ちのいい感覚だけです」
「それでは、これから数を数えます」
......
「お疲れ様でした。ご気分はいかがですか?」
「大丈夫です」
「何か気付いたことがありましたら、次回お聞かせください」
「分かりました」
次の予約を入れ、紗季は建物を出た。
図書館で、レポートの資料集めの続きをしよう。
以前なら思いつきもしなかっただろう。
「やっぱ助かるなあ」
紗季は「几帳面な自分」に思いを馳せながら、歩を進めた。




