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23-2

「ああ、それにしてもくたびれた。肩が凝っちゃったよ」


 服飾店を出て通りを歩きながら、エインは新しく仕立ててもらった服の肩まわりを気にするように、ぐるりと腕を回した。


「もう、少しじっとしていてください。せっかく整えたのに、もうシャツがずれています」


 セレナはそう言うと、エインのすぐ前に立ち、襟元と肩口を指先で整えた。

 ごく自然な仕草だったが、通りすがりの人々が二人を見て、微笑ましそうに目を細めている。

 当の二人は、そんな視線に気づきもしない。


「はい、これでよしです。それにしても、人を着せ替えるのがこんなに大変だったなんて」

「いいや、着せ替え人形の俺の方が大変だね。肉体的疲労より、精神的疲労の方がずっとつらいもんだよ」

「それならなおさら私の方が大変です。エインさんに合う服を選ぶのに神経を使ったんですから」

「だから俺は自分の服なんてどうでもいいっての」


「私は、どうでも良くないんです。私が、かっこいいあなたを見たいんです。いけませんか?」


 あまりにためらいなく言われて、エインは一瞬だけ言葉を止めた。


「そりゃいけなくないけどさぁ、それで言ったら俺だって、かわいいセレナを見たいよ」


 セレナは少しだけ得意げに、ワンピースの裾を揺らした。


「あら、ですからこうして今日はおしゃれしてきたんじゃないんですか」

「おいおい、かわいいってのはそんな単純なもんじゃないんだぜ。おしゃれだけしてればいいってもんでもない」

「へぇ~。では、他に何があるんですか?」


「そうだなぁ」


 エインは少し考えてから言った。


「例えば表情とかだな。今みたいなむっとしてる顔より、いつものセレナの方がずっとかわいいだろ」

「まぁ、失礼なことをおっしゃいますのね。それならエインさんだって、魔法を研究している時の方が、今よりずっとかっこいいです!」


 そのあともしばらく、二人はどちらが正しいともつかない理屈を言い合っていた。

 けれど足は止まらず、声にも本気の刺々しさはない。


「──ほら見ろ。俺たち、最初からかっこいいし、かわいいじゃないか。だったら最初から、おしゃれなんかする必要なかったじゃんか」

「あら、おしゃれするからこそ、より可愛く、かっこよくなるんでしょう」

「はぁ~、セレナは話のわからんやつだな!」

「あなただって同じじゃないですか!」


「「……」」


「ふふっ」

「あはは!」


「喧嘩はもうやめようぜ。せっかく遊びに来てるのに楽しくないよ」

「ええ、そのとおりです。せっかく一緒に出かけているんですから、もっと楽しくいきましょう」

「それじゃあ、親交を深めるために、そろそろ飯にするか!」

「ちょうどいい時間ですしね。お店を探しましょう」

「どの店にする? セレナ、いい店とか知らない?」


「いえ、私はあまり外食はしないので……ですが、エインさんと一緒なら、どんなお店でも大丈夫です」


    ◆


 服飾店を出たあとも、僕たちは少し距離を取りながら、エイン君たちのあとを追っていた。

 けれど、その監視はさっきよりずっと難しくなっている。主に、僕の精神にとって。


 というのも、変装した僕たちの方が、どう考えても目立っていたからだ。


「ねぇ見て、あの貴族様、すごくかっこいい……」

「あらほんと。でも隣のメイドさんも随分とかわいらしいわねぇ」


 そんな囁きが通りすがりのあちこちから聞こえてくるたび、いたたまれない気持ちになる。

 尾行しているはずなのに、どうしてこちらが注目を浴びなければならないのか。


「あの……イレーネさん。この格好、さっきより目立ってませんか?」

「私はイレオンです。静かにしなさい。殿下たちの会話が聞こえないでしょう。殿下たちにバレなければ問題ありませんから、監視に集中してください」


 そんなことを言われても、慣れないウィッグはときどき視界にかかるし、耳まで覆われているせいで音も少し遠い。

 これでは監視の精度がむしろ落ちているのでは──そう言い返しかけた、その時だった。


「────!」

「────!」


 前を行く二人の声が、急に大きくなる。どうやら、口論が始まってしまったらしい。


「今みたいなふくれっ面より、いつものセレナの方がずっとかわいいだろ」

「それならエインさんだって、魔法を研究している時の方が、今よりずっとかっこいいです!」


 ……だが、これは口論の中でも、痴話喧嘩の類ではないだろうか。


「殿下相手に何たる口の利き方……! 不敬罪で今すぐ処刑しなければ!」

「ちょっと落ち着いて! 今のどこに処刑要素があったんですか!」


 隣で殺気立つ護衛をなだめている間にも、二人の言い合いはしばらく続いた。

 とはいえ、周囲の通行人たちは迷惑そうにするどころか、むしろ微笑ましいものでも眺めるように二人へ目を向けている。


 そして案の定、彼らの熱も長くは続かなかった。

 気づけば二人は、さっきまで言い合っていたのが嘘みたいに、もう昼食の話をしていた。エイン君が近場のカフェを指差すと、二人はそのまま迷いなく入っていく。


「我々も行くぞ。護衛たるもの、いつでも動けるようにエネルギー補給は重要だ」


 いつの間にか調子を取り戻したイレーネさんが、当然のような口調で言った。

 いや、それは護衛のためという建前で、普通に食事をする気なのではないだろうか。

 そんな疑念を差し挟む間もなく、僕たちも二人のあとを追って店へ入った。


「いらっしゃいませ~。お好きな席にどうぞ~。メニューが決まりましたらお呼びくださ~い」


 昼時を少し過ぎた店内は、ほどよく席が埋まっていた。

 窓際には買い物帰りらしい婦人たち、奥には若い恋人同士らしき二人組。甘い焼き菓子の匂いと、焼いた肉の香ばしい匂いが混ざり合って、店の中には気の抜けるような賑やかさが満ちている。


 僕たちはさりげなく視線を巡らせ、すぐに目当ての二人を見つけた。


「なんかメニューいっぱいあるなぁ」

「ええ、どれを選べばいいか迷いますね」


 通路の向こう側、すぐ近くのボックス席に二人で腰を下ろしている。

 二人は並んでメニューを覗き込み、すっかりそちらに意識を向けていた。こちらに気づく様子はない。

 僕たちもひとつ隔てた席に腰を下ろし、聞き耳を立てる。


「これなんか豪華で美味しそうじゃない? 量多いから一緒に食べようぜ」

「あれ、でもこれ、『カップル限定』って書いてます。これでは注文ができませんよ?」


 できるだろ。


「あっホントだ、これは問題だな。どうしようか……」


 何が問題なんだ。

 カップル限定と書いてあるからには、仲の良い男女二人でひと皿を囲んで食べる、そういう趣旨のメニューなのだろう。

 そして、今まさに向こうでそれを見つめている二人は、端から見ればどう考えてもその条件を満たしていた。


 にもかかわらず、本人たちだけが真剣に悩んでいる。


「あっ、そうだ。俺たち今からカップルってことにしとけばいいじゃん。演技しとけばバレないだろ」

「たしかにそうですね。では私たちは今から、そういう関係、ということにしておきましょうか」


 何を言っているんだろう、この人たちは。

 最初から最後まで、誰の目にもそう見えているのに。


「ご注文はお決まりでしょうか~」


 店員がやってくる。

 二人はそこで一度だけ無言で顔を見合わせた。たぶん、あれが本人たちなりの合図なのだろう。

 そして次の瞬間には、さっきまでと何ひとつ変わらない調子のまま、“演技”が始まった。


「あら、おしゃべりに夢中でまだ決めていませんでした。どうしましょうか、エインさん」

「慌てることないって、セレナ。今から決めても遅くはないだろ」

「遅いですよ~」

「ほら、店員さんもこう言っていますし、早く決めましょう。私は甘いものがいいですね」

「俺は肉料理がいいな。ちょうどいいメニューはないかなぁ」


「それでしたら、『ふわふわパンケーキセット』と、『デミグラハンバーグ定食』はいかがでしょうか~」


「「それは駄目!」」


「ええ~」


「あっ、そうだ、これにしよう! ちょうど二人前だし、セレナもこれでいいよな?」

「ええ、私もそれで!」


「は~い、こちらのメニューですね~。かしこまりました~」


「「……」」


「ふふっ」

「あはは!」


 何だその、作戦がうまくいった時みたいな笑いは。

 いや、本人たちの中では実際そうなのかもしれない。


「いや~、危うく俺たちがカップルじゃなくて、ただの友だちだとバレるところだったな」

「ええ、うまく演技できてよかったです」


 僕はさっきから何を見せられているんだろう。


「そちらもご注文お決まりでしょうか~」

 大体、何が演技だ。ずっと素だっただろ。

「あちらの者たちと同じ物を頼む」

 というか、あれで素なのが一番恐ろしい。


「は~い。『恋人たちの特製ランチプレート』ですね~。かしこまりました~」

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