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「ああ、それにしてもくたびれた。肩が凝っちゃったよ」
服飾店を出て通りを歩きながら、エインは新しく仕立ててもらった服の肩まわりを気にするように、ぐるりと腕を回した。
「もう、少しじっとしていてください。せっかく整えたのに、もうシャツがずれています」
セレナはそう言うと、エインのすぐ前に立ち、襟元と肩口を指先で整えた。
ごく自然な仕草だったが、通りすがりの人々が二人を見て、微笑ましそうに目を細めている。
当の二人は、そんな視線に気づきもしない。
「はい、これでよしです。それにしても、人を着せ替えるのがこんなに大変だったなんて」
「いいや、着せ替え人形の俺の方が大変だね。肉体的疲労より、精神的疲労の方がずっとつらいもんだよ」
「それならなおさら私の方が大変です。エインさんに合う服を選ぶのに神経を使ったんですから」
「だから俺は自分の服なんてどうでもいいっての」
「私は、どうでも良くないんです。私が、かっこいいあなたを見たいんです。いけませんか?」
あまりにためらいなく言われて、エインは一瞬だけ言葉を止めた。
「そりゃいけなくないけどさぁ、それで言ったら俺だって、かわいいセレナを見たいよ」
セレナは少しだけ得意げに、ワンピースの裾を揺らした。
「あら、ですからこうして今日はおしゃれしてきたんじゃないんですか」
「おいおい、かわいいってのはそんな単純なもんじゃないんだぜ。おしゃれだけしてればいいってもんでもない」
「へぇ~。では、他に何があるんですか?」
「そうだなぁ」
エインは少し考えてから言った。
「例えば表情とかだな。今みたいなむっとしてる顔より、いつものセレナの方がずっとかわいいだろ」
「まぁ、失礼なことをおっしゃいますのね。それならエインさんだって、魔法を研究している時の方が、今よりずっとかっこいいです!」
そのあともしばらく、二人はどちらが正しいともつかない理屈を言い合っていた。
けれど足は止まらず、声にも本気の刺々しさはない。
「──ほら見ろ。俺たち、最初からかっこいいし、かわいいじゃないか。だったら最初から、おしゃれなんかする必要なかったじゃんか」
「あら、おしゃれするからこそ、より可愛く、かっこよくなるんでしょう」
「はぁ~、セレナは話のわからんやつだな!」
「あなただって同じじゃないですか!」
「「……」」
「ふふっ」
「あはは!」
「喧嘩はもうやめようぜ。せっかく遊びに来てるのに楽しくないよ」
「ええ、そのとおりです。せっかく一緒に出かけているんですから、もっと楽しくいきましょう」
「それじゃあ、親交を深めるために、そろそろ飯にするか!」
「ちょうどいい時間ですしね。お店を探しましょう」
「どの店にする? セレナ、いい店とか知らない?」
「いえ、私はあまり外食はしないので……ですが、エインさんと一緒なら、どんなお店でも大丈夫です」
◆
服飾店を出たあとも、僕たちは少し距離を取りながら、エイン君たちのあとを追っていた。
けれど、その監視はさっきよりずっと難しくなっている。主に、僕の精神にとって。
というのも、変装した僕たちの方が、どう考えても目立っていたからだ。
「ねぇ見て、あの貴族様、すごくかっこいい……」
「あらほんと。でも隣のメイドさんも随分とかわいらしいわねぇ」
そんな囁きが通りすがりのあちこちから聞こえてくるたび、いたたまれない気持ちになる。
尾行しているはずなのに、どうしてこちらが注目を浴びなければならないのか。
「あの……イレーネさん。この格好、さっきより目立ってませんか?」
「私はイレオンです。静かにしなさい。殿下たちの会話が聞こえないでしょう。殿下たちにバレなければ問題ありませんから、監視に集中してください」
そんなことを言われても、慣れないウィッグはときどき視界にかかるし、耳まで覆われているせいで音も少し遠い。
これでは監視の精度がむしろ落ちているのでは──そう言い返しかけた、その時だった。
「────!」
「────!」
前を行く二人の声が、急に大きくなる。どうやら、口論が始まってしまったらしい。
「今みたいなふくれっ面より、いつものセレナの方がずっとかわいいだろ」
「それならエインさんだって、魔法を研究している時の方が、今よりずっとかっこいいです!」
……だが、これは口論の中でも、痴話喧嘩の類ではないだろうか。
「殿下相手に何たる口の利き方……! 不敬罪で今すぐ処刑しなければ!」
「ちょっと落ち着いて! 今のどこに処刑要素があったんですか!」
隣で殺気立つ護衛をなだめている間にも、二人の言い合いはしばらく続いた。
とはいえ、周囲の通行人たちは迷惑そうにするどころか、むしろ微笑ましいものでも眺めるように二人へ目を向けている。
そして案の定、彼らの熱も長くは続かなかった。
気づけば二人は、さっきまで言い合っていたのが嘘みたいに、もう昼食の話をしていた。エイン君が近場のカフェを指差すと、二人はそのまま迷いなく入っていく。
「我々も行くぞ。護衛たるもの、いつでも動けるようにエネルギー補給は重要だ」
いつの間にか調子を取り戻したイレーネさんが、当然のような口調で言った。
いや、それは護衛のためという建前で、普通に食事をする気なのではないだろうか。
そんな疑念を差し挟む間もなく、僕たちも二人のあとを追って店へ入った。
「いらっしゃいませ~。お好きな席にどうぞ~。メニューが決まりましたらお呼びくださ~い」
昼時を少し過ぎた店内は、ほどよく席が埋まっていた。
窓際には買い物帰りらしい婦人たち、奥には若い恋人同士らしき二人組。甘い焼き菓子の匂いと、焼いた肉の香ばしい匂いが混ざり合って、店の中には気の抜けるような賑やかさが満ちている。
僕たちはさりげなく視線を巡らせ、すぐに目当ての二人を見つけた。
「なんかメニューいっぱいあるなぁ」
「ええ、どれを選べばいいか迷いますね」
通路の向こう側、すぐ近くのボックス席に二人で腰を下ろしている。
二人は並んでメニューを覗き込み、すっかりそちらに意識を向けていた。こちらに気づく様子はない。
僕たちもひとつ隔てた席に腰を下ろし、聞き耳を立てる。
「これなんか豪華で美味しそうじゃない? 量多いから一緒に食べようぜ」
「あれ、でもこれ、『カップル限定』って書いてます。これでは注文ができませんよ?」
できるだろ。
「あっホントだ、これは問題だな。どうしようか……」
何が問題なんだ。
カップル限定と書いてあるからには、仲の良い男女二人でひと皿を囲んで食べる、そういう趣旨のメニューなのだろう。
そして、今まさに向こうでそれを見つめている二人は、端から見ればどう考えてもその条件を満たしていた。
にもかかわらず、本人たちだけが真剣に悩んでいる。
「あっ、そうだ。俺たち今からカップルってことにしとけばいいじゃん。演技しとけばバレないだろ」
「たしかにそうですね。では私たちは今から、そういう関係、ということにしておきましょうか」
何を言っているんだろう、この人たちは。
最初から最後まで、誰の目にもそう見えているのに。
「ご注文はお決まりでしょうか~」
店員がやってくる。
二人はそこで一度だけ無言で顔を見合わせた。たぶん、あれが本人たちなりの合図なのだろう。
そして次の瞬間には、さっきまでと何ひとつ変わらない調子のまま、“演技”が始まった。
「あら、おしゃべりに夢中でまだ決めていませんでした。どうしましょうか、エインさん」
「慌てることないって、セレナ。今から決めても遅くはないだろ」
「遅いですよ~」
「ほら、店員さんもこう言っていますし、早く決めましょう。私は甘いものがいいですね」
「俺は肉料理がいいな。ちょうどいいメニューはないかなぁ」
「それでしたら、『ふわふわパンケーキセット』と、『デミグラハンバーグ定食』はいかがでしょうか~」
「「それは駄目!」」
「ええ~」
「あっ、そうだ、これにしよう! ちょうど二人前だし、セレナもこれでいいよな?」
「ええ、私もそれで!」
「は~い、こちらのメニューですね~。かしこまりました~」
「「……」」
「ふふっ」
「あはは!」
何だその、作戦がうまくいった時みたいな笑いは。
いや、本人たちの中では実際そうなのかもしれない。
「いや~、危うく俺たちがカップルじゃなくて、ただの友だちだとバレるところだったな」
「ええ、うまく演技できてよかったです」
僕はさっきから何を見せられているんだろう。
「そちらもご注文お決まりでしょうか~」
大体、何が演技だ。ずっと素だっただろ。
「あちらの者たちと同じ物を頼む」
というか、あれで素なのが一番恐ろしい。
「は~い。『恋人たちの特製ランチプレート』ですね~。かしこまりました~」




