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22-4

「結局、お前はエインのことなんか──」


 白が砕けた。

 境界が崩れ、光が滲み、何かが遠くなり──


    ◆


「──という計画でパーティは進めますので、その時に私とあなたの──」


 ユリウスの声が、遠くから聞こえた。


 セレナははっとした。


 応接室。午後の光。向かいに座るユリウスの顔。

 意識が現在に追いついた、と思った。

 でも、「追いついた」という感覚自体が、どこかおかしかった。追いつくためには、離れていた時間があるはずで、その時間に何があったのか、何日経過していたのか、自分には分からない。


 霧の中で何かが起きて、気づいたら着地していた。

 そんな感覚だった。


 ユリウスは話している。

 当然のように。


 自分は、何か答えたのだろうか。


「殿下? 大丈夫ですか?」


 ユリウスの声が、すぐに近くなった。

 心配している。本気で。


「顔色が優れないようですが」


「いいえ、なんでもありません」


 咄嗟に答えた。

 笑顔も、ちゃんと出てきた。長年、王宮でそうしてきたから、体が覚えていた。


 ユリウスは少し眉を寄せたが、それ以上は追及しなかった。

 代わりに、静かにセレナの手を取る。

 両手で、包むように。


「不安に思うことはありません」


 確信の重さがある言葉だった。

 衝動ではなかった。


「何があっても、私が守ります。貴方が傷つくことは、もうありません」


 温かかった。

 その温度は本物で、言葉も本物だった。この人は、そばにいてほしいときに、ちゃんとそばにいてくれる。この人の隣にいれば、壁際で時間を数えなくていい。


 なのに。


 何かが、引っかかっていた。

 引っかかったまま、うまく飲み込めなかった。


 彼の言葉は甘く、温かく、正しかった。

 だからこそ、その「正しさ」がどこかに収まりきらなかった。守られる、という言葉を受け取るたび、自分の輪郭が少し薄くなるような気がした。


 エインは、正反対だ。

 そばにいてほしいと思ったときには、もういない。保証も、約束も、何も与えてはくれない。与えようとすら、思っていないだろう。


 軽いノックがした。

 一度だけ。ごく短く。返事を待つ気のない間合いだった。


「おじゃましま~す」


 返事を待たずに扉が開いた。


「イレーネさんに聞いたら、今日はこっちでお茶会だって」


 エインが顔を出した。

 もういないはずの、ここに。


「……どうして?」


 心臓が一度、大きく跳ねた。

 遅れて、呼吸が浅くなる。


 いなくなったはずだった。

 何も言わずに、するりと消えて。茶室にも、学校にも、王都にもいないと聞かされて、それでも「きっとまた現れる」と思う自分と、「もう戻らないだろう」と思う自分が、ずっと交互に顔を出していた。


 だが、彼は戻ってきた。

 そのことに、安堵した。

 でも、なぜ今なのか。なぜ何事もなかったように笑えるのか。


 聞きたいことが、いくつも浮かぶ。

 それなのに、質問をする資格が、責める資格が自分にあるのか分からなかった。彼は約束をしたわけでも、約束する義理があるわけでもない。ただ、勝手にいなくなり、勝手に戻ってきただけだ。

 それなのに、胸のどこかが勝手に痛んだ。

 声が出なかった。


「いやね、話すと長くなるんだけど」


 当然のことながら、彼はそんな気持ちを慮る様子がなかった。


「教師をクビになっちゃってさ、そしたらフレッドの故郷がピンチだって言うから急いで一緒に助けに行ってたんだよ。そういえば急いでたから出かけること伝えられなかったよごめんね。とにかく、村についたら大変な状況だったんだけど、フレッドといっしょに頑張って解決したんだよ。それで最終的に帝国の将軍に恩を売ることになってね。あっそうだ、おみやげあるんだった。はいこれ、帝国せんべいね。あれ、何の話してたんだっけ? あっそうだ、恩を売った将軍に頼んで、帝都魔法学校から来た留学生ってことにしてもらって、またここに戻ってきたんだ」


 エインは懐から帝国の身分証をひらりと取り出し、軽く掲げる。


「というわけで、エイン改めステインです。改めてよろしくね」


 笑っていた。


 こちらの顔など、まともに見ていないかもしれなかった。

 ユリウスとの間に流れていた空気も、この部屋に漂っている政治的な何かも、彼にはそもそも存在しないものとして扱われていた。


 この人はこういう人だ。

 約束もしない。保証もしない。守るとも言わない。ただ現れて、土産を渡して、当たり前のように空気を変える。制度も、立場も、さっきまでこの部屋を満たしていた空気も、彼には見えていないみたいだった。


 眩しかった。

 ──羨ましかったのだ、とようやく気がついた。


 だから、決着をつけなければいけない。


 自分の感情に。

 この曖昧なまま積み上げてきたものに。


「あれ、そういえばそこの君は誰?」

「君も王女さまのお菓子にはまった口? じゃあお茶会仲間だね」


「私は、ユリウス・ヴァレンシュタインです。彼女とは──」


「待ってください」


 ユリウスが口を開いた瞬間、体が先に動いていた。


 彼に任せれば、楽だろう。

 正解でもあるのだろう。自分の代わりに説明をしてくれて、間に立ってくれて、全部きれいに収まるはずだ。


 でも、これだけは自分でやらなければいけない。


 招待状を取り出した。

 手が、少し震えていた。震えていることに気づいたが、止めなかった。


「エインさん。あなたに、お伝えしたいことがあります」


 エインの目を、正面から見た。


「今夜、パーティに──いらしてください」


    ◆


◇99:名無しの元引きこもり

 なんか王女さまにパーチーに誘われたんだけど。


 100:名無しの転生者

 どういうこと?


 101:名無しの転生者

 もっと詳しく説明しろ

 大体何のパーティなんだよ


◇102:名無しの元引きこもり

 お土産渡そうとして、いつものお茶会部屋行ったらさぁ誰もいないんだよ。

 そしたら王女さまの護衛の人が今日はいつもと違う場所でお茶会やってるっていうから、そこに行ったんだよ。

 そしたらそこに王女様と知らん男がいて、伝えたいことがあるから今夜のパーティ来てくれって誘われた。何のパーティかは知らん。


 103:名無しの転生者

 知らん男といっしょにいる、伝えたいことがある……。あっ(察し)


 104:名無しの転生者

 もう遅かったか……


 105:名無しの純愛主義者

 あ、ああ、あああああああああ!

 終わりだ!お前はもう終わりだ!お前は、俺は、ずっと惨めな気持ちを抱えたまま生きていくんだ!

 シトラス!なぜそんな目を僕に向けるんだ!

 シトラス!なぜ僕の知らない男と一緒にいるんだ!

 シトラス!僕を捨てないでくれ!


 106:名無しの転生者

 ヒエッ


 107:名無しの転生者

 あーあ、また勇者くんこわれちゃった


◇108:名無しの元引きこもり

 トラウマ再発してて草


 109:名無しの転生者

 笑ってる場合じゃないですよ、メインヒロイン寝取られてますよ。


 110:名無しの転生者

 パーティーで伝えたいことがあるって、普通に婚約発表やろ?

 王女様もなかなかえぐいことするなぁ……


◇111:名無しの元引きこもり

 あのさぁ、俺と第四王女は付き合ってないんだから寝取られも何もないだろ

 大体彼女が誰と結婚しようが本人の自由だろ


 112:名無しの純愛主義者

 シトラス!


 113:名無しの転生者

 なんかこいつ今日マジレスばっかしてない?


◇114:名無しの元引きこもり

 そんなことよりさぁ、今日のパーティーどうするよ

 俺そんな格式高い集まりなんか行ったことないよ。誰かマナーとか知ってる?


 115:名無しの転生者

 知らなーい


 116:名無しの転生者

 第四王女に呼ばれるまで何もせんで壁際で突っ立てればいいだろ

 貴族の集まりなんだから平民なんてお呼びじゃないよ


 117:名無しのお嬢様

 >>116

 それではいけませんわ!

 平民には平民なりに、しきたりというものがありましてよ!


 118:名無しの転生者

 誰だお前!


 119:名無しのお嬢様

 >>118

 口がなっておりませんわね!

 私はあらゆる夜会に参加し、あらゆるマナーを極めた、史上最高のパーフェクトお嬢様!

 さぁ、私の講義を聞く準備はよろしくて?


◇120:名無しの元引きこもり

 おー、かっこいい

 早速教えてくれ


 121:名無しの転生者

 パーフェクトなお嬢様ならこんな掲示板に現れないんじゃないんですかね……


 122:名無しのお嬢様

 >>120

 まずは服装からですわ。

 あなた、パーティ用の礼服は持っていらして?


◇123:名無しの元引きこもり

 それならさっきの知らん男がお古をくれた。着付けもしてもらった。

 あの人宰相の息子らしいんだが、めっちゃええやつやな。


 124:名無しの転生者

 恋敵に頼むとか面の皮あつすぎやろ


 125:名無しの転生者

 宰相息子もめっちゃ気まずそうやな……


 126:名無しのお嬢様

 >>123

 ディ・モールト ベネですわ!

 お次はパーティでのマナーですが……

 常識の範囲内で失礼なことをしなければ何も問題ありませんわ!

 高貴な貴族が平民にマナーを強要するなんてエレガンスではありませんもの!


◇127:名無しの元引きこもり

 そうなんか、それなら大丈夫そうやな。安心したわ。

 他に用意するものはある?


 128:名無しの転生者

 言うほど安心できるか?


 129:名無しの転生者

 肝心の常識がないのに?


 130:名無しのお嬢様

 >>127

 そうそう、一番肝心なことを伝え忘れていましたわね

 あなた、婚約破棄の準備はよろしくて?


 131:名無しの転生者

 は?


 132:名無しの転生者

 婚約破棄?


 133:名無しの転生者

 こいつ、何言っちゃってるんだ!?


 134:名無しのお嬢様

 オーホッホッホ!

 やはり、庶民の皆様方には説明不足だったようですわね!ごめん遊ばせ!

 改めて説明いたしますわ!

 そもそもパーティというのは、一人で楽しむものではありませんわ!皆で楽しむもの、皆で楽しませるものですのよ!

 そんなところにあなたが一人で突っ立っていればどうなるかしら?

 王女殿下の顔に泥を塗ってしまいますわよ!


 135:名無しの転生者

 なるほどなぁ


◇136:名無しの元引きこもり

 理屈はわかったけどそれが何で婚約破棄につながるんだよ


 137:名無しのお嬢様

 まだわかりませんの?

 パーティにおいて万人を楽しませる定番の娯楽!貴族の嗜み!それこそが婚約破棄ですわよ!

 いかにスタイリッシュな婚約破棄が出来るかが貴族の素質と言っても過言ではありませんわ!


 138:名無しの転生者

 過言だろ


◇139:名無しの元引きこもり

 そもそも婚約してないから婚約破棄できないんだが


 140:名無しのお嬢様

 >>139

 あらまぁ、それは残念ですわねぇ……

 ですが、まだ貴族の断罪という手が残っていますわ!

 普通は婚約破棄とセットで行う娯楽なのですが、断罪だけでもなかなか盛り上がりますわよ!

 もちろんその貴族は破滅してしまいますけど、敵の弱みは握り、自分の弱みは握らせないのが一人前の貴族ですわ!


 141:名無しの転生者

 なんつー悪趣味な娯楽だ


 142:名無しの転生者

 断罪たって平民のイッチじゃネタを用意できないだろ


◇143:名無しの元引きこもり

 いや、断罪ネタ持ってるよ俺


 144:名無しの転生者

 マジ?


◇145:名無しの元引きこもり

 ほら、この前第二王子に命令されて、無理やり学校中の貴族を支配させられたじゃん?

 そのときに魔法をいっぱい収集したんだけど、おまけで不正の証拠とかも集まっちゃったんだよ。

 役に立つ時が来るとは思わなかったわ。


 146:名無しの転生者

 言うほど無理やりだったか?


 147:名無しの転生者

 ノリノリだったぞ


 148:名無しのお嬢様

 >>145

 それは素晴らしいですわ!

 持って行く断罪ネタは、特に位の高い貴族のが好ましいですわね!

 これでパーティを楽しむ準備はバッチリですわね!


◇149:名無しの元引きこもり

 色々アドバイスサンガツ!

 これでパーティは問題ないな。

 じゃあ断罪ネタの用意せなあかんからほな……


 150:名無しの転生者

 問題大有りやろ


 151:名無しの転生者

 絶対パーティろくなことにならないぞ


 152:名無しの転生者

 そもそもこのお嬢様本当にお嬢様かよ

 パーティのたびに婚約破棄があるとか絶対嘘だろ

 適当言ってるだけじゃねぇのか?


 153:名無しのお嬢様

 >>152

 あら?私のことが信じられなくて?

 ですが断言いたしますわ!

 今宵のパーティでは婚約破棄と断罪の嵐が吹き荒れますわよ~!

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― 新着の感想 ―
いつも面白いんですが、セレナの考えなし&理解不足に於いて「この子がヒロイン?」てずっと不満。まあ銀髪ストレートに青い目は自分も好きですけど… 不憫属性に加え素直で自分未満の能力かつ流され易さ、というご…
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