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22-1 婚約破棄の夜会で宰相子息を助けたら、正しすぎる婚約を申し込まれました ~再会した彼女は、既に婚約していた~

久しぶりの本編なので、簡単に登場人物をおさらいします。


エイン:主人公。最近は出番が少ないけど、それでも主人公。

セレナ:メインヒロイン。前回の登場は十四万字も前だけど、それでもメインヒロイン。

 【前回までのあらすじ】


◇1:名無しの元引きこもり

 とある魔術師の少年は、超絶スーパークールな男の子。

 故郷の村で平和に暮らしていたが、魔法学校と名乗る邪悪な組織に何度も襲撃される。

 周りに迷惑はかけられまいと、少年は涙をのんで入学することになった。

 しかし学校は何を考えているのか、せっかく確保した超優良児をすぐさま放逐。

 それでも、学校に残る皆を放ってはおけない。少年は教師として復帰し、持ち前のカリスマで悩める生徒たちを次々と救う。

 だが、そんな有能な救世主を学校はまたもや放逐。

 仕方ないので親友フレッドとともに王国と帝国の戦争を阻止して、その恩賞で帝都魔法学校卒業生の身分をゲットする。

 そして少年は帝国からの留学生として三たび学校に復帰、不死鳥のごとくワイは蘇るのだった。


 2:名無しの転生者

 いきなり何?


◇3:名無しの元引きこもり

 いや、なんとなく今までの振り返りをしたほうがいい気がして……


 4:名無しの転生者

 振り返ってる割には事実を盛りまくってる気がするんですが


 5:名無しの転生者

 でもまぁ、三ヶ月も待たせたし振り返りは必要だろうな。


◇6:名無しの元引きこもり

 >>5

 いや、前回スレ立てたの一週間前だぞ? 確かカジノ行くスレが最後だった。


 7:名無しの転生者

 普通に二十年くらい経ってる気がするけど


 8:名無しの転生者

 え? つい昨日に石打ちにされてなかったか?

 というより、時空が乱れてるな。


 9:名無しの転生者

 お前ら転生者掲示板の仕様を知らないのか?

 転生者本人の意識があるときだけ、その本人の中で掲示板の時間が進むんだよ。

 無数にある異世界間で時刻同期を取るのもめんどくさいからな。


 10:名無しの転生者

 なんか急に新しい設定が生えてきたな。


 11:名無しの転生者

 「俺達自身がNTPサーバーになることだ」……ってコト!?


 12:名無しの転生者

 なるほど、睡眠時間とかで時間ズレるのか。

 ずっとおかしいと思ってたけど、不眠不休で働いてたせいか。サイボーグ化手術にそんな弊害があるとは……


 13:名無しの転生者

 そういえば俺も、人類を9割死滅させた罪でずっと封印されていて、一年で一時間しか意識戻らないんだった。今までおかしいと思ったぜ。


 14:名無しの銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース

 わたしも有機生命体の意向により、終わらない八月を15498回繰り返している。おかしいと思っていた。


 15:名無しの転生者

 おかしいのはお前らだよ。


◇16:名無しの元引きこもり

 それにしても学校のみんな元気にしてるかなぁ。

 一ヶ月くらい離れてたけど、研究室とか荒らされてないよなぁ。


 17:名無しの転生者

 でもこういうときって、大抵なんか異変起きてるのが定番だよね。


 18:名無しの転生者

 まぁ異変が起きたとしても原因はどうせイッチだろうけどな。


◇19:名無しの元引きこもり

 俺がいないのに何で俺が原因になるんだよ。

 異変なんか起こせるわけないじゃん。


 20:名無しの転生者

 まぁ、それもそうか。


 21:名無しの純愛主義者

 >>19

 だとしても油断はできないぞ……

 お前は、一ヶ月も『彼女』のそばを離れていたんだからな!


 22:名無しの転生者

 なんだこいつ。


 23:名無しの転生者

 というか、彼女って誰?


 24:名無しの転生者

 メインヒロインのことじゃね?


 25:名無しの転生者

 ああ、第四王女だっけ。


 26:名無しの転生者

 ああ、食堂のおばちゃんだっけ。


 27:名無しの転生者

 どっちだよ。


◇28:名無しの元引きこもり

 そもそも離れていたからなんだってんだ?

 確かに二人ともしばらく会ってないけど、それが何か問題あるのか?


 29:名無しの純愛主義者

 お前は危機感を覚えないのか? 一ヶ月だぞ! 一ヶ月も"彼女"のそばを離れていたんだぞ! ──誰だ! 何でお前が彼女の隣にいる! やめろ!


 30:名無しの転生者

 ヒエッ……


 31:名無しの転生者

 マジでなんなんだよこいつは。


 32:名無しの転生者

 あー思い出した。こいつ、魔王討伐の実況してた勇者だ。

 女魔王の格好がドエロくて、スレがめちゃくちゃ盛り上がってたの覚えてるわ。

 で、なんとか倒したんだけど、勇者が調子乗って「エンディングまで、泣くんじゃない」とか言いながら、故郷に帰るところまで実況してたんだよ。

 だけど、いざ戻ってみたら、結婚を誓いあった幼馴染はもう他の男と結婚してたんだ。

 魔王軍相手に何年も戦ってたわけだし、単純に待たせすぎたんだな。

 それで結局、勇者の脳は完全に破壊されてしまった。あのときはスレ民みんなが泣いてたよ。

 それ以来こいつは狂ったように転生者掲示板を巡回して、NTRの気配がするとこうして警告しにくる。

 二度と同じ悲劇を繰り返さないためにな。


 33:名無しの転生者

 えぇ……


 34:名無しの転生者

 なんて哀れなモンスターなんだ。


 35:名無しの転生者

 世界は救えても己の心は救えなかったようだな。


◇36:名無しの元引きこもり

 元気だしてね。


    ◆


 王宮のパーティ会場は、今夜も眩しかった。

 幾重にも吊るされたシャンデリアが、金色の光を落としている。磨き上げられた床はその光を受け、柔らかく輝いていた。

 その光の輪から半歩だけ外れた場所に、第四王女──セレナ・フォン・エルディスは立っている。

 銀色の長い髪は、眩い光の中でもどこか熱を持たない色をしていた。青い瞳は会場の中心ではなく、軽食の卓をぼんやりと眺めている。


 彼女が立っているのは壁際だった。招かれはする。席も用意される。それでも中心には立たない。

 それが、この王宮におけるセレナの定位置だった。


 けれど、ここが一番いい場所だ。そう気づいたのは最近のことだった。

 見晴らしがいい。誰かと話す必要もない。軽食の卓にも手が届く。

 中心にいる人間は、ずっと笑っていなければならない。こちらは違う。いざとなれば、いつでも抜け出せる。

 どう考えても、壁際が最適だ。なぜそう思うようになったのかは、うまく説明できないけれど。


 「──ユリウス・ヴァレンシュタイン。あなたとの婚約を破棄します」


 「……アナスタシア殿下。今、なんと?」

 「聞こえなかったのかしら。破棄すると申し上げたのです」


 中央が、何やら騒がしい。

 だが、ここからではよく聞こえてこない。そもそも今日が何の名目のパーティだったかも、正直なところ曖昧だった。呼ばれたから来ただけだ。誰かの婚約発表だったような気もするが、自分には関係ない。

 今夜もどうせ、壁際で時間をやり過ごして帰るだけだった。


 「理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 「あなた、暇さえあれば色街に出入りしているようね。宰相のご子息ともあろう方が、なんて汚らわしい」


 「そんな、何かの間違いでは──」


 「誤解? 証人がいますのよ。そうですわよね、ドレイク?」


 「ええ。私の部下が何度も見たと申しておりました」


 暇だった。

 とにかく、暇だった。

 パーティというのは、なんて退屈な行事なのだろう。もっとも、そう感じているのは自分だけで、他の貴族たちは違うのだろう。こういう場で笑いながら、ちゃんと何かをやり取りしている。

 自分には無縁の話だが、羨ましいとも思えなかった。


 「聞いたわね? これが貴方が不貞を働いた証拠よ」


 「……そんな! きっと何かの見間違いが、ぐ、ゲホッ! ゴホッ!」


 「やぁね、咳なんてしちゃって。色街で病気でももらってきたのではなくて? 本当に汚いわねぇ」


 退屈に耐えきれず、近くの卓へ手を伸ばす。

 ずらりと並んだ軽食の中から、精巧に飾られた菓子を一つ摘まみ、口に運んだ。


 甘い。

 甘ったるい。

 砂糖を使えば上等に見えると思っているのだろうが、これでは素材の香りがまるで死んでいる。なまじ見た目だけはいいから、うっかり手を伸ばしてしまった。見てくれだけ整えても、肝心の中身が台無しでは何の意味もない。


 「きっと不貞の後に身体を洗いもしなかったのね。ちょうどここには飲み水があるから、これで綺麗にして差し上げますわ」


 これなら、自分が作ったほうがよほどマシだ。

 砂糖を七割減らして、バターの質を上げる。香りで甘さを補えば、しつこさは消えるはずだ。そうすれば、きっと──


 「ほら、皆さまも。宰相家のご子息が不衛生では大変でしょう? 私たちで清めてあげませんこと?」


 ──そうすれば、きっと、もっと喜んでもらえる。

 そう思ったところで、足元が気になった。ずっと立ちっぱなしだったせいで、ヒールが足の指に食い込んでいる。可愛かったから選んだのだが、実際に使うとこんなに不便だとは思わなかった。

 だが、美しいものというのは大抵そういうものだ。見せるためにあって、使うためにはない。


 「水浴びはこの程度で十分かしら? それにしても、だぁれ? ワインまでかけたのは?」


 のどが渇いたので、水を飲む。

 ワインでも良かったが、口の中がまだ甘ったるいままでは飲む気になれなかった。


 「ユリウス様、そのような汚れたお姿では、この場に立つ資格はありませんわ。退出なさいな」


 「……承りました。身を清め、いや、潔白を証明したうえで、改めて参ります」


 それにしても、あのお菓子はひどい。

 これを作ったのは王国で現在一番のパティシエだというが、それなら自分のほうがよほど上手く作れる。イレーネもきっとそう言う。彼だってきっと──


    ◆


 セレナの思考は、近づいてくる足音で中断された。

 顔を上げると、一人の青年がこちらへ向かって歩いてくる。ユリウス・ヴァレンシュタイン。宰相の息子だったはずだ。面識はない。ただ、彼が全身を液体に濡らしていることだけは、すぐに分かった。ワインか水か、どこかで盛大にひっくり返したのだろう。


「失礼」


 青年はセレナの脇を通り、そのまま出口へ向かう。

 濡れた夜会服の下で、金色の髪だけが暗がりの中でも妙に目を引いた。整った顔立ちをしていたが、その表情はどこか消耗しきっている。


「お待ちになって。そのまま外へ出たら、風邪をひきますわ」


 自然と、声が出た。

 濡れた身体で夜風に当たれば冷える。それだけのことだと思った。セレナは懐からハンカチを取り出すと、濡れた袖口へそっと当て、水気を取ろうとする。

 ユリウスは驚いたように足を止めた。そのまま、動かないでほしい。


「セレナ。──貴方は、何をしていますの?」


 冷たい声が突き刺さった。


「……お姉様」


 声の主はアナスタシア。

 第一王女であり、セレナの姉だ。


「何をしていますの、と聞いているのよ?」


 あれ、まずいことをしてしまったっけ。

 今日は婚約パーティだったはずだ。そうだ。婚約するのは姉様のはずだ。ならば、何もしなかったのが良くなかったのだろうか。

 だとしたら、言うべき言葉は一つしかない。


「お姉様、ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。この度は、婚約おめでとうございます」


 もう一人にも、向き直る。


「ユリウス様も、この度はおめでとうございます」


 これなら間違いない。

 顔を合わせるたびに嫌味を言ってくるから、なるべく近づかないようにしていた。だが、それでも祝福はしてほしいということか。

 なかなか難しい。


「セレナ、あなた、話を聞いていなかったの?」


 アナスタシアの声が、一段低くなった。


「たった今、そのユリウスと婚約を破棄したばかりでしょう」


「あら……婚約パーティではなく、婚約破棄パーティでしたの?」


 そのようには聞いていなかった。

 だが最近の貴族は、言葉を省略するのが流行りだと聞く。「婚約」が「婚約破棄」の略になったのだとしたら、知識だけでは貴族社会の機微は分からないものだ。

 奥が深い。


「何を訳の分からないことを言っているの? その男は不貞を働いたのよ。だから婚約を破棄したの。そんな男を庇う意味を、あなたは理解しているのかしら?」


 ああ、そういうことか。

 随分と盛大な勘違いをしていたらしい。

 だが、不貞を働いたとはいえ、人に水をかけるなんて。

 こういうとき、私はどうすればいいんだろう。


「では……皆さまのように、お水をかければよろしかったのですか? ですが、そのような品のない振る舞いは、わたしにはできませんわ」


 気づいたときには、言葉が出ていた。

 言ってから、自分でも少し驚いた。だけど、なぜか気分がよかった。不思議なことに。


「まぁ!」

「なんですって!」


 アナスタシアの取り巻きである令嬢たちが、怒りの声を上げる。

 だが、彼女自身はそうではなかった。


「……フフ、品がない、ですって? 面白いことを言うわねぇ、セレナ」


 アナスタシアの声が、冷たくなる。

 演技でも、計算でもない。本音の冷たさだった。


「セレナ、あなたがそれを言うの? よりにもよって、あなたが?」


 セレナの呼吸が乱れた。

 指先が、胸元のブローチに触れる。


「……」


「どうしたの? 急に黙って。──それにしても、さっきまでの威勢は、誰の真似だったのかしら」


 ユリウスが、静かに一歩前へ出た。


「アナスタシア殿下、そのような言い方はおやめください」


 その声は、落ち着いていた。


「……彼女は、何も悪いことはしていません。ただ、人としてすべきことをしただけです。悪いのは、彼女に心配をかけてしまった私です」


「あらまぁ、ずいぶんと殊勝ですこと。もしかして……この子が気に入ったのかしら? 色街に通っていたことといい……下賤な血に惹かれる趣味がおありなのでしょうね」


「お言葉ですが。私が惹かれるのは、下賤な血でも、高貴な血でもございません」


 ユリウスは、わずかに声を低めた。


「──高貴な行いをなさる方です。無論、貴方のことではありません」


「あらまぁ、随分な言い様だこと」


 ユリウスはセレナへ向き直った。


「殿下。高貴な貴方には、この喧騒は似合いません。少し、静かなところへ参りましょう」

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