20-3
カードが配られる。
その瞬間、オーナーの神経は極限まで張り詰めていた。
油断はない。もはや「勝つ」ためではない。「終わらせる」ためだ。
オーナーは、手札を作る。
ロイヤルフラッシュ。
一切の妥協も、遊びもない。これ以上ない、完全な形。この一局で、全てを決める。
しかも、このカードは特別製だ。
マークドカード。
裏面に刻まれた、肉眼ではほとんど判別できない微細な印。積み込みは確実。すり替えられても、必ず分かる。
逃げ道は、ない。
オーナーは、ゆっくりと息を吐いた。
(これで終わりだ)
視線を上げ、淡々と言う。
「チェンジはなしでいいな?」
少年は、一拍置いて頷いた。
「ああ、いいよ」
イカサマをする人間ほど、相手のイカサマを疑う。
そして、疑うだけじゃない。「相手もやっている」と確信している。
「じゃあ、ショーダウンだ」
テーブルの上。
二人の手札が、同時に伏せられている。
沈黙。
オーナーは、自分の勝利を疑っていなかった。
この一局に、すべてを詰め込んだ。運も、逃げ道も、残していない。
「見せてやるよ」
オーナーは、余裕の笑みでカードをめくった。
一枚目。十。
二枚目。ジャック。
三枚目。クイーン。
四枚目。キング。
そして五枚目。エース。
全てスートは同じ。
「ロイヤルフラッシュ」
自信満々に言い放つ。
「これに勝てるものがあるなら、勝ってみろ」
視線を、少年へ。
少年は、何も言わない。
ただ、ゆっくりと手札に指をかけた。
一枚目を、めくる。
ジョーカー。
オーナーの眉が、ぴくりと動いた。
「は?」
おかしい。
今回の勝負はワイルドポーカーではなく、普通のポーカーだ。ジョーカーは使わないはずだった。
二枚目も、ジョーカー。
「はあ!?」
あり得ない。
三枚目。
ジョーカー。
あり得ない。
四枚目。
ジョーカー。
あり得ない。
そして、五枚目。
もちろん、ジョーカー。
オーナーの思考が、完全に停止した。
意味を、理解できない。
あり得ない。
あり得るはずがない。
規則上の問題ではない。確率でもない。概念の段階で、おかしい。
オーナーの喉が、ひくりと鳴った。
「ジョーカーが、五枚……?」
ようやく、それだけを絞り出す。
「そう。ジョーカーが五枚のファイブカード」
少年が得意げに言う。
「ジョーカーは、エースより強い最強の数字。ファイブカードは、ロイヤルフラッシュより強い最強の役。だから、ジョーカーのファイブカードは絶対に負けない。あんたの言う、最も大事な“結果”だ」
数秒の沈黙。
オーナーは、口を開けたまま固まっている。
瞬きが、一度。
二度。
三度。
視線が、自分の手札と、少年の手札を交互に行き来する。
ロイヤルフラッシュ。
ジョーカーが五枚。
誰も、何も言わない。
テーブルの上で、カードだけが静かだった。
オーナーは、ゆっくりと口を閉じた。
そして、まるで独り言のように言う。
「……出禁だな」
一拍。
「お前、うちの店出禁」
◆
「は? 何で?」
オーナーは、テーブルに散らばったカードから目を逸らし、顔を歪めた。
「こんなバカみたいな負け方するアホとは、これ以上相手したくないからだよ」
「負けてねぇだろ! ファイブカードで勝っただろうが!」
「勝ってねえよ! ファイブカードがありなのは、ジョーカーを使うワイルドポーカーだけだ!」
「ジョーカー使ってるだろうが! 五枚も!」
オーナーが声を荒げる。
「だからおかしいんだろうが! 何でジョーカーがある!? 何で五枚もある!?」
「きっと印刷ミスだ! 不良品だったんだろ!」
「そんなわけあるか! いや、ちょっと待て!」
オーナーは、少年の手札を凝視した。
まさか、他のトランプからジョーカーを抜き取って、すり替えたのか。
裏面を確認する。
五枚とも、マークドカードだ。しかも、そのマークはジョーカーではない。
つまり、すり替えはない。
ということは。
「まさかお前!」
オーナーは立ち上がった。
「カードそのものを書き換えやがったな!? 魔法で!」
少年は否定しない。
だが、その態度が全てを語っていた。
「だったらなんだって言うんだ?」
「こんな無茶苦茶なイカサマされたら、勝負もクソもねぇだろ! 魔法なら何やってもいいって思ってんじゃねぇぞ!」
「これだからロートルは」
少年が呆れたように言う。
「新しい技術を受け入れろ。お前もやればいいだけだろ」
「出来るかそんな魔法! とにかく、カードを書き換えたお前の負けだ!」
「証拠は〜!? 証拠はあるのか〜!?」
「あるよ! このカードはマークドだ! お前の手札にジョーカーのマークはついてないんだよ!」
少年の目が、鋭く光った。
「あ」
少年が指を突き出す。
「今、マークドって自分で言った!」
オーナーの表情が、完全に固まった。
「あんたのイカサマが先にバレたから俺の勝ち!」
少年が得意げに言う。
「は?」
オーナーは、しばし言葉を失った。
「ちょっと待て、お前だって」
「俺の書き換えより先に、お前のマークドがバレた! だからお前の負け! ルール違反はルール違反! イカサマはイカサマ!」
少年が畳み掛ける。
オーナーは、しばらく固まっていた。
次の瞬間。
「……あー、もういい!」
突然、頭を掻きむしる。
「わかったわかった! お前の勝ちだ! 最強だよ最強! お前が最強! あんたみたいなのがいたら商売にならねぇ!」
乱暴に金貨袋を掴み、放り投げる。
「金は好きなだけ持ってけ!」
「やったぁ! じゃあ一枚でいいよ!」
「は?」
「いや、今さら気づいたんだけどさぁ、お金なんて複製元の金貨一枚があれば済む話だったんだよね。楽しくてつい忘れちゃったんだけど、あんなに稼ぐ必要なかったわ」
少年は金貨を一枚だけ手に取る。
そのまま、もう片方の手をテーブルに押し当てた。
「あ、ついでにこのテーブル借りるね」
木が、軋む。
次の瞬間、テーブルは崩れ、形を失い、次々と金貨へ変わっていった。
「はあああああああ!?」
「もういい、もうたくさんだ! お前はもうこの店には来るな!」
オーナーは扉に向かって叫んだ。
「警備! こいつを追い出せ!」
◆
その瞬間。
警備員たちが、立ち上がった。
いや、それは「立ち上がった」という生易しいものではなかった。
跳躍。
獣のような動き。
明らかな殺気。
少年が殴られ、吹っ飛ばされる。
「ギャース!!」
情けない悲鳴を上げ、少年は悶絶した。
「!? 待て、やりすぎだ!」
オーナーが叫ぶ。
しかし、警備員たちは完全に無視した。
その目には、何の感情もない。
人形のような、空虚な瞳。
オーナーは、自分の指にはめた指輪が、淡く光っていることに気づいた。
(これは……)
少年は鼻血を流しながらも、必死に魔法を放つ。
「正当防衛だからな! 【精神支配】!」
だが。
「効かないだと!?」
少年の声が、部屋に響いた。
「こいつら、俺より先に支配されている!!」
◆
「……終わった、はずだよね」
確信はない。だが、成功したと判断するだけの材料は揃っていた。
アルノンも、同じ結論に至ったらしい。
『……ええ』
だが、次の瞬間。
『総員、講堂に集合せよ』
冷え切った思念波が、学校全体を貫いた。
ネズミだけではない。人間の意識にも、はっきりと届く命令だった。
フレッドは、即座に理解する。
これは、目の前の個体が発したものではない。
視線を落とす。床に転がるショートは、動かない。
命令を発した側ではない。命令を受け取った側だ。
「……違う」
アルノンの思念が震える。
『群知能の中心が……ここではありません』
結論は、一つしかなかった。
『ショートは……囮です』
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