20-2
次のゲーム。
オーナーは、少年の様子を注意深く観察した。
カードが配られる。少年は手札を確認する。その瞬間、オーナーは目を凝らした。
表情。呼吸。指先の動き。全てを、逃さない。
少年は、五枚すべてをチェンジした。
その時だった。ほんの一瞬、口元が緩む。
満足感。安堵。そして、かすかな期待。
オーナーは、その全てを読み取った。
(ワンペアだ)
確信する。
(低い役だが、ないよりはマシ。そう思っている)
オーナーは、自分の手札を確認した。
ブタ。何の役もない。最低の手札だ。
普通なら、フォールドする場面。
だが、オーナーは五枚すべてのカードをチェンジした。
そして──。
◆
「レイズ」
少年は、店のチップ枚数限度まで、全てを賭ける。
オーナーも、ニヤリと笑った。
「オールイン」
少年の表情が、わずかに変わる。
「いいのか?」
「ああ。いいとも」
◆
ショーダウン。
少年、五のワンペア。
オーナー、八のワンペア。
オーナーの勝利。
少年は、一瞬だけ黙った。
「へえ」
軽い口調だった。余裕を装っている。表面上は、だが。
「なんで、ブタじゃないのかって言いたそうだな?」
オーナーが言う。
「だが、こっちもまいったぜ。あんたの“特別製の目”がブラフだったとはな。まさか読心なんてイカサマが使えるとはね。精神魔法か? 証明できないからチップを没収できないのが残念だ」
少年は、しばらく黙っていた。
やがて、視線を逸らしながら問いかける。
「で、あんたの方はどうやった?」
オーナーは、にやりと笑った。
「チェンジした後は、手札を見なかった。その後は、ブタの手札を想像した。それだけだ」
「なるほど」
少年が呟く。
「それで、チェンジ後もブタだったらどうするつもりだったんだ?」
「そん時は俺の負け」
オーナーは肩をすくめる。
「ギャンブルってのは、そういうもんさ」
「なるほど」
◆
次のゲームが始まる前、オーナーが手を上げた。
「ちょっと待ってくれ」
そう言って、バックヤードへと向かう。
少年は、警戒した表情で待っていた。
しばらくして、オーナーが戻ってくる。
その手には、小さな指輪があった。
黒い石がはめ込まれた、質素な指輪。だが、その石からは、かすかな魔力の波動が感じられる。
「まさか、これを使う日が来るとはな」
オーナーは、ゆっくりと指にそれをはめた。
「以前、魔法庁の職員から賭けで取り上げた特別製の魔道具でね」
間を置く。
「魔法庁の人間にしか配られない耐精神魔法用の指輪だ。これで、もう読心は通じないぜ」
少年の表情が、わずかに険しくなった。
◆
次のゲームが始まる。
オーナーは、今度は堂々とイカサマを使った。カードの積み込み。袖への隠し札。
少年は、それを見抜けない。牽制もできない。
(やはり、精神魔法だったか)
オーナーは、そう確信した。
少年は最小賭けしかできず、じりじりと負けを重ねていく。
だが、負けが込んでいるはずなのに、その表情にはまだ余裕があった。まるで、何か策を残しているかのように。
(何を考えている?)
◆
数ゲームが過ぎた。
少年のチップは、ほとんど残っていない。
その時、少年が突然、立ち上がった。
「ちょっとトイレ行くから、その間にシャッフルしといて」
オーナーは驚愕した。
(正気か?)
ただでさえ負けている。その上、さらにこちらにイカサマをさせるような真似をする。
罠だ。
間違いない。
オーナーは、少年の目を見た。そこには挑発があった。そして、確信もあった。
(何を企んでいる?)
オーナーの脳裏に、様々な可能性が浮かぶ。
だが、少し考えた後、彼はにやりと笑った。
(いいだろう。乗ってやろうじゃないか)
少年が部屋を出る。
扉が閉まる音がして、室内に静寂が落ちた。
オーナーは深く息を吸い、カードを手に取る。
積み込む。
慎重に。
確実に。
ロイヤルフラッシュ。
最強の手札。
これなら、どんな手段を使われても負けない。オーナーは、完成した山札を見つめた。
(奴は、これを読んでいる。俺がイカサマをすると。そして、何らかの方法で対抗してくる)
だが、最強の手札なら問題ない。
オーナーの唇が、かすかに歪んだ。
◆
少年が戻ってきた。
その表情は穏やかだった。まるで、何も企んでいないかのように。
だが、オーナーは気づいていた。あの目の奥に、何かが潜んでいる。
オーナーがカードを配る。
一枚、また一枚。
乾いた音が、部屋に響く。
そして、カードを配り終えたオーナーが手札を見ようとした、その瞬間。
「待った」
少年が口を開いた。
「このまま手札を見ずに、お互いオールインしないか?」
オーナーは、再び驚愕した。
「正気か?」
警備員たちも、明らかに驚いている。
「どうした?」
少年が挑発的に言う。
「自信がないのか?」
オーナーは黙り込んだ。
考える。
沈黙。
長い、長い沈黙。
部屋に、時計の秒針だけが響く。
カチ、カチ、カチ。
「いいだろう」
◆
互いに、手札を見ずにショーダウン。
少年、ブタ。
オーナー、ロイヤルフラッシュ。
オーナーの勝利。
少年は、驚愕していた。
「……!」
警備員たちは、当然だろうという表情をしている。
「あり得ない」
少年が呟く。
「いや、まさか、あんたは」
その顔が、何かに気づいた表情に変わった。
「そうだ。そのとおりだ」
オーナーが頷く。
警備員の一人が、思わず口を挟んだ。
「どういうことですか?」
オーナーは、ゆっくりと説明を始めた。
「奴がトイレに行って、その間にシャッフルしてくれと言ったのは、もちろん罠だ。山札に積み込ませるためのな」
オーナーは少年を見据えたまま続ける。
「俺が指輪をつけた段階で、奴は読心を使えなくなった。だから、イカサマの“方法”を限定させるために席を立ったんだ。誰も見ていないなら、山札を積み込むのが一番確実な方法だからな」
にやりと笑う。
「俺が山札を積み込めば、当然、俺には強い役が、奴には弱い役が配られる。だが、奴はそれを望んでいた。つまり、奴には手札を交換する手段がある」
そして、オーナーは告げた。
「だから、“お前に”ロイヤルフラッシュを仕込んだ。お前が手札交換のイカサマをしたから、俺は勝てたんだよ」
間を置く。
「だが、それをお前に感づかれていたら、確実に負けていただろうな。マジに危なかったぜ」
◆
オーナーは、少年に訊ねた。
「それで、参考までに聞きたいんだが、あんたはどうやって手札を入れ替えたんだ?」
少年は、悔し紛れに答える。
「入れ替えたのは、あんたの思考だ。指輪の効果を【魔路切断】で打ち消して、逆の順番で積み込めと命令した。精神魔法でな」
「なるほどな。さすがの腕前だ」
オーナーは、心から感心した。
だが、すぐに声を変える。
「だが、な。お前は、精神魔法に頼りすぎだ。お前には、他にも方法があったはずだ」
少年が黙る。
オーナーは、静かに続けた。
「過程を重視しすぎるな。勝負で最も大事なのは、結果だ」
◆
少年は、しばらく黙っていた。
視線を伏せ、テーブルの木目をなぞる。
何かを計算しているようにも、考えを切り替えているようにも見えた。
そして、顔を上げる。
「もう一勝負」
その一言は、静かだった。
だが、場の空気を確実に揺らした。
オーナーは眉を上げる。
「何を言っている? お前にはもうチップがない」
「いや、まだある」
少年は懐に手を入れた。
取り出したのは、黒い物体。手のひらに収まる、異質な魔道具だ。
「なんだ、それは?」
オーナーが訊ねる。
「帝国のヴォルフ将軍と直通の通信魔道具だ」
少年が答えた。
「将軍は俺に恩がある。だから対価として帝国の身分を貰う約束をして、今はそれを待っている」
間を置く。
「次に俺が負けたら、これをやる。そして将軍に連絡して、俺の代わりにお前の頼みを聞くよう言ってやる」
それを聞いていた警備員の一人が、即座に怒鳴った。
「デタラメ言うな!」
だが、オーナーは直感していた。
これは、虚勢ではない。
オーナーは訊ねる。
「そしたら、お前はどうなるんだ?」
「俺は」
少年は、オーナーに真っ直ぐ目を向けた。
「行き場を失って、生き恥晒して、田舎に帰ることになるだろうな」
オーナーの胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
すべてを捨てる覚悟。
強敵の予感。
そして、抗いがたい興奮。
「いいだろう。勝負だ」
オーナーは、深く頷いた。
「お前が勝ったら、好きなだけ金を持っていけ」




