19-2
翌朝、僕は再び食堂へ向かった。
他の寮生たちも食堂へ向かっている。相変わらず静かで、みんなの表情はどこか幸せそうだった。穏やかな笑顔。満ち足りた表情。
だが、誰もが同じ顔をしている。
朝食も、やはりチーズ料理だった。
チーズオムレツ。チーズトースト。チーズスープ。
僕は皿を受け取り、一口食べた瞬間──。
(……あれ?)
不思議なことが起きた。
昨日まで感じていたチーズへの辟易感が消えている。むしろ、美味しいと感じた。
いや、美味しいどころではない。
これは、僕の大好物だ。
確信に近い感情が、胸の奥から湧き上がってくる。
(なんで……?)
自分の変化に戸惑ったが、手は止まらなかった。
夢中でチーズオムレツを食べる。噛むたびに、奇妙な高揚感が全身へ広がっていく。
昨日までの疑念も、悪夢の記憶も、すっと晴れていった。
(あれ? なんだか気分がいいぞ)
そうだ。やっぱり疲れていただけだったんだ。
この学校は何も変わっていない。
全ては、僕の思い込みだった。
周囲の生徒たちも、みんな楽しそうにチーズを食べ、笑顔になっている。
素晴らしいじゃないか。
僕も、その輪に入る。
みんなと同じようにチーズを食べ、同じように笑顔になる。
幸福感が、全身を満たしていった。
◆
食事の後、授業が始まる前に、突然、全校放送が流れた。
『全校生徒、教職員は、至急、講堂に集合せよ。繰り返す──』
緊急集会の召集だった。
僕はクラスメイトたちと共に、講堂へ向かった。
みんな静かに歩いている。廊下に響く足音は、綺麗に揃っていた。
僕も、その列に加わる。
もう、違和感はなかった。
むしろ、心地よい。
みんなと同じリズムで歩き、同じ速度で進む。それが、とても自然なことに感じられた。
◆
講堂は、すでに多くの生徒や教師で埋まっていた。
皆、静かに壇上を見ている。
僕も空いている席に座った。
やがて、壇上にレオナルド校長が現れる。
「皆の者、集まってくれてありがとう」
校長の声は静かだった。
だが、どこかいつもと違う。感情が、抜け落ちている。
「本日は、重要な人事について発表する」
僕は、穏やかな気持ちでそれを聞いていた。
「本日より、新校長として、アルノン殿を迎えることとなった」
その言葉と同時に、壇上の演台に何かが現れた。
小さな、白い生き物。
それを見た瞬間、講堂内に拍手が湧き起こった。
パチパチパチパチ。
完璧に揃った、リズムのある拍手。
僕も自然と手を動かしかけた。
手のひらを合わせようとして──。
(……待って)
何かが、引っかかった。
僕は壇上を見る。
演台の上に座っている、小さな白い生き物。
(あれは……ネズミ?)
一匹の、白いネズミ。
小さな黒い瞳が、講堂内を見渡している。
(ネズミが……校長?)
はっとした。
(何を僕は……!)
現実認識が、一気に押し寄せてきた。
「あり得ない!」
思わず、声が出た。
「ネズミが校長なんて!」
その瞬間、拍手がぴたりと止まった。
静寂。
講堂内の全ての視線が、一斉に僕へ向けられた。
生徒。教師。壇上のレオナルド。白いネズミ。
何百という無機質で冷たい視線が、僕だけを見ている。
息ができない。
動けない。
本能的な恐怖が、全身を駆け抜けた。
レオナルド校長が、冷たく、抑揚のない声で問いかける。
「フレッド君、どうかしたかね?」
間を置いて。
「何か、問題でも?」
その言葉と同時に、小さな影たちが現れた。
床を這い、壁を伝い、天井から降りてきて、僕を取り囲む。
チッチッチッ。
小さな鳴き声。
ネズミだ。
まずい。逃げなきゃ。
そう思った瞬間──。
恐怖心が、急速に薄れていった。
霧が晴れるように。
違和感も、疑問も、恐怖も、全て消えていく。
代わりに、妙な納得感が湧き上がった。
(そうだ……何がおかしかったんだろう?)
新校長がネズミなのも、集会の後に【解呪】を使うのも、当然のことじゃないか。
みんな祝福している。
新校長は、きっと素晴らしい指導者だ。
僕だけが、おかしかったんだ。
思考がクリアになり、完全な納得感が僕を包む。
気持ちいい。
温かい。
幸せだ。
「……いえ、何でもありません」
僕は、そう答えた。
「そうか。ならば良い」
集会は、滞りなく進行した。
新校長が、小さな声で何か挨拶をした。
チチチ、チチチ。
よく聞こえなかったが、みんな拍手をした。
僕も、拍手をした。
素晴らしい挨拶だった。
心から、そう思った。
◆
集会が終わり、生徒たちが講堂を後にする。
僕も、何の疑問も抱かず、その流れに従った。
みんな、幸せそうだ。
僕も、幸せだ。
全てが、うまくいっている。
◆
講堂を出て、廊下を歩く。
生徒たちの流れに従って、歩く。
完璧に揃った足音。
僕の足音も、そのリズムに溶け込んでいた。
気持ちいい。
みんなと、一つになっている。
夢で感じたものと、同じだ。
群れの一員。
みんなと繋がる。
孤独が、消える。
素晴らしい。
やがて、人が少ない場所に来た。
僕は、何となく立ち止まる。
そして──。
「【解呪】」
無意識に、自分自身へ魔法を放っていた。
解呪の光が、僕を包む。
次の瞬間──。
(……ッ!?)
頭が、現実に引き戻された。
数分前までの奇妙な受容感が、嘘のように消え去る。
多幸感も、納得感も、一体感も、全て消えた。
現実認識が、戻る。
(僕は……何を……)
ネズミに取り囲まれた時の感覚。
思考が塗り替えられていった感覚。
素晴らしい、と心から思っていた感覚。
全てが、鮮明に蘇る。
「ッ……!」
全身から汗が噴き出した。
膝が震える。吐き気がする。
「危なかった……!」
もう少しで、完全に取り込まれるところだった。
あの瞬間、自分に【精神支配】で暗示をかけていなければ──。
あのまま解呪すらできず、僕も彼らと同じになっていた。
思考も、感情も、個も失い、群れの一部になっていた。
震える手で、壁に寄りかかる。
周囲を、生徒たちが通り過ぎていく。
誰もが、普段と変わらぬ様子で歩いている。笑顔で、話しながら。
だが、彼らは、もう──。
(学校が……)
僕は、その場に立ち尽くした。
学校は、完全に乗っ取られてしまった。
その絶望的な現実と、自分自身も容易に取り込まれかねないという恐怖。
それを、ようやく自覚した。
僕は、一人だ。
この学校で、まともなのは、もう、僕だけだ。
◆
以上、おまけでした。
ここからは本編をお楽しみください。
◆
【緊急】マジでヤバい!
◇1:名無しの元引きこもり
緊急事態発生!助けて!
2:名無しの転生者
でたわね
3:名無しの転生者
今度は何があったの
4:名無しの転生者
ホテルから追い出されたとか?
◇5:名無しの元引きこもり
朝食バイキングで、ロールパンとクロワッサンがあるんやけど
主食にどっちを選べばいいかわからん!
6:名無しの転生者
は?
7:名無しの転生者
緊急事態とは何だったのか
8:名無しの転生者
こいつマジで殴っていい?
◇9:名無しの元引きこもり
>>7
早く決めないとおかずが冷めちゃうだろ!どう考えても緊急事態やんけ!
10:名無しの転生者
どう考えてもどうでもいい事態だろ
11:名無しの転生者
そんなに迷ってんなら両方食えよ
◇12:名無しの元引きこもり
>>11
ライスもあるのにパンを2個も食べられるわけ無いだろ!
こっちはマジで大変な状況なのに、お前ら呑気すぎやろ!
13:名無しの転生者
そもそも炭水化物と炭水化物を一緒に食べちゃ駄目でしょーが!
14:名無しの転生者
というかおかずは何なの?どっちを食うかは相性次第だろ
◇15:名無しの元引きこもり
>>14
ウィンナー、ベーコン、スクランブルエッグ、ハッシュドポテト
16:名無しの転生者
メニューの選び方が小学生なんよ
17:名無しの転生者
野菜食え野菜
18:名無しの転生者
そのメンツならクロワッサン一択だろ
バターの風味とベーコンが合う
19:名無しの栄養士
栄養士の目線でいうと油取りすぎなので
こだわり無いならロールパンの方が良い
あと野菜も食べろ
◇20:名無しの元引きこもり
>>19
サンガツ!ロールパンにするわ!
健康も大事やからな!
野菜はポテトがあるから大丈夫!
21:名無しの栄養士
大丈夫じゃねぇよ
◇22:名無しの元引きこもり
あ、やばい!今度こそ本当に大変なことになった!
フレッドがいない間、魔法学校はネズミたちに支配されていた!
一体なぜ支配されてしまったのか!?
アルノンとは何者なのか!?
今回の騒動の元凶は一体誰なのか!?
そして、エインに起きた緊急事態とは──!?
次回「究極の選択! 飲むべきはコンポタか? トマトスープか?」
お楽しみに!




