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X-6

 ロイスが一歩前に出た。


 「カツラを返せ!」


 怒りに満ちた声だった。


 「それは盗品だ。お前のものじゃない」


 犯人は笑った。

 黄金のカツラを被ったまま、悠然と立っている。


 「返す? 何を言っているんです」


 カツラに手を添える。


 「これは私のものですよ。最初から」


 「何?」


 ロイスが眉をひそめる。


 「カルヴァンに盗まれていたんです」


 犯人は堂々と言い放った。


 「私はただ、取り返しただけ」


 会場がどよめいた。

 宿泊客たちが顔を見合わせ、警備員たちも困惑した表情で視線を交わす。


 「盗まれた?」

 「カルヴァンが?」


 ざわめきが波のように広がっていく。


 カルヴァンが前に出た。


 「ふざけるな!」


 怒りと焦りが混じった顔は真っ赤で、額には汗が浮かんでいる。


 「そのカツラは私が作ったんだぞ! 裏を見ろ、ルミナス家の刻印がある!」


 「ああ、刻印ですか」


 犯人はあっさりと言った。


 「盗んだ後で、勝手に彫り込んだんでしょう」


 「証拠もないくせに!」


 ロイスが詰め寄る。


 「そんな出まかせが通用すると思うのか!」


 「出まかせ?」


 犯人の声が、わずかに低くなった。


 「では、証拠をお見せしましょう」


 その言葉に、会場が静まり返る。

 全員が、犯人の次の言葉を待っていた。

 グレアムは煙草を咥えたまま、静かに観察している。


 犯人は、ゆっくりとカルヴァンを見た。


 「カルヴァン。あなたは発表会で、こう言いましたね」


 そこで一拍置く。


 「【強固固着】(ハードフィックス)は、登録者本人以外、絶対に外せないと」


 カルヴァンは黙っていた。

 その沈黙が、会場の緊張を高めていく。


 「では、お聞きします」


 犯人の指が、自分の頭を指す。


 「このカツラは、どうやってあなたの頭から外れたんです?」


 カルヴァンの顔が強張った。


 「もし本当にあなたが登録者なら」


 犯人の声には、確信があった。


 「誰にも外せないはずだ。物理的にも、魔法的にも」


 「それは……」


 カルヴァンが言いかけ、口ごもる。

 視線が泳いでいた。


 「つまり」


 犯人は会場を見回した。

 ゆっくりと、全員の顔を見渡す。


 「カツラが外れたという事実そのものが、カルヴァンが登録者ではない証拠なんです」


 ロイスが反論しようと口を開いた。

 だが、言葉が出てこない。


 確かに、その通りだ。

 論理としては、完璧だった。

 【強固固着】(ハードフィックス)が絶対なら、外れるはずがない。


 「そして」


 犯人は自分の頭を指した。


 「私はこうして、完璧に装着できている」


 「待て」


 ステインが前に出た。


 「【固着】(フィックス)でくっつけてるだけかもしれない」


 犯人に近づき、手をかざす。

 魔力が流れた。


 「【魔路切断】(パスサンダー)


 カツラと頭皮の間に、魔力の刃が走る。


 何も起きなかった。


 「外れない。【魔路切断】(パスサンダー)が効かない」


 ステインが眉をひそめ、再度魔力を流し込む。

 結果は同じだった。


 「こいつ、本当に【強固固着】(ハードフィックス)の登録者だ」


 「だから言ったでしょう? 私が登録者だとね」


 犯人は、勝ち誇った笑みを浮かべている。


 グレアムは煙草を取り出し、火をつけて深く吸い込んだ。

 【強固固着】(ハードフィックス)が外れないという事実が、所有権の証明になっている。

 ならば、どこに穴があるのか。


 煙草を灰皿に置く。

 考えるのに魔力は要らない。

 必要なのは、論理だ。


 グレアムはカルヴァンに視線を向けた。


 異様な焦り。

 発表会での動揺。

 ただの試作品を失ったとは思えない絶望。

 そして宰相。カツラではないにもかかわらず発表会に参加し、「私的な理由」と言い淀んだ男。


 グレアムは煙草を咥え直した。


 「カルヴァン」


 カルヴァンが警戒した様子で視線を向ける。

 顔には汗が光っていた。


 「一つ、確認したい」


 静かな声だった。


 「本当にお前が、このカツラを作ったのか?」


 「当たり前だ!」


 カルヴァンは即座に答えた。

 だが、声は上ずっている。


 「私が作った! 何度も言わせるな!」


 グレアムは動じず、静かに見つめた。


 「では、【強固固着】(ハードフィックス)は、本当に絶対に外れないのか?」


 「ああ」


 カルヴァンは苛立った様子で答える。

 視線は泳いでいた。


 「何度も言っている。ハーゲンとの検証で確認済みだ。登録者本人の意志以外では、絶対に外れない」


 グレアムは煙草の灰を落とした。

 紫煙が静かに立ち上る。


 「最後の質問だ」


 カルヴァンの顔が、わずかに強張った。

 何かを悟ったのだろう。

 手が震えている。


 グレアムは静かに問いかけた。


 「黄金のカツラは、誰のものだ?」


 「私が作ったんだから」


 カルヴァンは焦りながら答える。

 額の汗が増えていた。


 「私のものに決まっている」


 「いや」


 グレアムは首を振った。


 「聞き方が悪かったな」


 カルヴァンを見据える。


 「誰のために作ったんだ。誰が着用するために」


 カルヴァンの顔から、血の気が引いた。


 「それは……」


 言葉が詰まる。

 視線が宰相へ向き、すぐに逸らされた。


 「発表会でも、見ただろう」


 声が震えている。


 「それは、私が、付けるために……」


 グレアムは畳みかけた。


 「もう一度言うぞ。【強固固着】(ハードフィックス)には、誰の魔力を登録するはずだったんだ」


 カルヴァンは、完全に沈黙した。

 答えられない。

 その沈黙が、すべてを物語っていた。


 宰相が小さく息を吐く。

 諦めたような、苦々しい表情だった。


 会場が息を呑む。

 ロイスは何かに気づいたような顔をし、フィーネは事情が分からないまま首を傾げている。


 グレアムは犯人に向き直った。


 「あんたの言う通り」


 静かに言う。


 「たしかに、黄金のカツラはカルヴァンのものじゃなかったようだな」


 「ふざけるな!」


 カルヴァンが叫んだ。

 絶望的な声だった。


 「私が作ったんだぞ! 私のものだ!」


 グレアムは無視し、犯人を見据える。


 「だが、お前のものでもない」


 会場がざわめいた。


 カルヴァンのものでもない。

 犯人のものでもない。

 では――。


 グレアムは深く息を吸い込んだ。

 そして、告げる。


 「このカツラは、国王陛下のものだ」


 会場が凍りついた。


 完全な静寂。

 時間が止まったかのような、静寂だった。

 誰もが息を呑み、動きを止めている。

 一人の宿泊客が思わず椅子から立ち上がり、警備員の一人が警棒を取り落としそうになった。


 国王。


 その言葉が、会場に響いた。


 「国王、陛下?」


 ロイスが呆然と呟く。

 震える声だった。


 「そんな……」


 フィーネが目を丸くし、口を開けたまま固まっている。


 ざわめきが波のように広がっていった。


 「国王陛下が、カツラ?」

 「つまり、ハゲてるってこと?」

 「まさか、そんな……」


 驚愕、困惑、信じられないという声。

 誰もが隣の人間に確認するように囁き合っている。


 宰相の顔は蒼白だった。

 拳を強く握りしめ、唇を噛んでいる。

 何も言えない。

 否定もできない。

 その様子が、すべてを肯定していた。


 グレアムが続ける。


 「黄金のカツラは、ただの試作品じゃなかった」


 その声は、会場全体に響いた。


 「これは国王への献上品だ」


 カルヴァンが力なく項垂れる。

 膝が震えていた。

 もう、隠しきれない。


 「だから」


 グレアムは宰相を見る。


 「カツラを必要としないあんたが、発表会に参加していた。性能を確認するための代理人としてな」


 宰相は何も答えられなかった。

 ただ、歯を食いしばっている。

 目には、悔しさと、諦めと、怒りが混じっていた。


 「そして、献上品である以上」


 グレアムがカルヴァンへ視線を戻す。


 「カルヴァン自身の魔力を登録することはできなかった。登録は一度きり。国王陛下のために取っておく必要があるからな」


 ロイスが息を呑む。


 「では、発表会でカルヴァンが被っていたのは……」


 「一般的な【固着】(フィックス)の魔術だ」


 グレアムが頷く。


 「自前で唱えて、暫定的に装着していただけ。お前は混乱の隙に、魔術で干渉して【固着】(フィックス)を解除した。そしてカツラを奪い、その場で自分の魔力を登録したんだろう」


 犯人は静かに立っていた。

 仮面も変装もない、ただの協会員の姿。

 だが、浮かべた笑みは、どこか満足そうだった。


 「お見事です」


 犯人は、ゆっくりと拍手を送る。


 「完璧な推理だ。流石は王都調査局」


 そして、ローブを裏返した。


 パサリ。


 黒と金の漆黒の装束が露わになる。

 犯人は、優雅に一礼した。


 「改めまして、怪盗ファントムです」

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