X-5 そして誰も被れなくなった【解答編】
「俺の予想が正しければ、カツラも犯人も見つかるはずだ」
「本当ですか!?」
フィーネの目が輝いた。
「ああ」
ロイスが身を乗り出す。
「カツラはどこに? 犯人は誰です?」
「まぁ落ち着け」
グレアムは訂正するように言った。
「正確には、見つけ出す方法が分かったんだよ」
フィーネとロイスが顔を見合わせる。
グレアムは煙草を咥えたまま、会場の片隅へ視線を向けた。
「だが、手作業では時間がかかりすぎる。もう一度、あの魔法を使わせてもらおう」
会場の隅へ歩き出すと、壁にもたれたステインの姿が目に入った。
腕を組み、どこか退屈そうに会場を眺めている。
「ステイン」
グレアムが声をかけた。
「もう一度、【隠形看破】を使ってもらいたい」
ステインが面倒くさそうに顔を向ける。
「怪しい奴らは全員検査したはずだぞ」
グレアムは会場の隅を指差した。
「いや、まだ調べてない奴らがいる」
ステインがその指先を視線で追う。
そして、動きが止まった。
そこにいたのは、自然美推進協会のメンバーたち。
全員、つやつやと光るハゲ頭の集団だった。
「は?」
ステインがきょとんとした顔になる。
「あいつら、ハゲてるんですけど」
「それでも、検査してくれ」
「ハゲがカツラ被ってるわけないだろ。常識で考えろよ」
「常識が通用するなら」
グレアムが静かに返した。
「そもそもカツラなんて盗まれていない」
「まあ、確かに」
ステインは渋々といった様子で壁から背を離した。
「いいだろう。やってやるよ」
ステインが手をかざすと、会場に静寂が広がった。
誰もが、この奇妙な検査を見守っている。
最初の男に魔力を流し込む。
【隠形看破】が発動した。
反応なし。
次の男も、反応なし。
また次も。
反応なし。
グレアムは腕を組み、煙草を咥えたまま会場全体を観察していた。
カルヴァンが不安そうにこちらを見つめ、宰相の視線は鋭いまま動かない。
ロイスとフィーネは固唾を呑んでいる。
ステインは次々と検査を続けた。
何人調べても、反応はない。
そして、最後の一人。
中年の男だった。
つやつやと光るハゲ頭。他のメンバーと何も変わらない。
ステインが魔力を流し込み、【隠形看破】を発動させた、その瞬間。
ビリッ、と雷が走ったかのような感覚が、場に走った。
「え?」
ステインの動きが止まる。
信じられない表情で、その男を見つめた。
「こいつ」
男を指差す。
「ハゲなのに、カツラを被ってる」
会場が、一瞬で静まり返った。
「何だと?」
ロイスが呆然と呟く。
「そんなはずはない!」
男が叫んだ。
「私がカツラを被っているわけがない!」
自分の頭を指差す。
「見ろ、この頭を! どこにカツラがある!?」
協会の一人が前に出た。
「そのとおりだ」
抗議するように言う。
「そいつは協会の新人で、我々の同志だ。カツラなんか欲しがるわけがない」
別のメンバーも頷いた。
「そうだ。ハゲを誇りに思う我々が、カツラを盗むはずがない」
確かに、その頭は完全にハゲていた。
髪の毛一本すらない。
つやつやと光っている。
どう見ても、カツラなど被っていない。
「だが、【隠形看破】が反応している」
ステインは男を見つめた。
「お前の頭皮の下に、カツラが――」
言いかけて、自分の言葉の矛盾に気づく。
頭皮の下にカツラ。
それは、おかしい。
カツラは頭皮の上に被るものだ。
「お前さんの言うことは間違っちゃいない」
グレアムが前に出た。
冷静な声には、確信が宿っている。
「その男は確かに、頭皮の下にカツラを被っている」
続けて、指先が男のハゲ頭を指した。
「正確には、その“ハゲ頭のカツラ”の下にな!」
会場が爆発した。
「ハゲ頭のカツラ!?」
「そんなものがあるのか!?」
「なんのために!?」
驚愕の声があちこちから上がり、誰もが信じられない表情で男を見つめていた。
宰相すら目を見開き、カルヴァンは口を開けたまま固まっている。
フィーネが首を傾げた。
「どういうことですか? ハゲ頭のカツラって」
「文字通りだ」
グレアムが説明する。
「犯人は盗んだ黄金のカツラを、まず自分の頭に装着した。そして、その上から、ハゲ頭のカツラを被った」
「つまり、二重のカツラ!」
ロイスが声を上げる。
「ああ」
グレアムが頷いた。
「黄金のカツラをハゲ頭のカツラで隠し、協会のメンバーに紛れ込んだ。俺たちには『ハゲはカツラを被っていない』という思い込みがあった。だから、協会のメンバーは持ち物検査だけで済ませた」
ロイスが続ける。
「でも、ステインの【隠形看破】は、会場にいる全員を検査したはずです。なぜ、その時は見つからなかったんですか?」
グレアムがステインを見る。
「【隠形看破】は、『対象がカツラを被っているか』を探す魔法だったな」
「ああ」
ステインが渋々答えた。
「だが、お前は」
グレアムが静かに言う。
「ハゲの人間を、検査対象から外していた」
ステインの顔が、わずかに強張った。
「『ハゲはカツラを隠していない』という前提で」
ステインは言葉に詰まった。
確かに、そうだ。
【隠形看破】をかける際、無意識に「カツラを被っている可能性がある人間」だけを対象にしていた。
ハゲの人間は、最初から除外していた。
当たり前だと思っていたのだ。
ハゲがカツラを被るはずがない、と。
それが、盲点だった。
「言い逃れはできないぞ」
グレアムが男に詰め寄る。
男は後ずさり、背後の警備員にぶつかった。もう逃げ場はない。
「証拠は」
男が叫ぶ。
「証拠はあるのか!? 私がそのカツラを被っているという証拠は!」
グレアムは冷たく言い放った。
「証拠なら、今から見せてやる」
フィーネに視線を向ける。
「フィーネ」
「はい!」
「そいつの“ハゲ頭”を剥がせ」
「了解です!」
フィーネが駆け寄る。
顔には、いつもの無邪気な笑顔が浮かんでいた。
「待て!」
男が抵抗しようとする。
だが、フィーネが腕を掴み、あっさりと動きを封じた。
「え?」
男の顔が驚愕に染まる。
力が入らない。フィーネの握力が尋常ではない。
骨が軋む音がした。
「じっとしててくださいね!」
フィーネがニコニコしながら、男の頭部に手を伸ばす。
「や、やめ――」
男の叫びは、ベリッ、という音に飲み込まれた。
「ぐあああああああああッ!!」
悲鳴が会場に響き渡る。
フィーネの手には、ハゲ頭のカツラが握られていた。
ぐしゃりと皺が寄り、まるで剥がれた人間の頭皮のように見える。
「取れましたー!」
フィーネが無邪気に振り返った。
その下から現れたのは――光だった。
まばゆい輝き。
黄金。
スポットライトを受け、それは眩いばかりに光っている。
まるで太陽を頭に乗せているかのような、圧倒的な存在感。
黄金のカツラだった。
会場が再び、驚愕のどよめきに包まれる。
「本当に!」
「黄金のカツラが!」
「あんな方法で隠していたのか!」
ざわめきが広がる。
誰もが、その輝きに目を奪われていた。
宰相が小さく息を吐き、カルヴァンは顔を覆った。
男。
いや、犯人は頭を押さえてうずくまり、痛みに顔を歪めている。
だが、その表情の奥には、追い詰められながらも不敵な笑みが浮かんでいた。
グレアムが煙草に火をつけ、深く吸い込む。
紫煙が、静かに立ち上った。
「言い逃れはできないぞ」
静かに言った。
犯人が顔を上げる。
その目には、まだ諦めの色がなかった。




