17-4
盗賊団のアジトは、街道から少し外れた岩場の洞窟だった。
頭領は奥の部屋で金貨を数えながら、部下の帰りを待っていた。
この盗賊団は、元々各地を転々としていた流れ者の集まりだ。だが、帝国との国境近くで鉱山が見つかったという話を聞きつけ、商人たちの往来が増えると見込んで、この一帯に腰を据えることにした。
まだ始めたばかりの商売だったが、手応えは悪くない。
街道を通る商人も旅人も、思っていた以上に多かった。
ただ一つ気がかりなのは、昨日から四人の部下が戻らないことだった。
「頭領! 戻りました!」
四人を捜索させていた部下が戻ってきた。
頭領は顔を上げる。
「そうか。あいつらは見つかったか?」
「四人とも死んでました」
捜索隊の一人が、淡々と報告する。
「やったのは相当な手練れです。俺たちじゃ手に負えません」
頭領は眉をひそめた。
死体が見つかった。
それ自体はあり得る話だ。盗賊稼業をしていれば、獲物を選び間違えることもある。
だが、妙だった。
「そうか。それじゃあ、そいつらの持ち物はどうした?」
「いや、かさばるので持ってきてませんが……」
ドスッ、と鈍い音がした。
頭領の拳が、捜索隊の鳩尾に食い込んでいた。
「仲間が死んだら装備は回収だ。忘れたわけじゃねぇよなぁ」
「す、すみません……!」
部下は腹を押さえながら謝る。
しかし、頭領の疑念は晴れなかった。
何かがおかしい。
目の前の部下たちは、いつも通りに見える。けれど、報告の中身があまりに雑だった。死体を見つけたというわりに、装備も金も持ち帰っていない。死因の確認も甘い。まるで、そう報告するよう命じられているだけのようだった。
「クソ、貴重品を使わせやがって」
頭領は懐から巻物を取り出した。
それは、【解呪】のスクロールだった。高価な品だが、この違和感を確かめるためなら惜しくはない。
巻物を開くと、淡い光が立ち上がり、捜索隊を包み込んだ。
しばらくして、部下たちの目に困惑の色が浮かぶ。
「な、なんで俺たちはここに……」
「おい、何があった? あいつらはどうなった?」
今度は、真実が語られた。
馬車の存在。
魔法使いらしき少年たちとの遭遇。
そして、自分たちが意識を奪われ、命令を受けて戻ってきたこと。
「精神魔法だと……?」
頭領の声が低くなる。
想像以上に厄介な相手だ。
ただの腕利きならまだいい。殺せば終わる。だが、精神魔法となれば話が違う。仲間を操られ、嘘の報告をさせられた時点で、すでにこちらの内側に手を突っ込まれている。
そして何より、支配を受けた仲間たちがまだ生きているということは──。
「この場所を知られた可能性があるな」
決断は早かった。
「万が一にも、アジトの場所が漏れちゃいけねぇ。……全員、明朝出撃だ」
頭領の声は低く、決意に満ちていた。
◆
翌日、フレッドたちが街道を進んでいると、御者が突然手綱を引いた。
「来たぞ」
その瞬間、フレッドは咄嗟に【防壁】を展開する。
巨大な箱状の壁が、馬車全体を包み込んだ。
数瞬遅れて、弓矢が雨のように降り注ぐ。
矢は防壁に当たるたびに乾いた音を立て、次々と砕け散っていった。
同時に、エインが拡声魔法で叫んだ。
「支配術式起動! 全員、武装解除して出てこい!」
その瞬間、信じられないことが起こった。
苛烈だった攻撃が、ぴたりと止んだ。
森のあちこちで、武器を投げ捨てるような音が次々と聞こえてくる。
「何だ!?」
「やめろ!」
「体が……体が勝手に……!」
そして、周囲の茂みや岩陰から、人影が現れ始めた。
盗賊たちが恐怖に歪んだ表情のまま、フレッドたちの前へぞろぞろと歩いてくる。
その中には、頭領らしき男の姿もあった。
「くそ……なんで……!」
彼は必死に何かに抵抗しているようだった。
だが、他の盗賊たちと同じように、体は勝手に前へ進んでいる。
武器を失った盗賊たちは、次々と街道へ引きずり出されていく。
襲撃者だったはずの一団は、ほんの一言で、捕虜の列に変わっていた。
「やっぱ“保険”かけといてよかったな」
エインが誇らしげに、フレッドへ語りかけた。
◆
【実況】暇だからフレッドの故郷に遊びに行くぞ!
…
◇481:名無しの元引きこもり
というわけで盗賊団を捕獲したンゴ
482:名無しの転生者
どういうわけだよ
483:名無しの転生者
まるで意味がわからんぞ!
484:名無しの転生者
フレッドの故郷に急いでるんじゃないのかよ
何やってんだ
◇485:名無しの元引きこもり
>>484
しゃーないやろあっちから襲ってきたんだから
486:名無しの転生者
一体何があったんだよ
◇487:名無しの元引きこもり
>>486
その説明をする前に今のワイの状況を理解する必要がある
少し長くなるぞ
488:名無しの転生者
あくしろよ
◇489:名無しの元引きこもり
>>488
お前は物事を急ぎすぎる
本来は囮を使って、盗賊に追われないようにするための作戦だったんだよ。
490:名無しの転生者
囮って誰よ?
491:名無しの転生者
これまでの所業見れば想像付くやろ
492:名無しの転生者
出るか……! イッチお得意の……
◇493:名無しの元引きこもり
>>490
囮はもちろん盗賊がやる。
前に襲ってきた盗賊を支配して捕まえたからな。
そいつをアジトに帰還させて嘘の情報を与えたんや。
494:名無しの転生者
盗賊は犠牲になったのだ……
495:名無しの転生者
それがなんで全員討伐することになったんだよ
◇496:名無しの元引きこもり
その作戦が失敗しちゃったんだよ、嘘がバレたみたいで盗賊団全員で襲撃してきた
497:名無しの転生者
やばくねぇかそれ
498:名無しの転生者
でも全員捕まえたんやろ
◇499:名無しの元引きこもり
まぁ、保険仕込んどいたからな
500:名無しの転生者
保険って何?
501:名無しの転生者
また幻術なのか!?
◇502:名無しの元引きこもり
>>500
【啓導の光輪】を使ったんだよ。前に話した光る魔法陣の呪い
503:名無しの転生者
ああ、入学式のやつね
504:名無しの転生者
ん?それって魔力足りなくて発動できんかったんじゃないの?
505:名無しの転生者
そもそも学校にあるクソでかいやつだろそれ、外にいるんだから使えんやろ
◇506:名無しの元引きこもり
使えはするぞ、【啓導の光輪】の解析はとっくに終わってるからな。
それで今回は支配以外の機能を削除して、規模を抑えた簡易版を設置したんだよ。
まぁこれでも魔力とか足りんからフレッドに協力してもらったけどな。
507:名無しの転生者
設置ってことは待ち構えるわけやろ? 馬車で移動してるのにそんな暇ある?
◇508:名無しの元引きこもり
確かに設置型の魔法やけど、別に地面や床じゃなくても設置はできるぞ
509:名無しの転生者
どういうこと?
◇510:名無しの元引きこもり
いやだから、魔法陣を書き込めるなら下地は何でもいいし、動いてようが構わないってこと
511:名無しの転生者
なんとなく話が見えてきましたよ
512:名無しの転生者
俺わかっちゃったかも、下地って人間やろ
◇513:名無しの元引きこもり
当たり!下地にしたのは事前に捕獲しておいた別の盗賊でした!
背中は平らだから魔法陣を書き込めるんだよねぇ~
514:名無しの転生者
お体に触りますよ……
515:名無しの転生者
義を失ったな
516:名無しの転生者
ほーん、それで襲ってきた盗賊をまとめて支配したってことか
◇517:名無しの元引きこもり
そうとも言えるし、そうでもないとも言える。
ワイは命令を与えただけで、支配自体はもっと前に完了しているぞ。
518:名無しの転生者
つまり……どういうことだってばよ?
◇519:名無しの元引きこもり
盗賊を【精神支配】で支配する→保険として【啓導の光輪】も仕込む→盗賊をアジトに帰還させる→盗賊が味方と感動の再会→それを精神的トリガーにして【啓導の光輪】が自動で起動→盗賊達が支配の受付状態になる→そいつらが襲ってきたところをまとめて命令して勝ち
520:名無しの転生者
人の心とかないんか?
521:名無しの転生者
どっかの二代目様みたいなやり方だな
522:名無しの転生者
卑劣な術だ
523:名無しの転生者
えげつねーな……悟る暇も無しかよ
524:名無しの転生者
人間爆弾として使うとか本家の王国よりよっぽどエグい運用してるな
525:名無しの転生者
主人公の姿か? これが?
526:名無しの転生者
どっちかって言うとラスボスだろ
527:名無しの転生者
逆だったかもしれねェ……
528:名無しの転生者
支配された上に人間爆弾として特攻させられて、生き恥晒しながら組織壊滅させられちゃう盗賊かわいそすぎない?
◇529:名無しの元引きこもり
そこまで言うほどのことか?
【啓導の光輪】は本来こうやってラジコンみたいに使うものだろ
設置型の魔法=“その場に固定”って思い込んでる時点で、王国の連中は発想が硬いんだよなぁ
530:名無しの転生者
お前の発想がサイコパスなだけだよ
531:名無しの転生者
もう……散体しろ!
◇532:名無しの元引きこもり
お前らがどう思おうが正しいかどうかはオレが決めることにするよ。
集団相手に一人も殺さないで制圧してるんやで、めっちゃ優しい作戦やろ。
533:名無しの転生者
半分は当たっている、耳が痛い
◆
戦いが終わった後、御者は念のため、盗賊たちの身体検査を行っていた。
武器を隠し持っていないか、危険物を所持していないかを確認するためだ。
その途中で、彼の手が止まった。
御者は一人の男──盗賊団の頭領の顔を、じっと見つめている。
「……お前は」
御者の声が震えていた。
「まさか……十年前の……」
頭領の目に、はっきりと動揺が走る。
彼も思い出したのだろう。
「今度こそ……今度こそ殺してやる……!」
御者の手が、剣の柄に向かった。
「待ってください!」
フレッドが慌てて、彼の前に立ちはだかる。
「この人はもう何もできません。意識はあっても、体が言うことを聞かないんです。こんな状態の相手を殺すのは……」
「じゃあどうするんだ、坊主?」
御者がフレッドを鋭く見つめた。
「今度は、こいつら全員も護衛にするのか?」
その言葉に、フレッドの胸へ鋭い痛みが走る。
また同じことを繰り返そうとしていた。
また、責任から逃げようとしていた。
フレッドは唇を噛む。
そして、ゆっくりと頭を上げた。
「いや」
その声は小さかった。
けれど、はっきりとしていた。
「僕は覚悟を決めました。逃げずに、現実と向き合います」
フレッドの声には、今までにない強さがあった。
「お前たちは王都に向かって自首しろ」
今度は迷わなかった。
盗賊団全員に向かって、明確に命令を下す。
「正直に罪を告白して、法の裁きを受けるんだ」
盗賊たちは列を作り、王都の方向へ歩き始めた。
しかし、頭領だけはその場に残っている。
フレッドが、意図的に命令から外していたのだ。
フレッドは御者を振り返った。
「御者さんはどうしますか? この人をどうするかは、あなたが決めてください」
御者は、長い間、頭領と向き合っていた。
逃げ場のない沈黙が、街道の上に落ちる。
やがて、彼はフレッドを見た。
「……お前は変わったな、坊主」
その声には、わずかな感嘆が混じっていた。
「最初はただの甘ちゃんだと思ったが、ちゃんと現実を見るようになった」
御者は深くため息をつく。
「……もういい。十年も経って、俺も歳を取った。俺も大人にならねぇとな」
彼は剣から手を離した。
「お前も行け。自首して罪を償え。どうせ死刑だ。ここで殺さなくたって同じ結果だ」
頭領も、他の盗賊たちを追って歩き始めた。
フレッドは、彼らの後ろ姿を見送る。
胸の奥には、重いものが残っていた。
自首すれば、多くは死刑になるだろう。
それが現実だった。
それでも、これが彼の選んだやり方だ。
「そんな顔するな、坊主」
御者がフレッドの隣に立った。
いつもの厳しい声に、わずかな優しさが混じっている。
「あの盗賊どもがこれから先、何人の商人や旅人を襲うつもりだったと思う?」
彼は遠くを見つめた。
「お前がやったのは、そいつらを止めることだ。これから被害に遭うはずだった連中を、全員救ったってことだぞ」
フレッドは御者を見上げた。
「あの場で殺すより、ずっといい方法だったさ」
その言葉には、経験に裏打ちされた重みがあった。
「でも村までの護衛がまたいなくなっちゃったじゃん」
突然、エインが間の抜けた声で呟いた。
「一人ぐらい残せばよかったのに。また盗賊こねーかな」
フレッドは呆れた顔でエインを見る。
この状況で、そんな呑気なことを言えるエイン君が、ある意味すごいと思った。
御者は苦笑いを浮かべながら、馬車へ向かう。
「この街道は平和になったんだ。もう護衛はいらねぇよ。それよか早く出発するぞ。エクス村まではもうすぐだ」




