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「というわけで、フレッドとアメリアには俺の研究の助手をお願いします」
ギルバート校長からの呼び出しで研究棟を訪れたフレッドだったが、案の定、そこにはエインが待ち受けていた。
そして案の定、いつものように突拍子もないことを言い出した。
用意された研究室は、予想以上に本格的だった。磨き上げられた実験台に、見慣れない魔導器具。壁際の棚には分厚い魔導書が整然と並び、床には実験用と思しき魔法陣まで刻まれている。
ギルバートが、ここまで立派な設備を用意するとは。
──一体、何を企んでいるのか。
「はあ!? なんで私があんたの助手をしなきゃいけないのよ!」
フレッドの隣で、ツインテールを激しく揺らして怒鳴る少女がいた。
アメリア・ラングフォード。Eクラスの生徒であり、蜂蜜色の髪が怒りに震える様子は、魔法が暴発する直前の前兆のようでもあった。
「いやほら、俺って魔力少ないだろ? 作ってみたはいいけど使えない魔法がいっぱいあるんだよ。アメリアもフレッドも魔力多いし、手伝ってほしくて」
エインは悪びれもせず、当然のように言った。
確かに、彼は魔力量では劣る。だが、その分析力と創造性は規格外だ。問題は、その創造性がしばしば常識を粉砕する方向に暴走することである。
フレッドは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「だから! なんで私なのよ! そこのフレッドだけでもいいじゃない!」
アメリアの抗議はもっともだった。突然呼び出されたと思えば、訳の分からない研究の助手をやれと言われているのだから。
「いや、たしかに一人いれば十分なんだけどさぁ……」
エインの目が、いたずらっぽく光る。
「【超紅蓮槍】が見てみたいんだよね」
その瞬間、アメリアの表情がぴくりと変わった。
「ほら、アメリアなら原型の【紅蓮槍】はもう習得してるでしょ。だから、アメリアもいてくれたほうがいいんだよね」
エインの声には、純粋な魔法への興味がにじんでいた。
「……ほら、これが術式。頼むよ」
そう言って渡された羊皮紙を広げた瞬間、アメリアは息を呑んだ。
そこには、あの日見た──美しい幾何学模様の術式が描かれていた。
「これは……」
目にした途端、魔法使いとしての本能が震える。
授業で消し去られた【超紅蓮槍】。
あのときは家の誇りを守るため、何も言えなかった。けれど今、それがこの手にある。
渇望と誇りが、胸の内でせめぎ合った。
「……やってみたいけれど」
家の伝統を裏切ることになるかもしれない。
だが、あの完璧な術式を知ってしまった今、もう目を逸らすことなどできなかった。胸の奥で、抑えきれない渇望がうずいている。
「ん? どうした?」
エインが首を傾げた。
「アメリアでもできない? ……そんなら無理にやんなくてもいいけど?」
その無邪気な一言が、アメリアの中の何かを吹き飛ばした。
「はあ!? 私にできないですって!?」
そうだ。
これは家のためだ。ラングフォード家の名にかけて、自分の実力を証明するだけなのだ。
「できるに決まってるわ! やってやろうじゃないの!」
強気に言い放ちながらも、アメリアの手はわずかに震えていた。
だが、魔力を込めた瞬間、術式が彼女の内なる力と共鳴し始める。これまで感じたことのない深い充実感が、胸の奥から満ちていった。
彼女の手の中で、真紅の光がゆらりと形を成す。
それは単なる光ではなかった。
美しく、力強く──まるで命を宿しているかのような、未知のエネルギー。
そして、ついに完成した。
「うわあ……」
フレッドが言葉を失う。その美しさに、思わず見とれてしまった。
「おー、すげー」
エインも、珍しく素直に感心していた。
だが、一番興奮していたのはアメリア本人だった。
手の中に宿る力は、これまで扱ってきたどんな魔法とも比べ物にならない。まるで、自分の魂の一部が形になったかのようだった。
これよ。
これが私の求めていた力。
家の伝統への罪悪感など、一瞬で吹き飛んだ。
「素晴らしい……!」
「よし、試し撃ちだ!」
エインが瞳を輝かせる。
「フレッド、あそこに【防壁】貼って! 威力も見てみないとな!」
彼は急いで窓を開けると、研究室の外を指差した。
「わ、わかった! 【防壁】!」
フレッドは焦りながらも魔力を集中させる。
どこか嫌な予感がして、指示された位置より少し高めに、厚めの障壁を張った。
「よっしゃ、準備完了! やってまえアメリア!」
「言われなくても! 穿て──【超紅蓮槍】!」
エインの掛け声とほぼ同時に、アメリアは真紅の槍を放った。
槍は、意志を持つかのように空を裂いて飛翔する。
そして、【防壁】に触れた、その瞬間。
フレッドの障壁は、バターのように音もなく切り裂かれ、霧のように消えた。
止まることも、威力を失うこともなく、真紅の槍は夕暮れの空を突き進んでいく。やがて大輪の花火のように炸裂したそれは、もう一つの夕日のように輝き、美しく、壮大で、そして圧倒的だった。
「本当に素晴らしいわ!」
さらに興奮したアメリアは、その一言だけを残して研究室を飛び出していく。
その瞳は、魔法使いとしての純粋な喜びに輝いていた。
しばらくして、訓練場の方角から断続的な爆発音が響き始めた。
続いて──悲鳴。
「アメリアさん! なにをしているのですか!?」
「やめろ! 訓練場が──」
──ドォォォン!
「うわああああ!」
「これよ! これが私の求めていた力よ!」
「トムが巻き添えを──」
「死ぬなトム! 傷は浅いぞ!」
「アハハ! アハハハハ!」
「リリィ先生! アメリアを止めて──」
「なんて素晴らしい力なの! エインには感謝しなくては!」
「なんですって!? まさか今度こそ本当にエイン先生が!? 許せません!」
──ドドドォォォン!!
「リリィ先生! どこに行くんだ!」
「誰がアメリアを止めるのよ!」
「……大丈夫かな」
フレッドが心配そうに呟く。
「大丈夫、データはバッチリだ」
遠くから聞こえる爆発音にもまったく動じず、エインは満足げに頷いた。
「それより、校長から言われてたノルマをさっさと終わらせちまおう。フレッド、この魔法陣に魔力を──」
◆
翌日、アメリアはひどく気まずそうな顔で研究室に戻ってきた。
普段の凛とした表情はどこへやら、肩を落とした姿は、悪いことをした子供そのものだった。
「その……昨日はごめんなさい」
彼女は、消え入りそうな声で謝った。
「興奮しすぎて、つい……。お詫びに、今日は私が協力させてもらうわ……」
「おお、よろしく」
エインは、何事もなかったかのように手を振った。
その能天気さに、アメリアは複雑な表情を浮かべる。
感謝すべきなのか、呆れるべきなのか。あるいは、昨日の惨状をもう少し気にしてほしいと怒るべきなのか。
結局、彼女には最後まで判断がつかなかった。




