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16-2

「というわけで、フレッドとアメリアには俺の研究の助手をお願いします」


 ギルバート校長からの呼び出しで研究棟を訪れたフレッドだったが、案の定、そこにはエインが待ち受けていた。


 そして案の定、いつものように突拍子もないことを言い出した。


 用意された研究室は、予想以上に本格的だった。磨き上げられた実験台に、見慣れない魔導器具。壁際の棚には分厚い魔導書が整然と並び、床には実験用と思しき魔法陣まで刻まれている。


 ギルバートが、ここまで立派な設備を用意するとは。


 ──一体、何を企んでいるのか。


「はあ!? なんで私があんたの助手をしなきゃいけないのよ!」


 フレッドの隣で、ツインテールを激しく揺らして怒鳴る少女がいた。


 アメリア・ラングフォード。Eクラスの生徒であり、蜂蜜色の髪が怒りに震える様子は、魔法が暴発する直前の前兆のようでもあった。


「いやほら、俺って魔力少ないだろ? 作ってみたはいいけど使えない魔法がいっぱいあるんだよ。アメリアもフレッドも魔力多いし、手伝ってほしくて」


 エインは悪びれもせず、当然のように言った。


 確かに、彼は魔力量では劣る。だが、その分析力と創造性は規格外だ。問題は、その創造性がしばしば常識を粉砕する方向に暴走することである。


 フレッドは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「だから! なんで私なのよ! そこのフレッドだけでもいいじゃない!」


 アメリアの抗議はもっともだった。突然呼び出されたと思えば、訳の分からない研究の助手をやれと言われているのだから。


「いや、たしかに一人いれば十分なんだけどさぁ……」


 エインの目が、いたずらっぽく光る。


【超紅蓮槍】スーパークリムゾンランスが見てみたいんだよね」


 その瞬間、アメリアの表情がぴくりと変わった。


「ほら、アメリアなら原型の【紅蓮槍】(クリムゾンランス)はもう習得してるでしょ。だから、アメリアもいてくれたほうがいいんだよね」


 エインの声には、純粋な魔法への興味がにじんでいた。


「……ほら、これが術式。頼むよ」


 そう言って渡された羊皮紙を広げた瞬間、アメリアは息を呑んだ。


 そこには、あの日見た──美しい幾何学模様の術式が描かれていた。


「これは……」


 目にした途端、魔法使いとしての本能が震える。


 授業で消し去られた【超紅蓮槍】スーパークリムゾンランス


 あのときは家の誇りを守るため、何も言えなかった。けれど今、それがこの手にある。


 渇望と誇りが、胸の内でせめぎ合った。


「……やってみたいけれど」


 家の伝統を裏切ることになるかもしれない。


 だが、あの完璧な術式を知ってしまった今、もう目を逸らすことなどできなかった。胸の奥で、抑えきれない渇望がうずいている。


「ん? どうした?」


 エインが首を傾げた。


「アメリアでもできない? ……そんなら無理にやんなくてもいいけど?」


 その無邪気な一言が、アメリアの中の何かを吹き飛ばした。


「はあ!? 私にできないですって!?」


 そうだ。


 これは家のためだ。ラングフォード家の名にかけて、自分の実力を証明するだけなのだ。


「できるに決まってるわ! やってやろうじゃないの!」


 強気に言い放ちながらも、アメリアの手はわずかに震えていた。


 だが、魔力を込めた瞬間、術式が彼女の内なる力と共鳴し始める。これまで感じたことのない深い充実感が、胸の奥から満ちていった。


 彼女の手の中で、真紅の光がゆらりと形を成す。


 それは単なる光ではなかった。


 美しく、力強く──まるで命を宿しているかのような、未知のエネルギー。


 そして、ついに完成した。


「うわあ……」


 フレッドが言葉を失う。その美しさに、思わず見とれてしまった。


「おー、すげー」


 エインも、珍しく素直に感心していた。


 だが、一番興奮していたのはアメリア本人だった。


 手の中に宿る力は、これまで扱ってきたどんな魔法とも比べ物にならない。まるで、自分の魂の一部が形になったかのようだった。


 これよ。


 これが私の求めていた力。


 家の伝統への罪悪感など、一瞬で吹き飛んだ。


「素晴らしい……!」


「よし、試し撃ちだ!」


 エインが瞳を輝かせる。


「フレッド、あそこに【防壁】(シールド)貼って! 威力も見てみないとな!」


 彼は急いで窓を開けると、研究室の外を指差した。


「わ、わかった! 【防壁】(シールド)!」


 フレッドは焦りながらも魔力を集中させる。


 どこか嫌な予感がして、指示された位置より少し高めに、厚めの障壁を張った。


「よっしゃ、準備完了! やってまえアメリア!」


「言われなくても! 穿て──【超紅蓮槍】スーパークリムゾンランス!」


 エインの掛け声とほぼ同時に、アメリアは真紅の槍を放った。


 槍は、意志を持つかのように空を裂いて飛翔する。


 そして、【防壁】(シールド)に触れた、その瞬間。


 フレッドの障壁は、バターのように音もなく切り裂かれ、霧のように消えた。


 止まることも、威力を失うこともなく、真紅の槍は夕暮れの空を突き進んでいく。やがて大輪の花火のように炸裂したそれは、もう一つの夕日のように輝き、美しく、壮大で、そして圧倒的だった。


「本当に素晴らしいわ!」


 さらに興奮したアメリアは、その一言だけを残して研究室を飛び出していく。


 その瞳は、魔法使いとしての純粋な喜びに輝いていた。


 しばらくして、訓練場の方角から断続的な爆発音が響き始めた。


 続いて──悲鳴。


「アメリアさん! なにをしているのですか!?」


「やめろ! 訓練場が──」


 ──ドォォォン!


「うわああああ!」


「これよ! これが私の求めていた力よ!」


「トムが巻き添えを──」


「死ぬなトム! 傷は浅いぞ!」


「アハハ! アハハハハ!」


「リリィ先生! アメリアを止めて──」


「なんて素晴らしい力なの! エインには感謝しなくては!」


「なんですって!? まさか今度こそ本当にエイン先生が!? 許せません!」


 ──ドドドォォォン!!


「リリィ先生! どこに行くんだ!」


「誰がアメリアを止めるのよ!」


「……大丈夫かな」


 フレッドが心配そうに呟く。


「大丈夫、データはバッチリだ」


 遠くから聞こえる爆発音にもまったく動じず、エインは満足げに頷いた。


「それより、校長から言われてたノルマをさっさと終わらせちまおう。フレッド、この魔法陣に魔力を──」


    ◆


 翌日、アメリアはひどく気まずそうな顔で研究室に戻ってきた。

 普段の凛とした表情はどこへやら、肩を落とした姿は、悪いことをした子供そのものだった。


「その……昨日はごめんなさい」


 彼女は、消え入りそうな声で謝った。


「興奮しすぎて、つい……。お詫びに、今日は私が協力させてもらうわ……」


「おお、よろしく」


 エインは、何事もなかったかのように手を振った。

 その能天気さに、アメリアは複雑な表情を浮かべる。

 感謝すべきなのか、呆れるべきなのか。あるいは、昨日の惨状をもう少し気にしてほしいと怒るべきなのか。


 結局、彼女には最後まで判断がつかなかった。

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