15-5
ルークは、はっと我に返った。
頭の中が霞んでいる。霧がかかったような記憶。ついさっきまで鮮烈だったはずの感覚が、今では夢の残滓のように遠のいていく。
(……あれ……? 俺は……)
視界の景色そのものは、それほど変わっていない。
部屋の中。並ぶ顔ぶれ。立ち位置。
ほとんど同じだ。
違うのは、ただ一つだけ。
あの荘厳な玉座が、ただの木椅子に戻っている。
それだけのはずなのに、胸の奥には黒い靄のような不安がゆっくりと立ちのぼっていく。
(なんだ……この感覚は……)
王冠の重みがない。
玉座の冷たさもない。
あれほど確かだと信じていた勝利の感触が、指の隙間からさらさらとこぼれ落ちていく。
ルークは喉を鳴らし、上ずった声で尋ねた。
「……次の王は……誰だ」
嫌な予感が肌を撫でていた。
心臓の鼓動がうるさいほどに響き、血の流れる音が耳を打つ。
「──ベイル殿下です」
即答だった。
ルークの脳内で、何かが弾けた。
言葉の意味が理解できない。一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。
しかも答えたのは、ベイル派だけではない。
ついさっきまで「ルーク様」と唱えていたはずの、自分の派閥の者たちまでが──
「な……何が……っ?」
喉が乾き、言葉が掠れる。
唇が震え、声がうわずった。
(そんなはずは……俺は、確かに……王だった……!)
その疑念に止めを刺すように、ベイルが口を開く。
「お前が見ていたのは──すべて、エインが見せていた都合のいい幻だ」
淡々とした口調だった。
だが、そこに怒りも侮蔑もなかった。あったのは、深い哀しみだけだ。
まるで病を患う子に診断を告げる医師のような、優しさと残酷さが入り混じった声音だった。
「お前はエインの支配に、失敗したのだ」
「腕輪の制約を解除した瞬間、エインは腕輪の機能を無効化していた。無論、お前の命令も通らなかった」
ルークの足元から、血の気が引いていく。
膝ががくがくと震え、立っていることさえつらい。
(そ……そんな……いや……確かに、俺は……エインを……)
「自分を操ろうとした相手を放置するほど、エインはお人好しではない」
「お前が支配したつもりになっている間に、あいつは俺のところへ来たよ。『借りを返せ』とな」
ベイルの言葉が、乾いた杭のように一本ずつ心臓へ打ち込まれていく。
「制御装置の盗難を公表すれば、それで全ては終わった。だが──」
彼は一瞬だけ視線を落とし、それから崩れかけたルークを真っ直ぐ見つめて言った。
「俺は、エインに頼んだ。お前の見ている幻覚に、もうしばらく付き合ってやってくれと」
エインが、だるそうな声で口を挟む。
「ナップザック君に付き合うのはめんどくさかったよ。まあ、こっちも得したからいいけどな」
その軽さが、ルークの胸をさらに深く抉った。
自分の野望のすべてが、こいつにとってはただの気まぐれだったのだ。
「なぜだ……なぜなんだ……!」
ルークが掠れた声で叫ぶ。
「完璧に計画を立てて……全てを手に入れたはずだったのに……!」
声が裏返り、やがて子供のような泣き声に変わる。
「それに……なぜ最初から止めなかった!? 知っていたなら、すぐに阻止できたはずだろう!」
ベイルは短く目を伏せ、それから静かに答えた。
「……お前の派閥を取り込むのに時間が必要だったというのもある。だが、それ以上に──」
崩れ落ちそうな弟の姿を見つめながら、彼はかすかに表情を歪めた。
「俺は、信じていたんだ。お前が思いとどまって、改心するのを」
そして、言葉を絞り出すように続ける。
「俺はお前のことが嫌いじゃなかった……ルーク。こんな結末になって、本当に、残念だ」
その一言が、ルークの内側を音もなく砕いた。
ベイルの声に込められていたのは、軽蔑でも怒りでもない。
ただ、憐れみ。哀惜。──そして失望。
勝利の果てに待っていたのは、称賛でも栄光でもなかった。
兄に、哀れまれていた。
慈悲の対象として、見下ろされていた。
それが、ルークにとって何よりも耐え難い現実だった。
◆
数日間だけの、王としての夢。
すべてを手にしたかのような万能感。
──その幻想は、一瞬で霧散した。
現実と幻覚の境界が崩れ、ルークの精神は音を立てて瓦解する。
椅子から滑り落ち、床に崩れたその姿に、もはや王族の威厳の欠片もなかった。
震える手で頭を抱えたまま、彼は現実を受け入れられずにいる。
やがて駆けつけた部下たちに抱えられ、廃人同然となったルークはその場を連れ去られていった。
その背は、見るからに小さく、哀れだった。
生徒たちは、哀れみとも軽蔑ともつかない視線を向けたまま、第二王子の無残な末路を見送る。
そして、やがて一人、また一人と、気まずそうに部屋を後にしていった。
その様子に目もくれず、エインはベイルの前へ手を差し出した。
「で、約束の報酬は?」
呆れたようにため息をつきながらも、ベイルは懐から一通の封筒を取り出す。
「王都の最高級の菓子屋と茶屋の紹介状だ。約束通りな」
エインはそれを受け取り、満足げに頷いた。
「ありがと。いい取引だったよ」
そう言い残すと、彼もまた軽い足取りで部屋を後にする。
残されたベイルは、誰に聞かせるでもなく、静かに呟いた。
「……すまなかった、ルーク」
その声には、深い悲しみが滲んでいた。
政治的には勝った。だが、その裏で弟を破滅へ追いやったという事実が、重い罪悪感となって胸にのしかかっていた。
最後まで信じていたのだ。
いつかは思いとどまり、引き返すのではないかと。
血を分けた弟が、まさかここまで堕ちるとは──。
窓の外には、いつもと変わらぬ学園の風景が広がっている。
穏やかな午後の陽射しが、静かに室内を照らしていた。
だが、この日を境に、学園の権力構図は大きく塗り替えられることになる。
第二王子ルーク・スライ・エルディスの野望は、幻と共に、静かに幕を閉じた。
◆
◇80:名無しの元引きこもり
というわけで支配されてたのはワイじゃなくて第二王子の方です。
以上、報連相の『連』でした~
81:名無しの転生者
えぇ……
82:名無しの転生者
連絡事項がホラー過ぎる
◇83:名無しの元引きこもり
あー付き合うのすごいめんどくさかった
でもこれで晴れて自由の身や
84:名無しの転生者
めんどくさがりの割にはよくやるな
◇85:名無しの元引きこもり
まぁ色々得もしたからな
新しい魔法いっぱい手に入ったのが一番の収穫やわ
86:名無しの転生者
新しい魔法って何?
87:名無しの転生者
急に知らない話が出てきた
◇88:名無しの元引きこもり
それにしても貴族ってみんな秘伝の魔法持ってるもんなんやね、助かったわ
授業も参加しなくていいし、これから早速研究するぞー!
89:名無しの転生者
ん?
90:名無しの転生者
なんとなくわかりかけてきたぞ
91:名無しの転生者
は? 何? 洗脳ついでに秘伝の魔法習得してたの?
92:名無しの転生者
え? 洗脳したのって第二王子の幻覚じゃなかったの?
◇93:名無しの元引きこもり
>>92
それは現実やぞ。第一王子が「第二王子にしばらく付き合え」って依頼したからな。
ちゃんと支配されたフリして、洗脳はしてあげたぞ。
94:名無しの転生者
あーサイコサイコ……
95:名無しの転生者
絶対そういう意味で指示してないだろ
96:名無しの転生者
拡大解釈が過ぎる
◇97:名無しの元引きこもり
そういや報連相の『相』なんやけど、
貴族たちに「家の秘密教えて」って言ったら、秘伝の魔法だけじゃなくて、ようわからんメモとか書類の写しとか、大量に手に入っちゃったんやが。
これ、どうすればええの?
98:名無しの転生者
あーもうめちゃくちゃだよ
99:名無しの転生者
第二王子よりよっぽどエグいことしてて草
100:名無しの転生者
本当に支配されてたほうが万倍マシだったな




