15-3
翌日、俺はさっそく行動を開始した。
校内を歩き回り、敵対派閥の人間が一人になる瞬間を探す。
「……いた。あれは確か、アルジオン家の次男、レイモンド。兄上の派閥に属していたはずだ」
廊下の先で、掲示板を眺めている生徒がいる。周囲に人影はない。
「行け」
俺が短く命じると、エインは手をひらひらと振って答えた。
「はいはい、りょーかい」
そして、そのまますっと歩き出す。
「すみません、ちょっといいですか」
「はい?」
レイモンドが振り返った、その瞬間──
「【精神支配】」
驚くほど静かで、淡々とした声。
それだけで、空気が凍りついた気がした。
レイモンドの表情が一変する。
目の焦点がぼやけ、口元がだらりと緩む。
魂を抜かれたような目をしたまま、彼はその場に突っ立っていた。
「……え?」
あまりのあっけなさに、思わず声が漏れた。
本当に、こんなに簡単に……?
「はい、完了」
エインは無関心な調子でそう言い、気だるげに肩を回した。
「あとはご自由にどうぞ」
俺は慌てて標的に歩み寄り、声をかける。
「き、君。今日から、私──ルーク・スライ・エルディスに仕えるのだ」
「……はい、ルーク様」
機械のような、感情の抜けた返事。
だが、その瞳には確かに俺の命令が刻み込まれていた。
「終わった?」
エインが退屈そうに尋ねる。
「あ、ああ」
「じゃ、帰っていいよ」
エインが手を振ると、レイモンドはふらふらと歩き去っていった。
その足取りは、あまりにも不自然で──まるで操り人形そのものだった。
(恐ろしい……けど……これが、俺の力だ)
脊髄を寒気が貫く。
だが、それ以上に胸を満たしていたのは──快感だった。
誰にも認められなかった俺が、今や学園を支配しようとしている。
兄上でさえ手に入れられなかった、絶対的な力を。
この手に。
◆
◇50:名無しの元引きこもり
第二王子君さぁ……バレるの嫌だからって闇討ちさせるのどうなのよ
誉れがないよ誉れが
51:名無しの転生者
人を洗脳するのに誉れもなにもないだろ
◇52:名無しの元引きこもり
というかさぁ、ぶっちゃけ一人ずつちまちま襲うのめんどいんだよね
もっと効率的にやろうよ王子様
53:名無しの転生者
めっちゃノリノリで草
54:名無しの転生者
自ら業務効率化の提案をするなんて社会人の鑑だね
55:名無しの転生者
つっても目撃者いるんだから闇討ち以外無理だろ
◇56:名無しの元引きこもり
>>55
ああなるほど、じゃあ目撃者ごといっぺんにやれば良いのか
数も稼げるし楽ちんだな!
57:名無しの転生者
発想が第二王子よりひどい
58:名無しの転生者
アサシンからテロリストにランクアップしたな
59:名無しの転生者
悪が悪堕ちするとこうなるのか
◆
その後、俺たちは校内で狩りを続けた。
二人目。三人目。四人目。
標的が増えるたび、俺の胸は異様な高揚感で満たされていった。
これまで俺を相手にしてこなかった貴族たちが、エインの魔法一つで虚ろな目をした人形へと変わる。その光景は、まさに快感だった。
「ルーク様……」
洗脳された貴族が、抑揚のない声で俺に頭を下げる。
つい先ほどまで俺の存在など眼中になかった男が、今は俺の足元にひざまずいている。
(これだ……これこそが、俺の求めていたものだ)
心臓が激しく鼓動していた。
だが同時に、背筋を這い上がる寒気もあった。洗脳された者たちの目は、まるで死人のように生気を失っている。
「次はあいつだ」
震える声で指示を出す。
「はいはい」
エインは相変わらず面倒くさそうに応じた。
自分が何をしているのか、その重大さを本当に分かっているのだろうか。
五人目の洗脳が終わった頃、エインが露骨にうんざりした顔をした。
「なあ、このペースだといつまでかかるんだ? 一人ずつちまちまやってたら日が暮れるぞ。もっと効率的にやれないのか?」
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
「効率的って、どういう……」
「ほら、複数人まとめて洗脳すればいいじゃん。ターゲットが集まってるところを一気にさ」
「そんな大それたこと、できるわけないだろう! 目撃者がいたらどうする!」
「お前が人払いすればいいじゃん」
エインはあっけらかんと答えた。
その軽さに、俺は戦慄する。
「明日はお茶会の日だろ? そこに乱入して、一気にやっちまえば効率的だ」
「そんな……学内の社交の場に、そんなこと……」
思わず言葉に詰まる。
だが、理屈では否定できなかった。あまりにも合理的で、あまりにも手っ取り早い。
(こいつは……俺以上に恐ろしい……)
これまで、自分こそが冷酷な策略家だと思っていた。
だが、目の前の男は違う。
奴にとって人の心を操ることは、道具を使うのと変わらないのだ。
「……本当に、できるのか?」
かすれた声で尋ねると、エインは軽く頷いた。
「大丈夫。前は一人ずつしかできなかったんだけどね、裁判のときに大変だったから範囲でかけられるようにしたんだよ」
その言葉に、背筋へ電流が走った。
(この男は、魔法を改良している……より多くの人間を支配するために……)
恐怖で足が震える。
だが、それ以上に抗いがたい誘惑があった。
一度に十人、二十人を支配できれば、俺の計画は一気に完成する。
「……分かった。明日、カイルのお茶会を利用しよう」
その言葉を口にした瞬間、俺の中で何かが決定的に変わった。
(俺は……俺は一体、何をしようとしているのだ……)
心の奥で、かすかに残っていた良心が悲鳴を上げる。
だが、もう止まれない。王座への欲望が、すべての理性を飲み込んでいく。
俺は悪魔と手を組んだのだ。
そして今、その悪魔と同じ存在になろうとしている。




