15-2
「私の命令を聞きなさい」
俺がそう告げると、エインは露骨に嫌そうな顔をした。
「え、やだよそんなの」
──直後。
「ッ゛……!」
エインの体が跳ねた。喉の奥から濁ったうめきが漏れる。
腕輪の機能が作動し、その肉体に罰を刻んだのだ。
顔に浮かんだのは、紛れもない痛み。
制御装置は、完璧に作動している。
……胸の奥で、高揚感が弾けた。
長年、押し殺してきた感情。
兄の背に隠れ、空気のように扱われ、誰の目にも留まらなかった俺が──今、他者を支配している。
拒絶を力でねじ伏せ、意志を奪い、命令を従わせることができる。
この瞬間こそが、
俺という存在が、初めて“意味”を持った瞬間だった。
「大したことは命じませんよ。あなたの“ご専門”について、少し教えていただきたいだけです」
なるべく穏やかに言ったつもりだった。だが、喉の奥から込み上げてくる笑いを押し殺すのに、少し苦労した。
エインは苦痛に眉をひそめながら、無言のまま俺を睨み返してくる。
だが、もう遅い。こいつには、俺に従う以外の道はない。
この機を逃すわけにはいかなかった。
計画が露見しないように。反抗の芽を摘むように。確実に縛りつけるために。
俺は、命令を重ねていく。
──完璧だ。
ここから始まる。
俺の名が兄の影を裂き、この世界に刻まれる、その第一歩が。
◆
【悲報】元引きこもりワイ、第二王子に支配される
◇1:名無しの元引きこもり
とりあえず報告します
2:名無しの転生者
してる場合か?
3:名無しの転生者
でも報連相ができるのは偉いよ
◇4:名無しの元引きこもり
>>3
ワイは教師という立派な社会人やからね
5:名無しの転生者
立派ではないだろ
6:名無しの転生者
そもそも第二王子って誰だよ
◇7:名無しの元引きこもり
>>6
第二なんだから第一王子の弟に決まってるやろ
何故か腕輪の制御装置持ってて、「命令聞け」って命令してきたわ
8:名無しの転生者
命令の命令って随分ややこしいな
9:名無しの転生者
つまりイッチは第二王子の言いなりってこと?
◇10:名無しの元引きこもり
>>9
まあ、そういうことにはなるな。
11:名無しの転生者
ようするに奴隷ってことやんけ、落ち着いてる場合ちゃうやろ
◇12:名無しの元引きこもり
>>11
まあ、慌ててもしゃあないし、今んとこ実害もないからなぁ
13:名無しの転生者
だとしても自由奪われるの嫌だろ
◇14:名無しの元引きこもり
>>13
いや、体面上は第二王子の個人授業してることになってるんよ。
おかげで授業出なくてよくなったから、むしろめっちゃ自由なんだわ。
支配してくれてありがとう! 第二王子!
15:名無しの転生者
えぇ……
16:名無しの転生者
支配する側とされる側の利害が一致することなんてあるんだ
◆
貴族寮の廊下で、俺たちは兄上と鉢合わせた。
「ルークか……それに、エイン」
兄上の声は、いつものように威厳に満ちていた。
その一言だけで、周囲の生徒たちは何も言われぬまま自然と道を空ける。まるで、それが当然の作法であるかのように。
またか、と思う。
ただそこに立っているだけで場を支配する男。
生まれながらの王──誰もがそう信じて疑わない男。
だからこそ、癪に障る。
「やあベイル。久しぶり」
エインが気楽に手を振った。
俺の“支配下”にあるはずの男は、先ほどとまるで変わらぬ呑気さだった。
こいつは本当に、危機感というものが欠けているのか。
兄上の眉がわずかに動く。
「教師として舞い戻ったとは聞いていたが……随分と、強かなやつだ」
そして、その視線が俺へと移る。
その目は、昔から何一つ変わらない。
王として、兄として、当然のようにすべてを見下ろす眼差し。
「ルークよ。エインと随分と親しそうだな。……何を企んでいる?」
俺は口元に微笑を浮かべた。
もう怯えはしない。今の俺には、“切り札”がある。
「何もありませんよ、兄上」
短く、正確に答える。
兄上は一瞬だけ黙し、それからわずかに顔を曇らせた。
「……そうか」
そのまま何も言わず、背を向けて去っていく。
遠ざかる背中を、俺はじっと見送った。
──あの背を、もうすぐ見下ろす日が来る。
そう思っただけで、腹の底が熱く滾った。
心の奥から、ぞくりとするような悦びがせり上がってくる。
◆
兄上が視界から消えると、エインが気だるげに問いかけてきた。
「で、あんたは俺に何をやらせたいわけ? まさか本気で個人授業してほしいなんて言わないよな」
支配下にあるくせに、まるで緊張感がない。
だが、今の俺にはむしろ好都合だった。
誰かに話したかったのだ──この、完璧な計画を。
「あなたには、敵対派閥の人間を鞍替えさせてほしい。……お得意の精神魔法でね」
静かにそう告げる。
ベイル派、カイル派。そのどちらに手を伸ばすにも、“反則アイテム”が必要だった。
エインは不服そうに眉をひそめた。
「いや別に、精神魔法だけ得意ってわけじゃないんだけどな」
「そう言いながら、誰よりも巧みに使いこなしている。聞いてますよ、あれこれと」
俺は薄く笑う。
そして思い出す。
この男が現れた、あの“運命の入学式”を──
「あなたが入学したとき、好機だと思いました。兄上と因縁を持ったあなたを使えば、奴を蹴落とせると」
あの瞬間に閃いた構想と、そのとき胸を貫いた高揚は、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。
「……兄上があなたに敵意を抱いた直後、私はすぐに接触しました。精神魔法で、無意識に憎悪を煽るよう、ささやかな暗示をかけたのです」
その記憶を語るだけで、自然と笑みがこぼれた。
「セレナとのお茶会に鉢合わせたのも、決闘で兄上が焦ったのも──すべて、私の誘導の結果です。年下の、しかも平民相手に感情的に挑んで苦戦するだけでも、彼の評判は落ちる。ましてや、あなたに敗北したことは想定以上の大戦果でしたよ」
俺は静かに言った。
「……あなたには、感謝しています」
「いや、そんな感謝いらねーよ」
エインは顔をしかめ、露骨に不快感をにじませた。
「つーか、お前も精神魔法使えるなら、最初からベイルだけ洗脳すればいいだろ」
あまりに率直な物言いに、俺の笑みは苦く歪んだ。
「……私の力では、そこまではできません」
それは、認めたくない現実だった。
俺の精神魔法は、せいぜい感情の誘導や微細な暗示が限界だ。
エインのように、“精神そのもの”を握り潰すような規格外の力は持ち合わせていない。
「それに、王族が突然豹変すれば、周囲が放っておくはずがない。詮索されれば、私も終わりです」
(だが、本当の理由は……それだけではない)
心の奥で、暗い熱がじわりと滲む。
(兄上には、正気のまま屈してもらわなければ意味がない。
洗脳された忠誠など、真の勝利ではない。
己の意志で、俺に膝をつく──
その姿を、どうしても見たいのだ)
「だからこそ、あなたが必要なのです」
◆
◇30:名無しの元引きこもり
ヒエ~ッw
第二王子が敵対派閥の人間を洗脳するよう命令してきおったw
外道すぎて草
31:名無しの転生者
ブーメランぶっ刺さってますよ
32:名無しの転生者
まぁ、イッチを支配したらそう使うしかないよね
33:名無しの転生者
政争で使えばガチでチートだしな
◇34:名無しの元引きこもり
ワイはこんなことしたくないのになぁ
でも第一王子が言うんだからしかたないよね
35:名無しの転生者
おっそうだな
36:名無しの転生者
普段から言われなくてもやってるくせに




