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14-3

 昼休みが終わり、訓練場に集まった生徒たちの前へ、満足げな表情を浮かべたエインが現れた。手には、何やら資料らしき紙束を持っている。


 その中で、一人だけ俯いたまま動かない少女がいた。アメリアは午前中の出来事を引きずったまま、ぼんやりと床を見つめている。


「やあ、お前ら。それじゃあ今日は、火魔法の実技カリキュラムを全部終わらせるぞ」


 エインは手元の資料に目を落とし、事務的な口調で読み上げた。


「ええと、まだ残っているのは……【火矢】三百回、【火球】二百回、【爆炎】五十回だ」


 生徒たちの顔が、一斉に土気色になる。毎日練習しても数週間はかかる量を、一日でやれと言っているのだ。


「ちょっと待てよ!」


 一人の生徒がたまらず声を上げた。


「全部って、無茶苦茶だろ! 魔力も時間も足りないよ!」

「そうだよ! そんなの無理に決まってる!」


 当然の反発に、エインは面倒くさそうに答える。


「魔力なら昨日と同じように補給すればいいだろ。時間についても、そのために今朝、効率のいい方法を教えたんじゃないか」


 その言葉に、一人の生徒が震える声で問い返した。


「じゃあ……午前中に【火球】の魔法を教えたのは……」


「そうだよ。このためだよ」


 エインはあっさり認めた。


「明日からは全部の属性のやり方を教えて、魔力補給しながら一日ずつカリキュラムを終わらせるからな。効率的だろ?」


 訓練場が、死んだように静まり返る。


 生徒たちは、午前中の親切な指導がすべて罠だったのだと悟った。絶望が、じわじわと顔に広がっていく。


 その、あまりにも呑気な悪魔の合理性に、生徒たちが顔を歪める中、一人の教師が震えながらも前へ出た。担任のリリィ・ミストだ。


「ま、待ってください、エイン先生! 実技には決められたカリキュラムがあります! こんなに一度に……!」


 必死に制止しようとするリリィに、エインは心底面倒くさそうに返した。


「早く終わるに越したことはないでしょ? それに今でも遅れが出てるんだから、取り戻さないと」


 腕を組み、もっともらしい理屈を並べ立てる。


「で、ですが! 生徒たちも、まだ昨日の疲労が……!」


「それならなおさら早く終わらせた方がいいですね。昨日より魔力の供給速度を上げましょう」


 その提案に、リリィは言葉を失った。


 訓練場に重い沈黙が落ちる。エインの異常な発言に、生徒たちはただ立ち尽くしていた。だが、その沈黙の奥で、怒りと恐怖が静かに膨らみ始めている。


 このままでは、本当に昨日以上の地獄が始まる。

 誰かが、何とかしなければならない。


 そんな切迫した思いが訓練場を支配する中、自然と視線が一人の少女へ向けられた。


「アメリア!」

「お前からも何か言ってくれよ!」

「そうよ、いつものアメリアなら絶対に黙ってないじゃない!」


 クラスメイトたちの期待が、一斉にアメリアへ注がれる。


 その瞬間、彼女の脳裏に記憶が蘇った。みんなの期待を背負って立ち上がり、そして無残に打ち砕かれた、あの屈辱的な瞬間が──


(また……みんなが私に期待して……でも私は……)


 アメリアは口を開こうとした。いつものように、毅然とした声で反論しようとした。


 だが、喉が詰まったように言葉が出てこない。


 午前中のエインとのやり取りが、鮮明によみがえる。完璧に論破され、家の誇りを踏みにじられ、何ひとつ言い返せなかった、あの無力感。


「アメリア?」


 クラスメイトの声が、まるで遠くから聞こえてくるようだった。期待の眼差しが重い。息が苦しい。


「私は……」


 かすれた声が、ようやく漏れる。


 言わなければならない。何か言わなければ。

 でも、何を言っても無駄だと分かっていた。エインの前では、自分の言葉など何の意味も持たない。


 また失敗する。

 また恥をかく。

 また、みんなをがっかりさせる。


 その恐怖が、アメリアを完全に支配した。


「私は、あんたの授業なんか受けたくない……」


 そう呟くと、アメリアは顔を伏せた。訓練場が静まり返る中、追い詰められた彼女は、途切れ途切れの声でリリィに訴える。


「リリィ先生……お願いします……私のクラスを変更してください……」


 その悲痛な訴えに、クラスメイトたちがざわめいた。


「ちょっと待てよ、アメリア!」

「自分だけ逃げるつもりかよ!」

「俺たちを置いて行くのか?」


 アメリアは顔を上げた。クラスメイトたちの冷ややかな視線が突き刺さる。


(違う……私は本来、こんなところにいるはずじゃなかった……)


 ラングフォード家の娘として、もっと上のクラスで学ぶべきだった。優秀な生徒たちと切磋琢磨し、家の誇りを背負って──それなのに、なぜ自分がこんな場所に。


 リリィは困惑した表情を浮かべる。


「え、あの……でも、クラス変更は校長先生の許可が必要で……それに、理由もなしには……」


 申し訳なさそうに言葉を濁すリリィ。その様子を見て、エインが口を挟んだ。


「リリィ先生の言う通りだ。試験の結果でお前はEクラスに配属されたんだぞ。実技をやりたくないからって逃げちゃダメだろ」


 その瞬間、アメリアの中で何かが弾けた。


「そもそも……!」


 声が感情で震えている。


「そもそも、あなたが試験を滅茶苦茶にしたせいで、やり直しになったのが全ての原因じゃない!」


 訓練場の空気が、しん、と凍りついた。


 激昂したアメリアは、もう止まらない。


「あなたのせいで……! あなたさえいなければ、私がこんな……こんな出来損ないの連中と、同じクラスになることなんてなかったのに!」


 瞬間、訓練場の空気が完全に変わった。


 それは、侮蔑だった。

 Eクラスの、他の全生徒に向けられた、あまりにも明確な。


 それまで遠巻きに見ていたクラスメイトたちが、今度はアメリアに軽蔑の視線を向ける。


「……なんだよ、出来損ないって」

「自分が一番偉いとでも思ってんのか?」

「ラングフォード家だからって、調子に乗るなよ」


 突き刺さる敵意の視線。容赦ない囁き。もう味方はどこにもいなかった。


 アメリアの顔が、みるみる青ざめていく。自分が何を言ったのか、ようやく理解し始めたのだ。


(私は……なんてことを……)


 ラングフォード家の誇りと、Eクラスに落とされた屈辱。その二つが絡み合った果てに、彼女の口から飛び出したのは、同じ境遇にいるクラスメイトたちへの侮蔑だった。


 アメリアは唇を強く噛んだ。謝りたい。だが、プライドが邪魔をして、言葉にならない。


 耐えきれなくなった彼女は、その場から逃げるように訓練場を飛び出していく。


「アメリアさん! 待ってください!」


 アメリアが飛び出したのを見て、リリィも衝動的に彼女を追いかけようとする。その背中に、エインの平坦な声が飛んだ。


「授業はどうするんですか?」


 リリィの足が止まる。振り返ると、そこにはエインと、不安そうに自分を見つめる生徒たちがいた。


 その瞳に、一瞬だけ迷いがよぎる。


「……あなたに、任せます」


 上ずった声でそう言い残し、リリィは足早に訓練場を出ていった。


 後に残されたのは、最悪の教師と、彼に取り残された生徒たち。


 希望の逃げ道すら閉ざされ、絶望だけが訓練場に漂っていた。

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