14-1 エインのパーフェクトまほう教室
「最後! アメリア・ラングフォード!」
試験官の朗々とした声が、石造りの訓練場に木霊した。
「はい!」
アメリアは、さながら舞踏会の主役のように、自信に満ちた微笑みを湛えて立ち上がる。蜂蜜色のツインテールが陽光を受けてきらめき、一歩踏み出すたびに優雅な弧を描いた。
訓練場の周囲では、見守る新入生たちがざわめいている。期待に満ちた囁きが、心地よく耳に届く。
「ついに名門ラングフォード家の令嬢の出番ね」
「どれほどの魔法を見せてくださるのかしら」
「さすがは魔術貴族の血筋……」
(そう、これよ。これが本来あるべき私の姿)
賞賛の声に包まれながら、アメリアは訓練場の中央へ進む。足音の一つ一つさえ、自分の価値を証明する記録のように思えた。
「使用する魔法を宣言してください」
試験官の厳粛な指示が響く。今こそ、ラングフォード家の威光を示す時だ。
「ラングフォード家四百年の歴史が誇る、上級攻撃魔法──」
アメリアは胸を張り、誇らしげに声を響かせた。
「【紅蓮槍】を使用いたします!」
その宣言が会場に響き渡った瞬間、空気が変わった。
「まさか、あの【紅蓮槍】を……!」
「ラングフォード家の秘伝魔法か!」
「上級に分類される魔法を、こんなに若くして……?」
驚きと期待、そして緊張が波のように訓練場を満たし、誰もが固唾を呑んで次の瞬間を待ち構える。
(見ていなさい。これが私の力よ)
アメリアは両手を胸の前で組み、魔力を練り上げた。
熱が体中を巡り、炎の魔力が周囲に立ちのぼる。
石床がじり、と音を立てた。
脳裏に術式が浮かぶ。無駄のない、美しい魔法陣。
(完璧……これならいける)
制御は万全。すべての努力が、いま結実する。
「【紅蓮槍】!」
魔法陣がきらめき、空気が弾ける音とともに、眩い炎の槍が形を成し──
ふわり、と。
まるで夢が覚めるように、儚く霧散した。
「……え?」
アメリアの瞳が、理解を拒むように大きく見開かれる。何が起こったのか、脳が処理を拒んでいた。
(嘘……嘘よ、そんな……!)
「も、もう一度!」
声が裏返る。慌てて魔力を練り直し、術式を再構築する。今度こそ。今度こそ。
「【紅蓮槍】!」
──だが、またしても完成のその瞬間に崩壊した。
炎の欠片が虚しく宙に散り、希望とともに消えていく。
「なんで……なんでなの……!?」
三度目。四度目。何度挑戦しても結果は同じだった。呪いでも受けたかのように、魔法は必ず完成の一歩手前で瓦解し、嘲笑うように霧散していく。
ざわめきが、性質を変えていった。
期待という名の熱気は、困惑という冷気へ。困惑はやがて、失望へと変わっていく。
「ラングフォード家って、この程度だったの?」
「期待して損したわ」
「見栄だけの名門ね」
そして──
「出来損ない」
その一言が、アメリアの魂を貫いた。
観衆の視線が、容赦なく彼女に降り注ぐ。
嘲笑の声が耳を裂くように響き、足元の舞台が崩れ落ちていく。
最後の砦だったプライドが、音もなく瓦解した。
「違う……! 私は……」
*
「私はラングフォード家の……!」
その叫びは、現実の闇にまで届いていた気がした。
「はっ!」
アメリアは勢いよく上体を起こす。冷たい寝汗が額を伝い落ち、心臓が胸の奥で荒れ狂っていた。窓の隙間から差し込む月明かりが、おののく横顔を青白く照らしている。
(……また、あの夢……)
◆
その頃、別の寮室では──
トム・ヘイルズが、はっと目を覚ました。
「……あれ?」
頭の中に靄がかかったような感覚があった。今日一日、自分が何をしていたのかが、ぼんやりとしか思い出せない。
「トム! ようやく目ぇ覚ましたな!」
振り返ると、友人たちが心配そうな、それでいてどこか安堵した表情でこちらを見ていた。
「今日はどうしたんだよ。明らかに様子がおかしかったぞ」
「副担に連れ戻されてから、授業ずっと真面目に受けてたし……」
「昼飯のピーマンまで完食してたんだぞ」
その言葉に、トムの顔がみるみる青ざめていく。
「嘘だろ……俺が、そんな……?」
断片的に浮かぶのは、妙に鮮明な映像ばかりだった。
教室で背筋を伸ばして座っている自分。
副担任の言葉に、兵士のように頷いている自分。
そして──普段の自分からは考えられないほど従順で、やる気に満ちた行動の数々。
だが、その記憶には決定的に欠けているものがあった。
行動の記憶はあるのに、その時何を考え、何を感じていたのかが、まるで思い出せない。感情だけが、綺麗に抜き取られていた。
トムの顔から血の気が引く。
あの副担任が、自分の心を操ったのか。
「くそっ……!」
込み上げたのは、純粋な怒りだった。
自分の意思を奪われ、人形みたいに操られていた屈辱。これ以上の侮辱があるだろうか。
「トム、落ち着けって!」
友人が肩を押さえようとするが、トムはその手を振り払った。
「落ち着いてられるか! あいつは……俺の心を……!」
その時、記憶の断片の中から、一つの光景だけが鮮明に蘇った。
午後の実技授業。
誤って放たれた火球が、エインに向かって飛んでいく。
エインが反射的に防御しようとして──その瞬間、腕に嵌められた銀の腕輪が鈍い光を放ち、エインが苦痛に顔を歪めた。
(……あの腕輪……何かある)
怒りが、冷えた復讐心へと変わっていく。
感情に任せて暴れても意味はない。まずは情報収集だ。あの腕輪の正体を突き止めれば、必ず反撃の手段が見つかる。
トムは窓辺に立った。夜空を見上げる横顔には、もはや怒りではなく、冷たい決意が宿っている。
「見てろよ、あの悪魔に思い知らせてやる」
その宣言に、友人たちは言葉を失った。
だが、彼らの目にも同じような光が宿り始めていた。エインの理不尽な「教育」に対する不満は、トムだけのものではなかったのだから。
静かな夜の寮室で、復讐の種が確かに芽を吹いていた。
◆
【悲報】魔法学校の授業、地獄
◇1:名無しの元引きこもり
授業中だけど暇すぎてスレ立てた
助けて、脳が腐る
2:名無しの転生者
ド腐れ野郎が来た
3:名無しの転生者
前にも見たスレだな
4:名無しの転生者
学生ならともかく教師になっといて授業が暇っておかしいだろ
◇5:名無しの元引きこもり
>>4
教師つっても授業は担任がやるからな、元々人員足りてたみたいだからマジで仕事がない
6:名無しの転生者
仕事ないつっても全く無いわけじゃないやろ
社会人なら自分から仕事見つけなさいよ
◇7:名無しの元引きこもり
>>6
一応サボってる生徒連れ戻したり、居残りに付き合ったり、担任のメンタルヘルス改善とかはしたな、それでも暇だが
8:名無しの転生者
ようやってる……のか?
何だよメンタルヘルス改善って
9:名無しの転生者
絶対メンタル悪化させたのお前だろ
10:名無しの転生者
この調子だと前2つもろくなことしてなさそう
◇11:名無しの元引きこもり
つーかマジで暇なんだけど、これから毎日こんな退屈な時間過ごさなアカンのか?
あーあ、うちの生徒たち全員不登校になって授業なくならねぇかな
12:名無しの転生者
教師が絶対言わないこと言ったぞこいつ
13:名無しの転生者
暇ならお前が授業しろよ、知識チートを存分に使え
◇14:名無しの元引きこもり
>>13
確かに!ワイがやればええだけやん!
ついでに授業を早く終わらせれば一石二鳥や!
15:名無しの転生者
こいつがまともな授業できるとは思えないが
16:名無しの転生者
早く終わるのは授業じゃなくて生徒の命じゃないのか?




