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9-2

 代わりに、男たちが同時に武器を構えた──それ自体が、十分すぎる答えだった。


 教授も一歩前へ出て、自然な動作で身構える。


 ……時間稼ぎか、それとも最初から襲撃目的か。どちらにせよ、相手は本気だ。


「フレッド! あなたは自分の身を守ることに集中! 【防壁】を張りなさい!」


「っ……! 【防壁】!」


 慌てて魔力を流し、即席の防壁を展開する。


 これは訓練じゃない。本当に、命がかかっている。


(これで最低限、足手まといにはならない……【防壁】だけは、わりと得意でよかった)


 けれど、それだけじゃ足りない。僕も何かできることを探さなきゃ。攻撃魔法はまだ未熟で、通用しない。けど──一つだけ、使えるかもしれない魔法がある。


「【隠形看破】……!」


 元々は〝カツラ探知〟用にエイン君が開発した、どう考えてもトンチキな魔法だ。だが極めれば、〝隠されているもの〟を視認するという、意外と応用の利く代物でもある。練度はまだ不完全。それでも、魔力を無理やり注ぎ込み、出力だけを引き上げる。


 放たれた魔力が周囲をなぞり、男たちの輪郭に、奇妙な違和感が浮かび上がった。


 ──三人。頭頂部が、やけに光ってる。ズラだ。多い。眩しい。


 ……いや、そんな情報は今どうでもいい。


 さらに意識を集中させる。……来た。装備の輪郭だ。隠していた武器が、はっきり見える。


「教授! 右は弓! 中央二人はナイフ! 左は細剣! 残りは武器なし!」


「……!」


 一瞬、男たちの動きが止まった──ように見えた。


 その瞬間だった。


【水球】(ウォーターボール)!」


 教授が鋭く腕を振る。本来は初級魔法のはずのそれが、異様な速度で空を裂き、硬質な衝撃とともに右端の男の胸元を撃ち抜いた。


 直撃。


 壁に叩きつけられた男は、そのまま動かなくなる。飛び道具は潰した。まず一人。


 だが、それを合図にしたかのように、残った男たちが一斉に動いた。


 そのとき、僕の視界に複数の〝線〟が走る。男たちから、教授へ。


 射線──いや、違う。【看破】が捉えているのは、〝隠している殺意〟そのものだ。


 男たちの眼から、教授の正面へ。側面へ。後ろへ──


 考える暇はなかった。


「【防壁】!」


 反射的に、教授の背後へ障壁を展開する。間に合ってくれ──


 次の瞬間。


 ギィンッ!!


 甲高い衝突音が響き、何かが弾かれた。見えない刃が魔法の壁に跳ね返され、霧散していく。


 ──防げた……けど、今のは……


【看破】に浮かんでいた〝線〟の一本。あれは──教授の背後に伸びていた。


 その線の感触を辿るように、背後の茂みへ視線を向ける。


 いた。葉陰に一人、目だけを光らせて、じっとこちらを窺っている。


 知らず、喉が鳴った。背後に……もう一人。気づかなければ、今ので終わっていた。


 足が一瞬、竦む。だが──今は、僕が教授の背を守らなきゃいけない。怖いなんて言ってる場合じゃない。


「教授、後ろは任せてください!」


「わかったわ! 無理に攻撃しないこと、絶対に!」


 僕は茂みに視線を固定したまま、全身に緊張を張り巡らせる。背後の気配は、こちらを探るように、じっと動かない。


【看破】に映る〝殺意の線〟は、いまも鮮明だった。その存在を隠そうともせず、むしろこちらを縛るように主張している。──だが、それこそが好都合だった。


 構えを崩さず、魔力の流れを保ったまま、わずかに距離を取る。敵は沈黙を保っている。その無音の警戒が、かえって空気を張りつめさせる。


〝殺意の線〟が肌を刺すように迫り、視界の端で神経がじりじりと削られていく。やがて、その気配は建物の裏手へと慎重に引いていった。牽制か、それとも別の策か。


 ……それでいい。これ以上、教授の背を取らせるわけにはいかない。


 視線を前へ戻すと、スザンナ教授は五人の襲撃者を相手に、風のような鋭さで応戦していた。手のひらを軽く振るだけで空気が波打ち、魔法陣すら浮かばぬまま、風の刃や圧縮された水球が次々と放たれていく。


 ……けど、相手も明らかにただの賊じゃない。


 魔法を一度見ただけで陣形を切り替え、片方が囮になり、もう一人が死角を取る。あの動きは偶然じゃない。〝魔法使いとの戦闘〟に、慣れている。


「──ッ、【水矢】!」


 教授の魔法が正確に一人を撃ち抜く。男は呻き声とともに崩れ落ちた。


 それを合図にしたかのように、残る四人が一斉に動き出す。


 ナイフを抜いた一人が素早く身を引き、身体を捻って死角を取る。教授の側面へ、鋭く切り込んでいく。


「【防壁】!」


 僕の魔法が、それより一瞬早く走った。


 ナイフが宙を裂き、透明な壁にぶつかる。甲高い音が響き、刃は弾かれて近くの木に突き刺さった。


 教授は一瞬だけこちらを見やり、すぐに戦線へ意識を戻す。


 ……守れた。だが、気を抜けば一瞬で崩れる。


 僕にできるのは、ただ〝視て〟、そして〝防ぐ〟ことだけ。これが、今の僕の戦い方だ。


【看破】。


 視界に流れ込む情報の洪水が、精密な地図のように敵の位置と意図を示していく。


「【防壁】!」


 教授の死角に走る射線を見つけるたび、僕はその前に魔法を差し込む。


「【防壁】! ……ッ! ああもう、魔力が持たない……!」


 それでも、何とか耐えている。


 だが、それは敵にとっても──相当、目障りな存在ということらしい。


「……っ!」


 一瞬、強い〝線〟が、今度は僕自身に向かって走った。次の瞬間、眼前に何かが飛び出す。石……じゃない。小型の魔道具だ!


「【防壁】!」


 直後、魔道具が破裂し、小さな爆音が弾けた。展開された障壁が正面からの一撃を受け止め──衝撃がこちらにも響く。息が詰まり、身体が強張る。


 僕もまた、敵に狙われる〝標的〟だ。ここで倒れれば、確実に穴が開く。


 再び視界を裂く〝線〟。今度は違う角度からの狙い。


 教授だけじゃない。僕自身も、この戦場の〝駒〟なんだ。


「防いで、繋げる……これが、僕の役割だ!」


 言い聞かせるように、【防壁】をもう一度張る。


 まだ、耐えている。──だが、限界は近い。


 そのとき──


「──はああああああっ!!」


 スザンナ教授が声を張り上げ、両手を大きく広げた。空気が震え、地面が微かに鳴る。圧が収束していく感覚。──上級魔法だ。


 だが、まさにその瞬間だった。


 視界の端で、何かが閃いた。


 紫電──!


「……っ!?」


 稲妻が走り、教授の身体を貫いた。空気が震え、遅れて雷鳴が轟く。


 それは明らかに、遠距離からの狙撃だった。


 僕の【隠形看破】ですら、殺意を捉えられなかった……! それほどまでに遠く、深く、隠れていたというのか。


「そんな……反応できなかった……!」


 理解が遅れて、背筋が凍る。


 ──後方にいた、あの男だ。僕の魔法に気づき、離脱するふりをして距離を取り、感知の網から外れた。教授の大技が来る、その瞬間を狙って──撃った。


 それでも、教授は崩れなかった。


 膝をつきながら、震える声を無理やり絞り出す。


「【奔流乱舞】!!」


 轟音。


 解き放たれた奔流が地を這い、視界を覆う。対応しきれなかった襲撃者二人が水の奔流に呑まれ、抵抗する間もなく吹き飛ばされた。


 ……これで、四人目まで倒した。


 だが、終わりじゃない。


 残るは三人。前方に二人。そして──後方に、あの狙撃手。


「う……ッ……!」


 教授が、片膝をついたまま、ついに動かなくなった。顔色は青白く、手は微かに震え、呼吸も浅い。雷撃と、今の大技。完全に、限界を超えている。


 僕は即座に駆け寄り、【防壁】を展開する。魔力を張り巡らせ、二人を包む。


「教授、しっかり……!」


 声をかけると、彼女はかろうじて片手を振った。


「……少しは……動ける……けど……魔法は……もう……」


 声は弱々しい。だが、その瞳の奥には、まだ折れていない意志が残っていた。


 ──それでも。


 実際に動けるのは、今この場で……僕ひとりだ。


 背筋が、はっきりと冷えた。


 援軍はない。逃げ場もない。けれど──ここで立たなきゃ、終わる。


 前方には三人の敵。狙撃手も合流し、列を成して、じりじりと距離を詰めてくる。殺気が、まっすぐこちらへ伸びてきていた。


 僕の魔力量は、風前の灯だ。


 それでも、ここで崩れるわけにはいかない。


(こんな状況で……エイン君だったら、どうする?)


 記憶が断片的に浮かぶ。記憶消去、ズラ剥き、訓練で自滅、そして逮捕……だめだ、ロクな記憶がない。


 ──けれど、その中で、一つだけ。


 よりにもよって、くだらない記憶だけが鮮やかに蘇った。


「右のお前、ズラだな!」


 考えるより先に、指を差して叫んでいた。


 静寂の中、声だけが妙に澄んだ波紋を描く。


「な、なぜわかった!?」


 右端の男が、思わず声を上げて後ずさった。


 残る二人も、反射的にそちらを見る。


 ──一瞬。


 陣形に、明確なズレが生じた。


 勝機。


 心臓が締めつけられるような緊張の中、僕は目を見開く。


「【防壁開放】!」


 展開していた【防壁】を、無理やり内側へと潰し、そのまま砲弾のように叩き出す。


 ガシャアアァン!


 鋭い衝撃音とともに、右端の敵が吹き飛び、地面へ叩きつけられた。


 エイン君の、あの〝反射する魔法〟を応用した──防御を攻撃に転じる奇策。


 胸が、熱くなる。


 ……戦い方だけじゃない。ハゲ晒しまで真似するなんて。


 流石に、これは恥ずかしい。


 けれど──


 羞恥に浸っている暇は、なかった。


 残った二人が、即座に動く。


 ナイフ使いは構えを変え、フェイント交じりの足運びで間合いを詰める。


 もう一人は魔道具を弾き、次の瞬間──


 閃光と煙が弾け飛んだ。


「っ、視界が──!」


 反射的に腕で顔を覆う。


 だが、煙の向こうで、気配が一気に加速するのを感じた。


「伏せて!」


 鋭く冷たい声が、背後から飛んだ。


 次の瞬間、銀の閃光が風を裂く。


 左手側から駆け込んできた侍女服の女性──イレーネが、その刃で敵のナイフを正確に受け止めた。


「キンッ」という乾いた音が響き、銀の短剣が空気を裂く。そのまま流れるように懐へ踏み込み、逆手の一閃が喉元を正確に掠めた。


 倒れた敵の体から、力が抜けていくのが、はっきりと分かった。


 続けざまに、右側から魔力の奔流が押し寄せる。


「【隆起衝波】!」


 地面が割れ、土塊が隆起する。煙幕の中に潜んでいたもう一人の敵が、そのまま押し流され、激しい音とともに地面へ叩きつけられた。抵抗は、一切なかった。


 そして、立ち昇る土煙を裂いて現れたのは──


「──無様な格好だな、平民」


 第一王子・ベイル。


 堂々とした立ち姿に、迷いは微塵もない。まっすぐな眼差しは、腹立たしいほどの自信に満ちていて──それなのに、なぜか、少しだけ胸が軽くなる。


「……どうして、二人とも……ここに……?」


 肩で息をしながら、ようやく立ち上がる。声だけは、かろうじて出せた。


 ベイルは一瞬だけ視線を逸らし、鼻を鳴らす。


「……勘違いするな。お前達のためじゃない」


 言い切るように続ける。


「俺自身の、王族としての誇りを守るためだ」


 その口調は、いつも通り棘だらけだった。


 ……それでも、その奥に、微かな温度を感じてしまうのは──気のせいだろうか。


 隣で、イレーネは涼しげな顔のまま、血に染まったナイフを無言で拭った。


「セレナ殿下より命を受けました。……あなたを補助せよ、と」


 それだけ告げると、彼女はすぐに視線を周囲へ戻す。次の戦いに備えるように。


 何か言いたかった。けれど、言葉にならなかった。


 ただ、胸の奥に滞っていたものが、ほんの少しだけ──軽くなった気がした。


 そのとき、背後で小さな衣擦れの音がした。


 振り返ると、スザンナ教授がゆっくりと身を起こしていた。顔色はまだ青白いが、その瞳には確かな力が戻っている。


「……最低限の治癒は済ませました。急ぎましょう。時間がありません」


 その言葉に、僕とベイルは無言で頷いた。だが隣にいたイレーネが、小さく息をついて口を開く。


「この場の敵は排除しましたが……私は、あくまで通りすがりの賊を退治しただけという立場です。これ以上行動を共にすれば、セレナ殿下が巻き込まれる恐れがあります。──これにて、失礼を」


 そう言い切った直後、彼女は一瞬だけ視線を横へ走らせた。


「……まだ、賊が一体残っていましたね」


 次の瞬間、手元から放たれたナイフが、ほとんど音も立てず宙を裂く。刃は茂みの陰に潜んでいた黒衣の影を正確に射貫いた。


〝ドサリ〟と鈍い音がして、影が崩れ落ちる。


 それを一瞥すると、イレーネは一礼もせず、そのまま駆け出した。風のように速く、そして静かに──。


 王立裁判所の高い石壁が、目前に迫る。


 入口には警備兵と裁判所の職員たちが整列し、険しい目つきで僕たちの進行を遮った。


「止まりなさい。関係者以外の立ち入りは──」


「俺は、ベイル・ドラン・エルディス。第一王子である」


 静かな名乗りだった。


 その声音に、兵の眉がわずかに動く。ベイルは構わず、さらに一歩前へ出た。


「この裁判に関わる証人として、責任を持って証言に臨む。王族の立ち入りを拒むというのなら」


 視線が、兵たちをまっすぐ射貫く。


「その判断、貴様たちの責に堪えるのか?」


 誰も、すぐには口を開けなかった。


 張りつめた空気の中で、兵たちは顔を見合わせる。やがて一人が小さく頷き、ゆっくりと道を空けた。


 それに倣い、周囲の兵たちも静かに身を引いていく。


 僕たちは、建物の中へと足を踏み入れた。


 冷たい石の廊下。壁に掲げられた重々しい紋章。その横を通り過ぎ、やがて目的の扉が見えてくる。


 僕は深く息を吸い込んだ。

「……行こう」

 そして、その扉に手をかけた。


    ◆


◇970:名無しの元引きこもり

 ……なぁ、そろそろ裁判終わりそうなんやが


 971:名無しの転生者

 ずいぶん早いな


 972:名無しの転生者

 さっき法廷に入場したとか言ったばかりやろ


◇973:名無しの元引きこもり

 いや検察も弁護士も秒で話終わったんや。

 質問も反論もゼロ。ワイは一言もしゃべれへんかったわ。


 974:名無しの転生者

 やっぱ弁護士も敵やんけ!


 975:名無しの弁護士

 つーかフレッド達はまだ来てないの?

 ワイ達が考えた作戦があっても肝心の審判と王子が来ないとどうにもならんのやが


◇976:名無しの元引きこもり

 >>975

 まだや、早く審判と王子連れてきてくれ~


 977:名無しの転生者

 審判の先生はともかく、王子が来るかは怪しいよな


◇978:名無しの元引きこもり

 いやほんま、大丈夫なんかこれ……

 セリヌンティウスも、メロスを待ってるときはこんな気持ちやったんやな……


 979:名無しの転生者

 お前は悪事働いて捕まっただけのメロスだろ


◇980:名無しの元引きこもり

 うわっ、もう裁判長出てきた。

 ペラ紙一枚だけ持ってきてる。


 981:名無しの転生者

 あっ(察し)


 982:名無しの転生者

 まさか……


 983:名無しの転生者

 新元号の発表か!?


 984:名無しの転生者

 つーかこのスレそろそろ落ちそうだし、次立てといてよ


◇985:名無しの元引きこもり

 >>984

 りょ、1000到達したらやっとくわ


 986:名無しの転生者

 他にやることあるだろ


 987:名無しの転生者

 随分と呑気だな


 988:名無しの転生者

 次スレ立てる間に判決食らってそう


◇989:名無しの元引きこもり

 アカン!裁判長が謎の前置き始めた!これもう判決来るやつ!

 埋め立て急いで!あとフレッドも早く来て!


 990:名無しの転生者

 ksk


 991:名無しの転生者

 埋めてる場合か?


◇992:名無しの元引きこもり

 ksk


 993:名無しの転生者

 現実逃避やめろ


 994:名無しの転生者

 ksk


 995:名無しの転生者

 頑張れ!もう少し!


 996:名無しの転生者

 1000なら無罪!


 997:名無しの転生者

 1000なら厳重注意だけで済む


 998:名無しの転生者

 1000なら終身刑でギリ助かる


◇999:名無しの元引きこもり

 1000ならフレッドが間に合う!


 1000:名無しの弁護士

 1000なら死刑!!!


    ◆


「──被告人エインを、死刑に処す」

 扉を開けたまま、僕の手が止まった。

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