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25-1 僕達は天使と悪魔だった

 目を覚ますと、身体が揺れていた。


 背中には硬い床の感触があり、車輪が地面を噛む音と、馬の蹄の音がすぐ近くで聞こえている。


 馬車だ。


 そう理解した瞬間、意識が一気に戻ってきた。


「……っ」


 起き上がろうとして、両手首に重い違和感が走る。


 見下ろすと、手首には金属製の枷がはめられていた。ただの手枷ではない。表面には細かな魔法文字が刻まれており、そこから魔力の流れを押さえつけるような感覚が伝わってくる。


 魔力が、動かしにくい。


 完全に封じられているわけではない。けれど、いつもなら自然に流せるはずの魔力が、細い穴を無理やり通されているように詰まっていた。


 隣を見ると、エイン君も同じように転がされていた。両手には手枷。足も軽く縛られている。首筋を打たれたせいか、まだ目を覚ましていない。


「エイン君」


 返事はない。


「エイン君、起きて」


 肩を揺する。


「うぅ……あと五分……」


「二度寝できる状況じゃないよ」


 もう一度揺すると、エイン君はようやく目を開けた。しばらくぼんやりと天井を眺め、自分の手首を見て、最後に僕を見る。


「おはよう。ここどこ?」


「二人とも、目が覚めたようだな」


 馬車の中には、僕たち以外に帝国兵が二人いた。一人は扉の近く。もう一人は、僕たちの正面に座っている。どちらも腰に剣を帯び、こちらから目を離さない。


「抵抗はするな。命令により、エインを護送する。フレッド、お前は引き渡し対象ではないが、妨害が入らぬよう同時に拘束させてもらった。王国でエインを引き渡した後、お前は解放する」


「王国まで……」


 分かっていた。


 帝国は、僕たちを王国に引き渡すと決めた。皇帝は、帝国を守るためにそう判断したのだ。


 理解はしている。それが、今の帝国にとって一番被害の少ない選択なのだということも分かる。


 けれど、実際に手枷をはめられ、馬車の床に転がされていると、簡単には割り切れなかった。


「その枷は魔力出力を制限する。魔法は使えない。無駄な抵抗は考えるな」


 兵士の言葉に、エイン君が手枷を持ち上げる。


「あ、これ知ってる。裁判の時につけられたやつだ」


「裁判の時?」


「王族殺害未遂で捕まった時のやつ」


 兵士二人の表情が、少しだけ引きつった。


 僕も引きつった。


「エイン君、そういう自己紹介はしなくていいよ」


「でも事実だし」


「事実だから困るんだよ」


 エイン君は気にした様子もなく、手枷を観察している。


「まあ、いいや。二回目だし、なんとかなるだろ」


 そう言うと、エイン君は正面の兵士を見上げた。


「錠を解いてくれ」


 あまりにも自然な声だった。


 お願いではない。

 命令だった。


 そして、兵士は淡々と答えた。


「できない。私は鍵を持っていない」


「……え?」


 エイン君の表情が止まった。


「鍵、持ってないの?」


「持っていない」


「あー……じゃあいいや。あとは黙ってて」


 馬車内に妙な沈黙が落ちた。


 扉側の兵士が、怪訝そうにこちらを見る。


「今のは何だ」


「鍵持ってたら開けてくれるかなって」


「馬鹿かお前は。俺たちがそんなことをするはずがないだろう」


「あー、普通はそうですよね」


 エイン君はしれっと答えた。


 けれど、正面の兵士は、さっきまでと少し様子が違っていた。姿勢も表情も大きくは変わっていない。ただ、こちらへ向けていた警戒の鋭さが、ほんの少しだけ薄れている。


 かかっている。


 エイン君の 【精神支配】(ブレインウォッシュ) だ。


 この手枷は、魔法を完全に封じるものではない。出力は大きく絞られている。けれど、極小の魔法なら通る。


 それは、裁判の時も、今も、見ていた。


 エイン君にできたなら、僕にもできるかもしれない。


 最初に考えたのは、手枷を壊すことだった。


 火を出す。

 風の刃を作る。

 金属を砕く。


 どれも無理だ。この状態で、そんな出力は出せない。無理にやれば、手枷より先に僕の手首が傷つく。


 攻撃魔法は、外側のものを変える魔法だ。火を起こし、風を動かし、物を壊す。当然、それだけの魔力がいる。


 でも、精神魔法は違う。


 だから、エイン君は精神魔法を使った。


 彼は以前、精神魔法は人の認識や意思の向きを変える《《だけ》》の魔法だと言っていた。


 その言い方には抵抗がある。人の意思を変えることを、「だけ」で済ませていいとは思えない。


 それでも、魔法の理屈としては分かる。


 外界を大きく変えるより、人の内側にある意識の向きを、ほんの少し変える。魔法として見れば、それはずっと小さな変化なのかもしれない。


 そう思った瞬間、胸の奥で何かが噛み合った。


 理解できた。


 理解できてしまった。


 僕は息を整える。


【精神支配】(ブレインウォッシュ)


 声は、ほとんど息に近かった。


「鍵は誰が持っていますか」


 僕は尋ねた。


「今は前の馬車にいる護衛隊長が持っている」


「この後、鍵がこちらに来ることは?」


「夜警の交代時に、見張りへ受け渡される」


「あなたの順番はありますか」


「ある。今夜にも回ってくる」


「その時、僕たちの錠を解いてください」


「分かった」


「それまでは、僕たちが話していても異常なしとして扱ってください。必要のない報告もしないでください」


「分かった」


「おー、やるなぁフレッド」


 エイン君が、妙に晴れやかな顔で頷いた。


「これでひとまず安心だな。鍵が来たら逃げよう」


「まだ安心できないよ」


「え?」


「このまま逃げたら、帝国からは脱走犯として追われる。王国から見れば、帝国が僕たちを逃がしたように見える。そうなったら、国王は帝国を裏切り者扱いするかもしれない」


「あー」


 エイン君は、そこでようやく少し考える顔をした。


「じゃあ、帝国が怒られるのか」


「怒られるだけならまだいいよ。支配された人たちを使って、帝国の中でまた誰かが暴れるかもしれない。戦争になるかもしれない」


 言葉にしてから、胸の奥が冷えた。


 戦争。


 その言葉は、もう遠い話ではなかった。


「エクス村だって、また巻き込まれるかもしれない」


 エイン君の表情から、軽さが少しだけ消えた。


 僕たちは前に、一度それを見ている。


 王国と帝国が鉱山を巡って争い、村が兵の拠点にされ、普通に暮らしていた人たちが、当たり前のように巻き込まれた。


 あれが、また起きるかもしれない。


 その結果、どこかの誰かが死ぬかもしれない。


「だから、逃げるだけじゃ駄目なんだ」


 あるいは、逃げられないのかもしれない。


 王国へ着くまでに、僕たちは次の手を決めなければならなかった。


    ◆


200:引きこもり転生者

というわけで、フレッド君と仲直りは無事にできたんですけど、また別の問題が発生しました。


201:名無しの転生者

どういうわけだよ


202:名無しの転生者

なんで友達と仲直りするだけなのにそんなスケールの大きい話に発展するかなぁ


203:名無しの転生者

このお話はセカイ系だった……ってコト?


204:名無しの転生者

結局イッチはどうするつもり?

逃げるの?


205:引きこもり転生者

>>204

このまま逃げる→戦争始まる

このまま護送される→ワイ処刑される


どっちもヤバいので、これからどうすればいいか一緒に考えよう!


206:名無しの転生者

え、素直に処刑されればいいんじゃないの?


207:名無しの転生者

結論出たな、じゃあ議論は終わり! 閉廷! 以上! みんな解散!


208:名無しの転生者

こうしてイッチは世界平和の礎となったのだった。めでたしめでたし。


209:名無しの転生者

よかった。これでかいけつですね。


210:引きこもり転生者

勝手に議論終わらすな! そしてワイを勝手に殺すな!


211:名無しの転生者

でも逃げたらあかんのやろ?


212:名無しの転生者

逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ


213:名無しの転生者

イッチが戦争の火種を産むなら、イッチが死ぬしかないじゃない!


214:名無しの転生者

でも言うほどイッチが死ぬだけで解決するか?


215:名無しの転生者

少なくとも巨悪は斃れるけど


216:名無しの転生者

そらそうやけど国王という小悪党がまだ残ってるやろ。

大体、イッチが死んだとしても国王が馬鹿正直に攻め込まない理由もないやん。

戦力的に圧倒的優位なのに、わざわざ他国に気遣う意味もないからな。


217:名無しの転生者

確かに


218:名無しの転生者

となると、イッチを死なせた上で、更に戦争が起きないように行動せなあかんのか。


219:名無しの転生者

結構難しいな


220:引きこもり転生者

いやワイが死ぬ必要ある?

そもそも、戦争ってどうやって止めるもんなんや?


221:名無しの天才軍師

>>220

それは私が解説しよう!


222:名無しの転生者

>>221

誰だお前は!?


223:名無しの天才軍師

今までの戦績は4003勝! 誰が呼んだか天才軍師! それがワイや!


224:引きこもり転生者

お、王国軍追い出すときに色々教えてもらった軍師ニキやん


225:名無しの転生者

4千回も戦争勝てるとかすごそう


226:名無しの転生者

>>223

いや、それただの変換ミスで正確には四戦三勝だからね。

しかもこいつ、チート頼りの勝ち方で大した知識持ってないからな


227:名無しの天才軍師

>>226

大した知識も持ってるよ!

前回あんま役立てなくて反省したから、ちょっとだけ勉強してきたんや!


228:名無しの転生者

ほーん、なら存分に語ってもらおうやないか


229:名無しの天才軍師

ええか? 戦争を止めたいなら、


・攻めるメリットをなくす。

・攻めるデメリットを増やす。


この二つが重要や。


230:引きこもり転生者

なるほど


231:名無しの転生者

それで続きは?


232:名無しの天才軍師

いや、これで終わりだけど


233:名無しの転生者

は?


234:名無しの転生者

全然大したこと言ってねーな


235:名無しの転生者

期待させといてそれかよ


236:名無しの転生者

もしかして、お前の言う「ちょっと勉強」ってそれだけ?


237:名無しの天才軍師

うん。頑張って参考書読んだんだけど、ワイ活字苦手だから最初の数行でダウンしちゃった。


238:名無しの転生者

あのさぁ……


239:名無しの転生者

もっと詳しいやつはおらんのか!?


240:名無しの転生者

>>229

まぁ、言ってることは間違いないんだけどね。

敵国が資源を欲しくて攻めてくるなら、その資源を焼いちゃえばいいし、敵国が核兵器を使うなら、こっちも核兵器をちらつかせればいい。

戦争の基本よね。


241:名無しの転生者

相互確証破壊ってやつか


242:名無しの転生者

そもそも、素人が戦争に介入しようとしても複雑な作戦なんて取れないからね。

最初に軍師ニキが言ってたことも、シンプルで十分理にかなってるし、それを元に作戦考えるしかないんじゃない?


243:引きこもり転生者

りょ。

フレッド君にもそこら辺伝えて一緒に考えてみるわ。



    ◆



315:引きこもり転生者

なんかフレッドくんが作戦思いついたって

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