23-7
光は一瞬だった。けれど、それを見た者の目には確かに残っていた。
エインの言葉。奇妙な呪文。国王の過剰な反応。そして今の、説明のつかない光。
会場に広がっていたざわめきは、少しずつ方向を持ち始め、やがてすべての視線が王族観覧区画へ集まっていく。
その中で、代表席の方から足音がした。
歩み出たのは、第一王子・ベイルだった。
「父上」
低く呼びかける声に、王族観覧区画の近衛兵が動きかける。だが、ベイルは視線だけでそれを制し、父王の前まで歩み出た。
「今の話は、本当なのですか」
「ベイル。今は下がっていろ」
「答えてください」
ベイルは退かなかった。
「【啓導の光輪】に支配術式が組み込まれているという話。対抗戦を利用して、国外へ術式を広げようとしていたという話。すべて、事実なのですか」
「くだらん妄言だ」
国王は即座に言い切った。
しかし、その口元が不自然に震えた。
唇を結ぼうとしているのに、声だけが勝手に続いていく。
「……とでも言うと思ったか?」
「父上!?」
ベイルの声が鋭く響いた。
国王は目を見開き、自分の口を押さえようとした。だが、言葉は止まらない。
「全てはステイン。いや、もう正体はわかっている。エインの言う通りだ。やっと能天気なお前たちでも飲み込めたようだな」
会場が静まり返った。
宰相の顔色が変わり、近衛兵たちが一斉に国王を見上げる。国王自身もまた、自分の口から出た言葉に驚いたように目を見開いていた。
だが、止まらない。
「こんな対抗戦には何の未練もない。周辺国の学生が集まることが分かっていたからこそ、この対抗戦を利用したのだ」
「陛下!」
宰相が叫ぶ。
それでも国王の口は動き続けた。
「我の狙いは、全世界をエルディスの名の下に支配することなのだからな」
帝国の代表団がどよめいた。
聖教国・共和国の関係者たちも互いの顔を見合わせる。王国側の人間でさえ、誰一人として国王を擁護する言葉を出せなかった。
国王は自分の口を押さえようとする。だが、声は指の隙間から響いた。
「建国当時から代々引き継がれてきた秘匿式を維持し、利用することで着々と支配を進める。それが、我の、エルディス王家の秘密の計画なのだよ」
ベイルの表情が強張る。
それでも国王は、抵抗するように肩を震わせながら、隠していた言葉を吐き出し続けた。
「支配を外国に広めるためとはいえ、外国に魔法陣を設置するわけにはいかんからな。確実に支配するために、こんな対抗戦まで開催させて、この国まで呼び寄せたのだ」
会場の空気が、一段重くなる。
対抗戦を見に来たはずの者たちの顔から、観客の色が消えていった。
「【啓導の光輪】が魔法を学ぶ者としての誓いなどと、その気になっていたお前たちの姿はお笑いだったぜ」
国王の口元が吊り上がる。
「ステインの言う通り、既に全人類に術式がかけられているとすれば──」
国王は両腕を広げた。
「──我の敵はもはや一人もおらん! 北の帝国はもちろん、東の聖教国も、西の共和国も訳なく支配でき、我とエルディス王国の名は、永遠に不滅になるというわけだ!!」
高笑いが響いた。
誰も笑わなかった。
王族観覧区画で、国王だけが笑っている。
その前で、エインが首を傾げた。
「え、国王も俺と同じで、世界から争いをなくそうとしてたんじゃないのか?」
国王の笑みが止まる。
髪の光は、まだ消えない。
「エインよ」
「はい」
「お前には感謝している」
「感謝?」
「最初は、王家の秘密を暴く厄介者だと思っていた。だが、結果として、お前は我ら王家の計画を一気に進めてくれた」
国王の口元が歪んだ。
「こうなるのなら、わざわざセレスなどという娼婦を娶ることも、セレナという汚れた落胤を産ませる必要もなかったものを」
観客席の一角で、第四王女・セレナが息を呑んだ。
彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
「……どういうことですか」
その声は小さかった。
けれど、震えてはいなかった。
「母様と、私の名前が、どうして出てくるのですか」
だが、国王の口はなおも止まらない。
「教えてやろう。【啓導の光輪】の支配術式には、もう一つの機能がある」
国王は、セレナへ視線を向けた。
「それは、支配を子孫に引き継ぐ呪いの機能だ」
セレナの指が、胸元のブローチに触れる。
その仕草を見た国王は、満足げに目を細めた。
「王家が国外への支配を確実なものとするために、この継承機能は設計された。だが、血筋に紐づいた術式は、同じ血筋の血でなければ維持できん。術式の補強には、王家の血が要る」
「……王家の、血」
「セレナ。お前は既に気づいているようだが、お前と、その母セレス・フォンメリアは、過去に分かたれた王家の血を引いている」
セレナの手が、ブローチを握る。
「そのブローチが証明だ。古い王家の紋が、そこには隠されている。だからこそ、我はフォンメリアを見つけた。そして、娶った」
国王は、淡々と告げた。
「愛情ではない。王妃として迎えるためでもない。【啓導の光輪】の術式を維持する血を得るためだ。そして、お前を産ませた」
セレナの顔から、血の気が引いていく。
それでも彼女は倒れなかった。ただ、胸元のブローチを握りしめたまま、国王から目を逸らさない。
「そしていい知らせだ、セレナ」
国王は、残酷なほど軽い声で言った。
「セレスは馬車の事故で死んだことになっている。だが、実際には死んでおらん」
セレナの目が見開かれる。
「お母様が……生きて……?」
「そうだ。王城の地下でな」
国王は笑った。
「術式維持のための血液タンクとして、今も役に立っている。お前も、そのために育ててきたのだ」
セレナの指から力が抜けた。
ブローチを握っていた手が、ゆっくりと落ちる。唇がわずかに動いたが、声にはならない。
「いや、結局はエインのおかげでその必要もなくなったのだったな。たった一つの使い道もなくなるとは、なんと無能で、哀れな母娘よ」
彼女はその場に立っていた。
立っているだけだった。
「……お母様は、今も、お城に」
ベイルが、震える声で言う。
「父上……あなたは……」
その先は、言葉にならなかった。
エインは、国王の話を聞き終えて、一歩後ろへ引いた。
「な、なんて倫理観のないやつなんだ……」
国王の目が、エインへ向いた。
口を閉じようとしていた。だが、閉じられなかった。
「倫理観とは、なんとも耳に痛い言葉よな」
国王は、自嘲するように笑った。
「ならば最後に、我が隠していた最大の秘密を語ろう」
「我は、カツラである」
沈黙が落ちた。
国王だけが、誇らしげに胸を張る。
「最初は、誰にでもあることだと思っていた。枕に残る数本の髪。湯浴みの後、排水口に絡まる細い毛。朝の整髪で、櫛に引っかかる頼りない一本。我はそれらを、季節の変わり目だと信じた」
国王は、遠い目をした。
「だが、季節は巡っても、髪は戻らなかった。春が来ても芽吹かず、夏の日差しは頭皮を焼き、秋風は残る兵をさらい、冬には王冠の冷たさが直に染みた」
誰も、何も言えなかった。
「王国の国境線は守れた。反乱も鎮めた。政敵も退けた。だが、額の戦線だけは守れなかったのだ」
国王は拳を握った。
「ある朝、王冠を外した時、我は悟った。そこには、王冠の形に沿って失われた領土があった。もはや、地図を書き換えるしかなかった」
宰相が顔を覆った。
「そこでカルヴァン・ルミナスに命じた。王権の威信を守る、究極の防衛魔道具を作れとな」
国王は、自らの髪を指した。
「それが、ルミナス家が技術の粋を集めて作成したカツラ、『黄金の護り』だ。見てみろ! これは実に素晴らしい!」
国王の手が、王冠の下へ伸びる。
宰相が止めようとした。だが、間に合わない。
国王は自らの髪をつかみ、そのまま上へ持ち上げた。
王冠ごと、国王の髪が外れた。
あまりにも自然に外れた。
その下から現れた頭部は、眩しいほど滑らかだった。
誰も声を出さない。
それと同時に、カツラに宿っていた光が、ふっと消える。
国王の動きが止まった。
しばらく、国王は動かなかった。
次の瞬間、彼は我に返ったように周囲を見渡した。
「……何を」
手には、外れたカツラ。
正面には、愕然としたベイル。
観客席には、言葉を失ったセレナ。
帝国、聖教国、共和国、王国の関係者たちが、国王を凝視している。
国王は、自分が何を喋ったのかを理解した。どこまで暴露されたのかを悟った。
その表情が、みるみるうちに歪んでいく。
国王は、外れたカツラを握りしめる。
その目が、ゆっくりと会場を見渡した。
恥辱でも、狼狽でもない。
何かが、国王の中で決まった顔だった。
「だが、よい。ならば計画を始めさせてもらう」
「父上、何を──」
「本来ならば、周辺国の要人を段階的に掌握し、慎重に支配を広げる予定だった。だが、エインよ。お前が術式を広げ、全てを繋いだ。ならば、もはや待つ理由はない」
国王は、会場を見下ろした。
そして、命じる。
『人類よ、我に従え』




