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菓子店を離れたあとも、二人はそのまま王都を歩いていた。気になった店先を冷やかし、取り留めのないことを話しているうちに、空の色も少しずつやわらいでいく。
そうして賑やかな大通りを外れ、人の少ない坂道を上っていった先に、王都を一望できる小高い広場があった。
広場の端からは、夕日に染まりはじめた街並みが広がっていた。赤い屋根の連なりも、遠くに立つ塔も、淡い金色の光をまとっている。
けれど、そこで真っ先に目についたのは、景色そのものよりも、広場に集まっている人々の方だった。
「なんか、ここ、やたらカップル多くないか?」
「たしかに、どこもかしこも甘い雰囲気ですね……」
広場のあちこちで、若い男女が肩を寄せ合うように立っている。並んで景色を眺めている者もいれば、すでに手をつないでいる者もいた。
エインはたまたま近くを通りかかった一組に、気軽な調子で声をかけた。
「すみませーん、ここってどういう場所なんですかー?」
「君たち、知らないでここに来たのかい? ここは『恋人の見晴らし広場』って呼ばれていて、王都では有名なデートスポットなんだ」
「夕暮れに手をつないだ恋人は、末永く結ばれるって噂なんですって」
二人はそう言って、ぎゅっと手を握り直した。そのまま幸せそうに笑い合いながら、並んで去っていく。
去っていく二人の後ろ姿を見送っているうちに、重ねられた手だけが妙に目に残った。
「はえー、それでカップルがこんなに……」
セレナも広場を見渡し、そっと周囲へ視線を巡らせた。
「そういえば、皆さん手をつないでいらっしゃいますね」
言われてみれば、その光景は広場のあちこちにあった。並んで立つだけではなく、指を絡めるようにして夕景を眺めている恋人たちまでいる。
エインは少しだけ眉を寄せて、周囲の恋人たちと自分たちを見比べた。
「……なんか俺たち、場違いじゃない?」
セレナは自分たちの間にあるわずかな距離を見下ろしてから、小さくうなずく。
「ええ。皆さん手をつないでいますし、『友達』として来ているのは、私たちだけみたいですね」
少しだけ考えるような間があってから、エインは何か思いついたように顔を上げた。
「それじゃあ――はい」
エインはそう言って、セレナへ手を差し出した。
あまりに自然な動作だったので、セレナは一瞬だけ目を見開く。
「え?」
エインは差し出したままの手を軽く揺らした。
「ほら、カフェの時の続き。また恋人のふりをした方がいい気がして……」
差し出された手を、セレナはしばらく見つめていた。昼間、市場へ向かう途中とどこかよく似た形だった。けれど今は、指先だけがわずかに止まる。
少しだけ間を置いてから、セレナは静かにうなずいた。
「……ええ、そうした方がよさそうですね」
そう言って、セレナはそっとその手を取った。
指が触れ合った瞬間、二人とも一瞬だけ動きが止まる。
それでも手は離れず、そのまま広場の端まで歩いていった。
夕日が二人の間に差し込み、その輪郭をやわらかく縁取る。広場を渡る風は、昼間より少しだけ冷たかった。
しばらく、二人は黙ったまま景色を眺めていた。
「王都って、上から見るとこんなにでかかったんだな。すげー迫力」
先に口を開いたのはエインだった。感心したように、夕焼けの下に広がる街並みを見渡している。
「ええ。いつもは道やお店ばかり見ていますから、こうして街全体を見ることなんて、あまりありませんもの」
見下ろした王都は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かに見えた。赤い屋根の列は夕日に撫でられてやわらかく霞み、遠くの塔は薄い金色の空に影のように浮かんでいる。
通りにはぽつぽつと灯りがともりはじめていて、いつも歩いているはずの街が、まるで知らない場所みたいだった。
しばらく、二人は並んだまま夕景を眺めていた。
「本当に、綺麗な景色……またこうして見に来たいです」
その言葉は、ほとんど間を置かずにこぼれた。
「えっ」
「……あっ」
そう口にしてから、その願いが何を意味するのか、自分でも遅れて気づいたようだった。
「つまり、また恋人のふりをして見に来たいの?」
エインは軽い調子のままそう言ったが、セレナの返事を待つあいだだけ、視線を外さなかった。
セレナはすぐには答えなかった。ただ、つないだ手を見下ろしてから、ゆっくりと視線を上げる。
「はい。こうして、あなたと手をつないで」
エインはすぐには何も言わなかった。
ただ、つないだ手を一度だけ見下ろしてから、その手をやわらかく握り直した。
その動きに応えるように、セレナもまた、重ねた指先へそっと力を返す。
ただそれだけのことなのに、さっきまでより少しだけ近くなった体温が、つないだ手を通して静かに伝わってきた。
その時だった。
背後で、こつん、と小さな物音がした。
つないだ手に残っていた熱が、その小さな音ひとつでふっと途切れる。
二人が同時に振り返った。
そこに立っていたのは、長身の礼服姿の男と、メイド服を着た少女だった。
どちらが音を立てたのかは、わからない。
「フレッド!」
「ち、違います! 僕……じゃなかった私はフレッドじゃありません! フリーダです!」
「そうです。こんな可愛い子が男の子のはずがありません」
「イレーネ! あなたもこんなところでどうしたの?」
「……人違いです、殿下。私はイレオンです」
「そ、そうです! 彼は地方貴族のイレオン様で、私は彼にお仕えしていまして……」
「もう、二人とも無理がありますわね。私が家族の顔を見間違えるとでも言うのかしら? ねぇ、イレーネ?」
「そうだよ、フレッド。俺が親友の顔を見間違えるはずないじゃないか。というか、二人ともどうしてこんなところに──」
「ちょっと、エインさん」
セレナはエインの袖を引き、ぐいと自分の方へ寄せた。
そのまま耳元で、こしょこしょと囁く。
「……なるほど。そういうことか」
「ええ、そういうことです」
エインはセレナと顔を見合わせた。二人とも、やけに満足そうな顔をしている。
「……あー、イレーネさん。フレッドは本当に出来た男ですから、大切にしてやってください」
「フレッドさんも、イレーネは私の大切な家族ですから、泣かせたりしたら許しませんよ?」
「いや違うから! 二人とも勘違いしないで! そういう関係じゃないから!」
「うんうん。そうだよね、二人は恋人同士なんかじゃないもんね。わかったわかった」
「ええ、そういうことにしておきましょうか」
「絶対わかってないよ……」
「あっ、そうだ。フレッド、知ってたか? ここは恋人の見晴らし広場と言って、王都では定番のデートスポットらしいぜ」
「夕暮れに手をつないだ恋人は、末永く結ばれるって噂で有名らしいです」
フレッドは半眼になって、二人のつないだ手を見下ろした。
「……じゃあ、まさに今手をつないでいる君たちは恋人同士だって言うのかい?」
「もう、フレッドさんったら。私たちまでそんなふうに見られてしまいますわ。私たちはただ、周りに合わせているだけの友達同士ですのに」
「そうそう。勘違いするなよ。俺たちは恋人のふりをしてるだけだって」
エインは呆れたように言って、つないだ手を示すように軽く持ち上げた。
「イレーネも、ちゃんとフレッドさんの手を握ってあげてください。せっかくあなたの趣味に付き合ってくれる人が現れたんだから、大切にしてあげて」
「趣味?」
「殿下、それは……」
「あら、気づかれていないと思っていたの? あなた、私が出かけようとするたびに『安全のための変装』を口実にして、毎回メイド服を着せたがるじゃない。変装するだけなら別の服でもいいはずなのに、どう考えてもあなたの趣味でしょう?」
しばらくの間、誰も何も言わなかった。
フレッドは一度、自分のスカートの裾を見下ろした。
それから、ゆっくりとイレーネの礼服姿へ目を向ける。
「あの、イレーネさん? 趣味ってどういうことですか? というか、昼間のアレもなんだったんですか?」
イレーネは何も答えなかった。
ただ、無表情のまま、ほんのわずかに頬だけを染めた。
「いや、そこで黙らないでくださいよ!」




