九話 ロベルトの想い
(ロベルト様……騎士団の皆様……)
はしゃいでいた自分のことが、アリアは急に恥ずかしくなってしまった。
そもそもワガママを通してここまで来てしまったこと自体が褒められるものではない。
(私ったらなんて軽率な真似をしてしまったの……! えいっえいっ、反省しなさいアリアベル!)
ぺしぺし自分の頬を叩いてアリアは思いっきり自省する。
そんな最中にも、ロベルトはオスカーと真面目な顔で話し合いを続けていた。
「しかし、こうなってくるとドラゴンを早急に片付ける必要があるな。まだ人手は集まらないのか」
「そりゃそうですよ。騎士団長クラスなんて滅多にいるもんじゃありませんから」
オスカーは投げやりに言う。
「王都を拠点にするA級冒険者たちに声を掛けていますが、どいつもこいつも別件で出払っています。他の騎士団長も多忙で留守。規定の人数が集まるまで、もう少し時間がかかるでしょうね」
「ちっ……第一騎士団の総力を挙げれば、討ち取ることなど造作もないというに」
「仕方ないっすよ。規則は規則ですから」
肩を落としたロベルトのことを、オスカーがぽんっと叩いて励ました。
どうも話を要約すると、彼らが山のドラゴンを退治できないのには理由があるらしい。
この世には多種多様な魔物がおり、そのほとんどが危険度に応じてランク分けされている。
今回山に棲み着いたというドラゴンはA級に分類される獰猛な魔物だ。
そしてそのA級を討伐するには多くの協力者が不可欠となる。人員を集めない限りは討伐許可が下りないのだ。
人的被害を減らす策なのだろう。
人命が絡めば人員が少なくても討伐許可が出るそうだが、今のところ街道を通る馬車を襲うだけなので関所を封鎖すれば済む。よって、手をこまねいているというのが現状らしい。
(お国の仕事って、しがらみが多くて大変なのね)
アリアはしみじみとため息をこぼす。
ロベルトも思うところがあるのか、顔を覆ってうな垂れてしまう。
「ドラゴンが片付かねば家にも帰れない。俺は早く……」
懐からそっと取り出したのはアリアの写真で。
ロベルトは跪き、その写真を天に掲げて祈るように続けた。
「アリアにひと目会いたい。声が聞きたい。手を握りたい。同じ空気を吸いたいというのに……!」
「あはは。毎日言ってますね、それ」
オスカーは雑な笑顔を向ける。
囚われていた人々が『あの騎士様どうしたんだろう……』という目で騎士団長の奇行を見守るが、他の騎士たちは特に取り立てることなくしれっとしていた。
どうやら、彼が取り乱すのは日常茶飯事らしい。
ロベルトはオスカーに掴みかかり、血走った目で凄む。
「新婚なのにもう一ヶ月も会えていないんだぞ……! おまえにこの苦しみが分かるのか!?」
「だって俺独身ですし、分かりっこないっすよ。そもそも仕事で忙しいことなんて、結婚する前から分かってた話でしょ」
「それは、そうだが……!」
ロベルトはがっくりと肩を落としてしまう。
「結婚できればそれだけで幸せだと思っていたんだ。だが、結婚したらしたらで、もっと彼女のことを知りたいし、一緒にいたい……欲望が溢れて止めどないんだ……」
「仕事人間だったころの団長に今の姿を見せてやりたいっすねえ。ほんっと奥様が大好きなんだから」
「当たり前だろう。だから結婚したんだ」
「パーティで水をもらっただけで?」
「何度も言わせるな。あれはただの水ではなかった!」
あからさまにニヤつくオスカーに、ロベルトはイラッとしたように声を荒らげる。
アリアは物陰からこっそりツッコミを入れる。
(いえ、ただのお水でしたよ……)
そんな思いも届くことなく、ロベルトは険しい顔で腕を組む。
「おまえは知っているだろう。騎士団長として人脈作りが大事なのは理解しているが……俺はああしたパーティが好かん」
「存じ上げていますよ。笑顔で愛想よくしてるのが苦手なんでしょ」
「ああ。だが、身内以外に見抜かれたことはなかった。あのときまではな」
長年にわたる鍛錬の賜物で、ポーカーフェイスは慣れたものだった。
だからあのパーティに顔を出したときも、さる重要事件を追っている最中で疲弊がピークに達していたものの、ご令嬢たちを笑顔であしらうことができていた。
そこに、アリアが水を差し出したらしい。
『お疲れのように見えたから』
その瞬間、ロベルトは雷に打たれたような衝撃を受けたという。
「見抜いたのはアリアが初めてだった。あのときの驚きといったらなかったな」
「はあ。でもそれ、ただの偶然かもしれませんよ?」
「それでもかまわない。それならそれで、俺を気遣ったことは、彼女にとっていたって普通のことだったという証明になる」
ロベルトはふっと微笑んで、遠い目をして空を眺める。
「アリアは優しい。それでいて強い。だからこそ、俺は恋に落ちたんだ」
「あはは、団長ってばほんとに変わりましたよねえ」
オスカーがからからと笑い、他の者たちも忍び笑いを漏らす。
(そうだったのね……)
まとうオーラが荒れていたから、ひと目見ただけで疲れているのが分かった。
だからお節介だと分かっていても、ついつい水を届けてしまった。
ただそれだけ。
ただそれだけのことが、ふたりの人生を変えたのだった。
彼の本心が知れて、アリアは思わず胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。
そこでオスカーはいたずらっぽい笑みを浮かべて続ける。
「どうっすか、団長。奥様に会いたいですか?」
「無論だ。ひと目会えたらこの命を差し出しても構わない」
「いや、死なれても困るんですけど……そこまで言うなら、会いに行けばいいじゃないっすか」
真顔でうなずくロベルトに、オスカーはあっさりと言ってのける。
「ここ一週間ほどドラゴンの目撃例もありませんし。ちょっと家に帰るくらい許されますよ」
「……だがしかし、ここ以外の仕事も山積みだ。俺が現場を離れるわけにはいかんだろう」
「大丈夫ですよ。ねえ、みんな」
オスカーが他の騎士たちに呼びかける。
忙しく動き回っていた彼らは顔を見合わせ、同じような笑みを浮かべて口々に言う。
「そうそう。ここは俺たちに任せて帰ってください」
「惚気を聞かされ続けるのにも飽きてきましたしね」
「し、しかし、もしものことがあったら――」
「懐かしいなあ、オレも結婚したころ仕事が忙しくてよ。久々に帰ったらいつの間にか嫁が実家に戻っちまってて、連れ戻すのに半年もかかってなあ……」
「そこまで言われたら帰るしかないな! うむ!」
眼帯の壮年騎士が遠い目をして語ったのが効いたのか、ロベルトは勢いよく帰宅を決めた。
周囲の騎士たちはホッとした様子で目配せし合う。
みなロベルトを思って団結してくれたらしい。上司思いのいい部下たちだ。ロベルトがどれだけ慕われているのかがよく分かる。
とはいえ、それをこっそり見ていたアリアは気が気でなかった。
(ロベルト様がお帰りになるですって……!? あわわわわっ! 私も早く戻って着替えないと!)
万が一にも不在がバレれば大変なことになる。
可及的速やかに離れに戻り、複製体を消して、この服をどこかに隠す必要がある。
ロベルトはオスカーに何やら引き継ぎの指示を出している。
行動するなら今のうちだった。
「よし、今から急いで……っ!?」
アリアが茂みの影で半歩下がった、そのときだった。
グルオオオオオオオオオ!
これまで聞いたこともないような途轍もない大咆哮が、天空より降り注いだ。




