八話 騎士団長の職務
この国の王都は海沿いの都市と、近接するいくつかの街で構成されている。
南側には大海原が、北側にはいくつかの山が広がっており、港と街道が整備されていてアクセス良好。いくつもある関所は常に商人や冒険者、その他大勢の人々で賑わっている。
ただし、それも非常時には制限がかかる。
今日は王都の北西に位置する第三関所がそうだった。
山を越える街道に続いており、流通の要として知れている。
今、その門扉は固く閉ざされ、鎧をまとった騎士たちが数多く詰めていた。
そこに王都の方から一台の荷馬車がやって来る。
御者はひとりで、商人らしき中年男だ。荷車部分は窓ひとつなく中が見えないが、荷物がかなり多いらしく、馬二頭でやっと引けているような有様だった。
「おっと、そこの馬車。止まってくださーい」
馬車を大声で制止したのは、金髪の青年だった。
鎧を身にまとい、腰には剣を提げている。剣と鎧には盾をモチーフにした紋章が輝き、彼が王国騎士団所属であることを示していた。
商人は馬を止め、訝しげに青年騎士を睨む。
「なんでしょうか、騎士様」
「商人ギルドから聞いてません? 今この関所は通行止めなんですよ」
青年騎士はへらへらと笑いながら頭を下げる。
「第四、もしくは第五関所へ迂回してください」
「そりゃ困る! 急ぎの商品なんだ。早く届けないとお客様を怒らせちまう」
「そう言われましてもねえ」
青年騎士は関所の背後にそびえる山を示して続ける。
「この先の山にドラゴンが住み着いたんです。しかも色は銀。襲われちゃひとたまりもないでしょ? 命あっての物種ですよ」
「そんなものあんたらが退治してくれればいいだけの話だろう! なにをちんたらやっているんだ! この税金泥棒どもが!」
「いやあ、耳の痛い話で」
青年騎士は頬をかいて苦笑する。しかし頑として馬車の前から退こうとはしなかった。飄々とした笑顔のまま、商人の罵詈雑言をさらりと流し続けている。
その背後から、ざっと静かな足音が響いた。
「何をグズグズしているんだ、オスカー」
「あっ、団長。お疲れ様でーす」
「は……ひいっ!?」
青年騎士が軽く片手を上げ、商人は振り返った瞬間にくぐもった悲鳴を絞り出した。
そこにいたのはロベルトだ。銀の鎧で全身を覆い、外套をはためかせて立つその姿はいつにも増して威圧感が凄まじい。
おまけにその形相はひどく険しく、鷹のような眼光を放っていた。子供なら一発で泣いていたことだろう。
商人は見るも分かりやすくうろたえる。
「そ、その鎧と黒髪……あんた、まさか騎士団長のロベルトか!?」
「いかにも」
ロベルトは大股で商人の前まで歩み寄り、その鼻先に人差し指を突きつけて凄みを利かせる。
「いいか、一度しか言わんからよく聞け。下劣な犯罪者風情が、俺たちの仕事を邪魔するな」
「なっ……!?」
商人は色をなくすが、ロベルトはおかまいなしでまくし立てた。
「そもそも貴様らのようなゴミクズのせいで俺たちの仕事が増えるんだ。税金泥棒は俺たちじゃない。貴様らだ。分かったらその薄汚い口をさっさと閉じて豚箱に入ってろ」
「な、なんだと!? あんたそれでも騎士……ひっ!?」
ロベルトが腰の剣を抜き放てば、商人は言われたとおりに口を閉ざした。
青い顔で震える商人を見下ろしてロベルトは――。
「ふんっ!」
一切の手加減なしで剣を横薙ぎに振るった。
バゴォッ!
鮮烈な斬撃を受けて荷馬車の天井部分が粉々になって吹き飛んだ。
木くずが飛び散り、馬が嘶く。そのあとには――布のかかった大きな箱と、革袋が露わになる。袋は今の一撃で破れたのか、白い粉がこぼれ落ちていた。
言葉を失い立ち尽くす商人に、ロベルトは冷たい眼差しと剣を向ける。
「こいつは例の新型ドラッグだな。この量なら間違いなく極刑だ。言い逃れはできんぞ。せいぜい客と仲間の情報を吐ききってから慈悲を請うんだな」
「ひっ……ひいいいいい! お、お助けをおおおおおお!?」
「はいはい、団長。もうそのへんでいいでしょ」
「ぐはっ……!」
そこに青年騎士――オスカーが爽やかに割り込んで、商人の首筋に手刀を落とした。
気絶した商人を見下ろして彼は肩をすくめてみせる。
「悪い者いじめはやめてください。時間の無駄です」
「時間の無駄はおまえだろう、オスカー。最初から怪しんでいたくせに、なにをちんたらやっているんだ」
「口が軽そうだったから、先に情報を吐かせようとしたんですよ。あれも職務の一環です」
「どうだか。サボるようなら貴様も公務執行妨害で豚箱行きだ。分かったな」
「肝に銘じまーす」
オスカーは軽い調子でそう言って商人を縛り上げにかかる。他の騎士たちもやってきて、手際よく荷馬車を検めはじめた。
それを見て、ロベルトはちっと舌打ちをして剣を収める。
どうもご機嫌斜めの様子である。
そんな顛末を――。
(あわわわわ……!)
アリアはすぐそばの灌木の影からこっそり窺っていた。
作ったばかりの仮面の効果は絶大らしく、誰もこちらに気付かない。
(ロベルト様があんな冷たいお顔をするなんて……)
アリアは口元を押さえて肩を震わせる。
あんな顔は初めて見る。緊張していたという結婚式のときですら、もっと表情が柔らかかった。正義に徹するには冷酷さもまた必要ということだろう。
そしてそれが、アリアの胸に大いに刺さった。
(かあっこいいわあああああああ! レア! 超レアよ! 私にはあんな顔してくださらないもの! カメラを持ってくればよかったわ!)
アリアはきゅんきゅん高鳴る胸を押さえ、旦那様の新鮮な姿に悶えまくる。
不審者の誹りを免れない有様だが、こればかりは致し方ない。ロベルトが格好良すぎるのがいけないのだ。
そんなふうにして仕事モードの旦那様を堪能していたのだが、不意に声が上がって現実に引き戻される。
「団長! これを見てください!」
「どうした……っ!」
馬車を調べていた騎士のひとりが荷馬車の箱にかかった布を剥ぎ取った。
ロベルト同様、アリアも思わずハッと息を呑んだ。
布の下から現れたのは、何人もの人々が捕らえられた檻だった。
獣の耳が生えたもの、身長が極端に低いもの、全身毛皮に覆われたもの。人間以外の種族がほとんどだが、中には幼い子供の姿もあった。みな薄汚れた服を着ていて、そのすべてに足枷が付けられている。
海の向こうには奴隷制度が残る国もあると聞く。だがしかし、このフリューリング王国では人類――知性があり、意思疎通が可能な種族全般を売買することを禁じている。
オスカーがちっと舌打ちし、気絶した商人を睨め付ける。
「重罪のバーゲンセールですね。どうします、団長」
「……決まっているだろう」
ロベルトは剣を抜き放ち、再び振るう。
その瞬間、鉄格子がぴしっと音を立てて砕け散った。ぽかんと呆けた顔をした檻の中の人々をよそに、ロベルトは声を張り上げて指示を飛ばす。
「急いで医者を呼んでこい! ありったけの毛布と食料の手配も忘れるな!」
「了解いたしました!」
騎士たちが大わらわで駆け付けて、あたりは一層騒がしくなる。
「ドラゴンの件もあるっていうのに、また忙しくなりますね」
「まったくだ。だが……」
ロベルトはため息をこぼすも、ふと目を留める。
前から子供を抱えた騎士がやって来たからだ。子供は痩せ細っていて、体を抱いて震えている。騎士を呼び止め、ロベルトは自分の外套を外して子供にそっとかけてやった。
そうしてオスカーに向き直り、力強く言い放つ。
「今も俺たちを待っている人々が大勢いるんだ。気張るぞ、オスカー」
「もちろんですよ、団長」
オスカーはからりと笑い、その他の騎士たちもうなずき合った。
みながロベルトと同じ思いで繋がり、この地の平和を守っている。
そのことがよく分かる光景だった。




