二十七話 共同作業
アリアは潔く覚悟を決めて目をつむる。
しかし、予想していたはずの衝撃はやって来なかった。
「いたっ……へ?」
尻餅をついてしまって、慌てて目を開く。
するとすぐ目の前に切っ先があった。剣はかたかたと小刻みに揺れていて、それを握るロベルトは血が出るほどに強く唇を噛みしめて堪えていた。
(ロベルト様、まさか私だって気付いたの!?)
アリアはギョッとするのだが、ロベルトの目はまだ虚ろだ。
幻覚が切れたわけでもなさそうだった。
「ど、どうしたんだレント! なんであいつは動かない!?」
《木木ぃ……?》
魔法使いやトレントまでもが戸惑いの声を上げる。
それにアリアはハッとするのだ。戦況をひっくり返すのは今しかない。
「好機! 《フリージング》!」
《樹樹樹樹樹!?》
「ぎゃああああ!?」
トレントに魔法を叩き込み、枝葉の一本も残すことなく氷漬けにする。ついでにそばにいた魔法使いも巻き込んで、手足を氷で拘束しておいた。これでほぼ勝利は決まった。
「《キュア》」
「……はっ」
今度こそ浄化魔法がロベルトに届いた。
柔らかな光に包まれたあと、彼はがくりと膝を折って目を瞬く。アリアはそんな彼の顔を覗き込んだ。
「何があったか覚えているか」
「……ああ。うっすらとだがな」
ロベルトはかぶりを振って応えてみせる。
顔色は相変わらず悪いようだが、その目にはちゃんと意志の光が宿っていた。
アリアはホッとして彼に笑いかける。
「踏みとどまってもらえて助かったぞ」
「……止めたくて止めたわけじゃない」
ロベルトは心底嫌そうな顔でアリアのことを睨み付けてくる。
「おまえも捕縛対象であることに変わりはない。あそこで斬り捨ててしまってもよかったんだが……何故か、体が動かなかった」
「ははは。騎士団長殿の貴重なデレ、心に刻みつけておこうじゃないか」
「やめろ。俺は妻帯者だ」
冷たくあしらわれて、アリアはこっそりと胸を撫で下ろす。
(私だってバレたわけじゃなさそうだけど……無意識に感じるものがあったのかしら)
夫婦の絆が成せる技……かもしれない。
ともかくこうして騒動は幕を閉じた。
魔法使いはすっかり戦意消失したようで、手足を拘束されたまま力なくうな垂れる。
「くそ、俺もここまでか……」
《木ぃ……》
氷が半分溶けたトレントが、心配そうに主に寄り添う。
そんな彼らを見てアリアはぽつりとこぼす。
「勿体ないな」
「……何がだ」
「あのトレントといい、他の薬草たちといい、どれも念入りに世話がされていた。それぞれの生態を熟知しなければ、ここまで立派に育てられないさ」
植物園をぐるりと見回す。
そこに並ぶ草木たちはどれもこれも図鑑で見たものより溌剌としていて、愛情と根気が伺えた。だからこそ、アリアは疑問を覚えたのだ。魔法使いを見やって、横柄に尋ねてみる。
「その腕を、おまえはどうしてドラッグ作りなんぞに使ってしまったんだ」
「……研究費用が必要だったんだ」
「はっ、お涙頂戴な動機だな」
小声をこぼす魔法使いに、ロベルトがふんっと鼻を鳴らす。
「その裏で大勢の人間が苦しんでいる。どうせなら人々のために腕を振るえば、俺たちに捕まることもなかったんだ」
「……ここはどうなる」
「捜査が終わった魔導具は我が国の研究機関に回される。そこのトレントも同じ扱いだ」
「っ……待ってくれ!」
魔法使いはハッとして顔を上げ、勢いよくまくし立てる。
「こいつは俺が幼体のころから育てて、いろんな薬草や妖木なんかを接ぎ木してあるんだ。中には非常に珍しい品種も混ざっていて……研究機関なんかに渡ったら、切り刻まれるのがオチだ! 頼む! こいつだけでも助けてくれ!」
「俺が関与できる話じゃない。すべてはおまえが蒔いたタネだ」
「そ、そんな……」
《木ぃ?》
魔法使いは真っ青な顔で言葉を失った。
その様子にただならぬ事態を察したのか、トレントは主の背中を蔦でさする。自身も体のほとんどが氷で覆われている状態だというのに、飼い主思いの怪木のようだ。
アリアはそんな彼らを見つめてから、ロベルトへとこっそり忠告する。
「なあ、騎士団長殿。そのトレントを研究機関送りにするのはマズいんじゃないかなあ」
「部外者が口を出してくるな。竜のときのように情けを掛けろと言うつもりか?」
「そうは言うがな。そいつの体には、国の研究機関でのみ栽培されているはずの、門外不出の妖木だって混じっているんだぞ」
「なに……?」
「そら、その蔦がそうだ」
主の背中をなでる蔦を示し、アリアは言う。
「テンタクルス……意志を持つ触手だ。たしか品種改良を重ねた結果、やたらと強靱な種になったとかなんとか。耐火性も高く力も強いため、生態系を塗り替えかねないから持ち出し禁止だったはずだが」
「おまえ、これをどこで手に入れたんだ」
「し、知らない……ボスに頼んだら調達してくれたんだ」
青い顔をして魔法使いは首を横に振る。嘘を吐いている様子はなかった。
ロベルトはあごに手を当てて眉間にしわを寄せた。
「まさかとは思うが、関係者が流出させたのか?」
「可能性は高いだろう。こいつを研究機関に送ったら、また新たな悪人の手に渡るやもな」
「ええい、厄介な問題が次から次へと……!」
「ひいっ! すみません!」
《樹樹樹!!》
魔法使いが怯え、トレントが抗議の鳴き声を上げた。
ロベルトはそちらにも構わず険しい顔で考え込む。研究機関の裏切り者を突き止めるのと、このトレントがまた悪事に利用されるの、どちらが早いか計算しているようだった。
そしてその顔色を見るに、予想される未来はあまり芳しくなさそうだ。
アリアはそんな彼にそっと声を掛けてみる。
「なあ、そのトレント。私が預かってはダメか?」
「はあ……?」
ロベルトは怪訝そうに片目をすがめる。
だがしかしアリアは一歩も退かずに訴えかけた。
「私はあの白銀竜だって十分御しているんだぞ。トレントの一本や二本、楽勝だ」
「いや、その白銀竜自体もまだギルドに登録していないはずだろう。管理しているとはとうてい言えない状態だ」
「ともあれ何の問題も起こしていないじゃないか。私もこの子を見捨てるのは忍びない」
《木木……》
トレントを振り返ると、戸惑い気味の鳴き声が返された。
主に寄り添う様子を見るに、本来は気性の穏やかな魔物なのだろう。それがまた人間の悪事に利用されるというのは、少しばかり見過ごせなかった。
「だからこの通りだ。もう一度、頼む」
「ぐう……」
アリアが頭を下げると、ロベルトは低い声で唸る。
てっきり無碍にされると思っていたのだが、まあまあ効果があったらしい。ロベルトは気まずそうに視線を逸らして首をひねる。
「おまえに頼まれると、嫌と言えない何かがあるな……まさかとは思うが、変な洗脳魔法を使っていないだろうな」
「そんな真似をするのなら、完璧に服従させて思考する暇など与えないが?」
「それもそうか」
ロベルトは素直に納得したあと、片手のひらを突き付けてきっぱりと告げる。
「おまえの手は借りん。上には焼却処分したと報告して、信頼できる者に預けよう」
「そうか。騎士団長殿のお墨付きなら安心だろう」
アリアは鷹揚にうなずいてみせる。
彼の信じる者のもとなら、トレントも平和に暮らせることだろう。
ロベルトは魔法使いに向き直り、目線を合わせて告げる。
「そういうわけだ。そいつは俺が預かる。おまえはしっかり罪を償うことだな」
「……感謝する。すまない、レント。元気でな」
《木木木!》
トレントの甲高い鳴き声が、亜空間の植物園に響き渡った。




