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二十四話 薬の売人

 現場は王都の高級繁華街――煌びやかな店が建ち並ぶ一角だった。


 屈強なガードマンが守る地下への階段は、秘密の会員制クラブへと続いている。


 中は地下とは思えないほど広く、いくつものローテーブルが並んでいる。調度も洒落ていて、いかにも高級クラブといった様相だが……店内の照明はひどく薄暗く、独特の青臭さに満ちていた。


 そしてその中では、今まさに大捕物が繰り広げられていた。

 テーブルの間を縫うようにして、眼帯騎士が駆け回る。


「ほい、いっちょあがり!」


「ぐはあっ!?」


 眼帯騎士が軽く剣を振っただけで、大勢の男たちが薙ぎ倒される。


 黒服に身を包んだ屈強な男たちだ。人相が悪く、いかにもチンピラといった様相である。

 次々と眼帯騎士に飛びかかるものの、剣の背や柄で強打されてあっさり床に沈んでしまう。


 他の一団を相手取っていたオスカーが、そちらに咎めるような目を向ける。


「ちょっとちょっと、キョウゴクさん。あんまりやり過ぎないでくださいよ。病院送りにしたら取り調べがしづらくなっちゃうんで」


「殺してないだけ褒めてくれよ。だいたい文句を言うなら俺より団長の方だろうが」


 眼帯騎士は肩をすくめ、奥の方で実演されている大立ち回りを見やる。


 その中心にいるのはロベルトだ。いつもの銀の鎧をまとっているが、顔は赤く、目もほとんど開いていない。立っていることすら覚束ない様子だ。


 だが、彼がゆっくりと大剣を振るうと――。


「ふんっ……!」


「ぶぐっ!?」


「ごばっ!?」


「べぼっ!?」


 短い悲鳴を上げて、十人以上の男たちが一斉に吹き飛んだ。その鮮やかな手腕に、残る者たちはみんな怖じ気付き、足が竦んで動けなくなるほど。


 そんな彼らに、ロベルトはかすれた声で威圧する。


「さあ……次はどいつだ……」


「ひいいいいっ! こ、降参します!」


 大勢の者たちがその場に膝を突いた。

 その光景を眺めてオスカーは肩をすくめてみせる。


「本当は家でゆっくり療養してもらいたかったんですけどねえ」


「突入の判断は団長にしかできないんだし仕方ねえさ」


「団長、こないだの闇オークションから変ですよね……何かあったんでしょうか」


「さあな。俺たちは余計なことを考えずに支えるだけさ」


 眼帯騎士はあごに手を当て、感嘆の吐息をこぼす。


「それにしても今日の団長は冴えてるな。あんなヘロヘロの剣筋でよく当たるもんだ」


 実際のところ、ロベルトの剣はかすりもしていなかった。

 仮に当たったところで威力が足りなくて制圧には至らなかったことだろう。


 無双劇を可能にしたのは内助の功――天井の(はり)に腰掛けたアリアのおかげだ。天井はじめじめしていて埃っぽかったが、使命感に燃えるアリアには何の支障にもならなかった。


「よしっ! 百発百中ね!」


「お見事にございます、奥様」


 いつもの魔女姿でガッツポーズを取るアリアに、アスタロトが拍手を送る。

 一方、ガーくんはつまらなさそうに尻尾をパタパタさせるのだ。


「まどろっこしいな。主がばばーんと出て行って、直接倒すのはダメなのか」


「ダメよ。そもそもこれはロベルト様のお仕事なんですもの」


 アリアが表立って首を突っ込めば、またややこしいことになる。

 それなら身を隠したまま徹底したサポートを行うまでだ。


 そんな話をしているうちに、新手がロベルトの方に突進してくるのが確認できた。剣を構える旦那様に合わせてアリアも魔法を紡ぎつつ、かぶりを振って語る。


「ロベルト様が本調子なら問題なくやれたでしょうけど……今回は非常事態よ。夫を陰から支えるのも妻の勤めよね、うんうん。私ってばできた奥さんだわ」


 うなずくついで、デコピンの要領で小さな石をいくつも高速で打ち出す。


 ロベルトが剣を振るのに合わせて、ゴロツキたちに石が命中して綺麗に吹き飛んでいった。タイミングはバッチリだし、なにより得物が小石なので関与がバレることはそうないだろう。


 出来映えに満足するアリアだが、ガーくんはドン引きの目を向けてくる。


「なんで一瞥(いちべつ)もせずそんな完璧に急所へ当てられるのだ……」


「本当に異常な精度ですね。奥様、魔法を学んでどれくらいですか?」


「えっ、まだ三ヶ月くらいだけど」


「……は?」


 アスタロトがきょとんと目を丸くする。

 しかしすぐに彼はいつもの調子を取り戻し、慇懃無礼に微笑んでみせた。


「ははは、奥様も冗談がお上手で。で、本当は何百年目ですか?」


「私はまだ十八歳よ! 失礼しちゃうわね! はじめたばかりの素人だってば!」


「……本当に?」


 今度こそアスタロトは真顔になった。


「それなりに多くの怪物を見て参りましたが……奥様は規格外にもほどがありますね」


「我だってこんな人間他に知らんわ」


「またまたふたりとも大袈裟なんだから」


 アリアは肩をすくめてみせる。


(魔法を勉強してよかったわ。ロベルト様の力になれたんですもの)


 魔法を覚えたからこそ、こうしてサポートができている。

 どれだけ才覚があると褒めそやされようが、それこそがアリアにとって一番の喜びだった。


(だけど……今後は支えられなくなるかもね)


 もしも叔父のハイザン卿が本当に何らかの犯罪に手を染めていた場合、アリアはロベルトと離縁になる。それだけは絶対に避けたいところだが……アリアには何の手立てもない。


 ただ、運命に身を任せることしかできないのだ。

 そっとため息をこぼしたところで、眼下に動きがあった。


 ロベルトが最後のひとりをじりじりと追い詰める。


「観念しろ。残るは……おまえだけだ」


「くっ……!」


 ローブ姿の痩せぎすの男だ。典型的な魔法使いスタイルである。オロオロと後ずさるも、後ろはすぐ壁だ。ジリジリと迫るロベルトから逃れる術はない。


「あれがボス?」


「ただの精製担当でしょう。《死の接吻》は複数の薬草をもとに製造されます。それには魔法を使うのが主なやり方で……彼は植物系の魔法を得意とすることから雇われたようですね」


「やけに詳しいわね。ひょっとして作ったことがあるとか……?」


「まさか。麻薬など美しさの欠片もない」


 アスタロトは肩をすくめ、恭しく腰を折る。


「わたくしの有用性を示すため、情報収集に全力を尽くしたまでです。いかがでしょうか、奥様。新米執事はお役に立てましたか?」


「悪くないわね。しばらくうちに置いてあげるわ」


「ありがたき幸せです」


 どれだけ胡散臭かろうと、彼のもたらした情報が役に立ったのは確かだ。


(怪しい動きを見せたら、即座にぶっ飛ばせばいいだけの話だしね!)


 ビシッと人差し指を突き付けて牽制することも忘れない。


「そのかわり、怪盗稼業には絶対手を貸さないわよ!」


「ははは、承知いたしました。気長に勧誘することといたしましょう」


「なんと言われようが片棒は担ぎません! 私は正義を愛する騎士団長の奥様なの!」


 ふんっとそっぽを向いてやるが、アスタロトは変わらずキラキラした目を向けてくる。

 本気でアリアが怪盗になることを期待しているようだった。


(ただの小娘相手にずいぶんとご執心だこと)


 アリアは呆れかえりつつも、クラブの最奥を指し示す。


「それじゃああっちがボス? ずいぶんと若いのね」

「某貴族の不良息子です。金にものを言わせてドラッグを流通させて、大儲けを企んだようですね」


 そこではひとりの若い男がお縄についていた。


 男の身なりはずいぶんと上等で、金のアクセサリーをじゃらじゃらと身に付けている。おまけにそばには何人もの女性を侍らせていた。見るも分かりやすい成金だ。


 往生際が悪く「こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」などと喚き散らしている。


「あれが貴族とは、まったく世も末ねえ……って!?」


 そこでアリアは身を乗り出してしまう。


 男が侍らせていた女性たちは、みんなどこか虚ろな目をしていた。

 騎士たちが彼女らに寄り添い話しかけるが、芳しい反応は見られない。


 そのうちのひとりに、アリアは見覚えがあったのだ。


「あの人、以前のパーティでお見かけしたことがあるわ!」


 忘れもしない。

 ロベルトと出会ったパーティで、叔母のイゾルデに話しかけてきたご令嬢だ。

 たしか、何かの健康薬をまた買いたいと言っていたような……。


「まさか全員、貴族のご令嬢……?」


「そのようですね。どうも最初は、健康薬や痩せ薬だと謳って勧めるのが鉄板のようで」


「っ……!?」


 最初はドラッグだと教えず、普通の薬のように安価で売る。


 そのうちにドラッグなしで生きていけなくなったころ、値段をつり上げたり、脅迫して私財やその身を差し出させたりするという。世間知らずな貴族のご令嬢は簡単に引っ掛かってしまうらしい。


 まさに、身の毛もよだつ悪魔の所業だ。


 アリアはそのおぞましい仕組みを聞きながら、例のご令嬢に釘付けとなっていた。

 もしも……もしも、彼女がイゾルデに求めたのが、そのドラッグだったとしたら。


(まさかとは思うけど叔父様たち……奴隷商だけじゃなく、ドラッグの売買にも関わってるの!?)


 アリアは唇を血が滲むほどに噛みしめる。


「あの人たち……ちゃんと元の生活に戻れるの?」


「本人の努力次第ですね。薬の誘惑は抗いがたいものだと聞きますから」


「……祈るしかないってことね」


 アリアはかぶりを振って、軽く目を閉じる。


(私はこれまで、自分のことしか考えてこなかった。だけど叔父様たちが本当に悪事に荷担しているのなら……きっと大勢の人たちが苦しんでいるはずよね)


 オークションに掛けられていた人魚や、ドラッグの餌食となった令嬢たち。

 彼女らの姿がまぶたの裏にまざまざと映し出される。


 離縁はもちろん嫌だ。

 だけど……それ以上に強い想いがアリアの中で生まれた。


「……こんな悲劇は終わらせないといけないわ」


 目をしかと開き、ぐっと拳を握りしめる。

 眼下の事態が大きく動いたのは、ちょうどそのタイミングだった。


「くっ……こうなったら!」


 ロベルトが追い詰めていた魔法使いが、ローブの中から杖を取り出す。


 奇妙にねじれた金属製の杖だった。先端にはこぶし大の赤水晶を頂いているが、細かな傷だらけでずいぶんと曇っていた。一見するとガラクタのような品だが――。


「あれはまさか……!」


 その杖を見て、アリアは大きく息を呑む。

 傍らのアスタロトも同様で、珍しく目を丸くしていた。


 次の瞬間、魔法使いとロベルトの足元に、巨大な扉が出現する。


 杖と同じく銀色の金属でできたそれはあっという間もなく内側に開き、内に広がる深い闇へと魔法使いを飲み込んでしまった。


「っ……待て!」


 そして、ロベルトがそれを追った直後、扉はまた元通り音もなく閉まってしまった。

 おかげで場が一気に騒然とする。誰ひとりとして手出しする猶予はなかった。


 そしてそれはアリアも同様で。

 ごくりと喉を鳴らしてから隣のアスタロトをそっと覗う。


「今の杖、本で見たことがあるんだけど……?」


「ええ。その昔《斜陽の窓》と名付けました」


 亜空間へと通じる扉を、一瞬で開くことのできる伝説の魔導具だ。

 アスタロトはにっこりと微笑んで、心底嬉しそうに続ける。


「間違いなくわたくしの魔導具です。やはり奥様に付いて正解でした」


「喜ぶんじゃないわよ! おかげでロベルト様が大ピンチじゃない!」


「お、落ち着け主。さすがに騎士たちの真上で殺しはよくないぞ」


 アスタロトを締め上げるアリアのことを、ガーくんがどうどうと宥めてみせた。

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