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二十一話 竜骨の狼煙

 眼下では人魚のオークションが佳境に入ろうとしていた。数字が上がるにつれて人魚の顔には諦念が滲み、自身の尾びれを抱きしめて震えることしかできずにいる。


 彼女がこんな目に遭わねばならない理由など、あるはずがない。

 アリアは拳を握って立ち上がる。


「さあ行きましょう。このふざけたオークションをぶっ壊すわよ」


 こうして作戦決行となった。

 競り落とされた人魚が舞台袖に消えるのを見送って、館長はふたたび意気揚々と声を上げる。


『さあさあお次は――』


「どうぞご静粛に」


「むぐっ……!?」


 不意に、その真隣に黒い人影が現れる。

 アスタロトだ。


 館長の目の前でぱちんと指を鳴らしただけで、彼の唇は隙間なく閉ざされて喋れなくなる。何か魔導具を使ったのだろう。館長が無理やり口を開こうともがいてもびくともしない。


 アスタロトは客席をぐるりと見回し、よく通る声で朗々と告げる。


「紳士淑女の皆々様。次は特別な品をご覧に入れましょう。その名も……黄昏の魔女!」


 大仰な仕草で合図を受け、アリアは舞台袖から出て行った。

 その姿を目にした途端、客たちの間でざわめきが起こった。


 おそらく伝説の聖女について知っている者が多いのだろう。「まさか本人か……?」「生きていたのか……!」といった悲鳴のような声も聞こえてくる。


 ロベルトとオスカーもまた目を丸くして息を呑んでいた。

 こうしてアリアはステージの中央にたどり着く。

 客席の注目がすべて自分に注がれているのが分かった。


「奴らは何者だ! どこから現れた!?」


「早く取り押さえろ!」


「んむぐ~~~~!」


 舞台袖からは慌てる声と足音が響く。手下たちが異常事態を察知したのだろう。館長もまたアリアを睨み付け、開かない口で何事かを訴え続けている。


 だがしかし、もう遅い。すでに下準備は済ませている。

 アリアはまっすぐに天井を指さした。

 そうして魔力を全開に呪文を口にする。


「いでよ骨竜! 《ボーン・ネクロマンシー》!」


 ドゴオオオオオッ!!


 グルオアアアアアアアア!!


 天井が崩れ、巨大な骨竜が瓦礫と共に劇場へと舞い降りた。


 博物館の入り口に飾ってあった暗黒竜の骨格標本である。ちょうどこの会場の真上に位置していたので、反魂術で黄泉の国より魂を呼び戻し、アリアの配下に置いたのだ。


 おかげで劇場は特大級のパニックに襲われた。

 観客たちは骨竜や瓦礫に押し潰されて、その姿がかき消える。複製体の魔法が解けたのだ。

 実体のあるスタッフたちだけが昏倒してあたりに転がる。おまけに――。


 ドバシーン!


「こんなの無茶苦茶だ! 俺は逃げさせてもら、うぎゃあああ!?」


「たっ、助けてくれえええええ!」


《わはははは! これこれ! 我が求めていたのはこういうのだ! 畏怖する人間の悲鳴は心地がいいなあ!》


 逃げ出そうとする者は、大きくなったガーくんによってぺちぺちと叩きのめされていった。

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


「さてと。あなたはこちらをご覧ください」


「あっ、ぐ……あががごばがああああ!?」


 そんななか、アスタロトが館長へとにこやかに近付き、あの懐中時計を開いてみせた。

 ピカッと光った瞬間に館長は謎の悲鳴を上げてぶっ倒れる。ぴくぴく痙攣しているので死んではいないようだが、白目を剝いて泡を吹く様はなかなか壮絶だ。


「ちょ、ちょっと。何をしたのよ」


「心配ご無用です。このまま終わらせるのは癪なので、悪夢を見てもらっています」


「具体的にどんな悪夢……?」


「自身がオークションに掛けられて下衆な金持ちに買われ、死ぬまでこき使われたり、魔物のエサにされたり、非道な魔法実験に使われたりするオムニバス形式の悪夢です」


「凝ってるわねえ……でもまあ、自業自得かしら」


 アリアは肩をすくめるだけだ。

 どうもアリアに使ったときは手加減してくれたらしい。

 アスタロトは骨竜を眺めてほうっと息を吐く。


「しかしあなたは凄まじい力を有しているようですね。暗黒竜の骨で反魂術を成功させるとは。並の術者なら魔力を吸い尽くされて死ぬか、精神を汚染されて廃人になるかのどちらかなのに」


「大袈裟ねえ。たしかに少し魔力の消費が激しいけど、大したことじゃないわよ」


「少し、ですか。やはりあなたは面白いですね」


 アスタロトはくつくつと笑い、恭しく右手を差し伸べる。


「いかがでしょうか、わたくしとともに怪盗家業を始めませんか? あなたならきっと大活躍できるでしょう。お望みならなんでもお好きな魔導具を作って差し上げますよ」


「あいにくだけど、盗人の片棒を担ぐ趣味はないわ」


 アリアは屋上と同じく、アスタロトの右手をはたき落とした。


「おや残念。では気長に勧誘するとしますかね」


「あなたと長い付き合いになるのは勘弁願いたいかしら……」


 できれば二度と関わらない方がいいタイプの人間だろう。

 顔をしかめていると「おい!」という声が目の前の客席から響く。


 見れば、難を逃れたロベルトが慌ててやって来るところだった。絶句した様子でアリアのことを凝視している。


「おまえは、この前の……」


「や、やあ。また会ったな、騎士団長殿」


 アリアはしゃべり方を変え、片手を上げて彼に挨拶する。

 そうして殊勝なポーズを取って、わざとらしくかぶりを振った。


「どうやら私のささいな魔法実験のせいで、博物館の床が抜けてしまったようだ。すまないが、巻き込まれた館長たちを救助してやってくれないだろうか」


「おまえ、まさか俺たちが動きやすいように……?」


「さあ。なんのことだか」


 アリアは肩をすくめて口笛を吹く。

 オークション会場の真上は博物館の入り口付近だ。人払いの呪文をかけておいたので巻き込まれた者はおらず、他の騎士たちが慌てて駆け付けてくる足音が聞こえる。


 これなら変なしがらみも無視して『人命救助』に勤しめるだろう。

 そのあとで容疑を固めて全員お縄に付ければいい。

 どうせこの分だと当分は病院のベッドから動けないはずだ。


「また会いましたね、ドラゴンさん。ちゃんといい子にしてますか?」


《ふん、無論だ。主は怒ると怖いからな》


「あはは。そりゃ何よりで」


 ガーくんと軽口を叩きながら、オスカーが手際よく倒れた者たちを捕縛していく。

 客たちの複製体はすべて消え去り、あとには昏倒した者だけが残っていた。骨竜もやることがなくて欠伸をする始末だ。


 これで万事解決か、と思われた矢先。

 ロベルトが舞台袖に目を留めて、ハッとして駆け出した。


「っ……! そこにいるのは誰だ!」


「あっ、おい!」


 アリアも思わずそれを追いかける。

 舞台袖は細い通路が続いていて、様々な荷物が乱雑に並べられていた。


 中には例の人魚が入った水槽も置かれており、ロベルトとアリアが走り抜けていくのをギョッとした顔で見送った。魔法の明かりがポツポツと灯されているが、足下はひどく薄暗い。


「《ヘイスト》は使わないのか?」


「どこに貴重な品があるかも分からないだろう。下手なことはできん」


 ロベルトはちっと舌打ちしつつも、ギロリとアリアを睨め付ける。


「それより、なんでおまえまで付いてくるんだ。これは騎士団の仕事だぞ」


「掃除は入念にやるタイプなんだ。あれもどうせ悪人だろ、手伝わせてくれ」


「……下手なことしたらタダでおかんぞ」


 ここで問答するより無視した方が早いと判断したらしい。

 こうして角を曲がったところで、ふたりは突き当たりにぶつかった。


 姿見が置かれただけの物寂しい場所だ。

 そしてその前に、目的の人物が立っていた。


「待て! 無駄な抵抗は……っ!?」


 ロベルトが声を張り上げて、ハッとして息を呑んだ。

 それはアリアも同様だった。ふたりとも足を止めて、目の前の光景に目を見張る。


 そこにいたのは壮年の男だった。赤茶けた頭髪を撫で付けて、他の観客たち同様に目元を隠す仮面を付けている。その仮面から覗くのは、アリアとよく似た赤い瞳だ。


「くっ……!」


 男はこちらを振り返って目を丸くして、慌てて姿見の中へと飛び込んだ。

 鏡面が激しく波打った、次の瞬間。


 バリィイイン!


 粉々になって砕け散った。

 ふたりとも呆然とそれを見届けることしかできなかった。しばし重い沈黙が場を支配して、先に正気を取り戻したのはアリアだった。


 足下に散らばる破片を拾い上げ、ゆっくりとかぶりを振る。


「鏡同士を繋ぐ転移魔法だ。向こう側の出入り口を壊された。追跡は不可能だろう」


「……そうか」


 ロベルトは小声を絞り出すだけだった。

 ただ目を見開いたまま、その場に立ち尽くしている。


 目の前で賊に逃げられたというのに、落胆するでも憤るでもない。まるで生気が抜け落ちたかのような様相だ。


 しかしそれも無理はない。

 今し方ふたりの前から逃走したのは、ふたりがよく知る人物だったからだ。

 アリアは鏡の破片をじっと見つめて自問する。


(今のはまさか……叔父様?)


 間違いなくアリアの養父、オズワルド・ハイザンそのひとだった。

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