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二十話 地下オークション

『さあさあ皆さまご静粛に!』


 その会場は異様な熱気に包まれていた。


 オペラハウスのような巨大なホールには多くの観客が集い、桟敷席(さじきせき)も満員。

 誰も彼もが豪奢に着飾り、そのほとんどが顔を隠している。並々ならぬ身分の者たちだとひと目で分かる光景だ。


 そんな彼らはみな舞台の上を食い入るようにして見つめていた。

 そこにいるのは楽団でも役者でもない。


 身振り手振りを交えながら声を張り上げるひとりの男、博物館館長だ。

 風魔法を付与した小道具で増幅させたその声は劇場中に響き渡る。


『次なる品は、かの天才錬金術師が作った虹色の首飾り! 七色に変化する宝玉の美しさに魅せられ、かつて多くの者たちが所有権をめぐって争ったとされています。当博物館でも人気の品ですが……貧乏人たちにこの輝きの真価など分かるはずもありません。高貴なる皆々様とは違って!』


 男の軽口にいくつも失笑がこぼれたが、舞台袖から煌びやかな首飾りが運ばれてくるやいなや、人々は息を呑んだ。


 金の鎖に繋がれた宝玉は、まばゆいほどの輝きと魔力を讃えていた。


『まずは金貨千枚から! 千枚です! いかがでしょうか!』


「千百!」


「千二百!」


「千五百だ!」


 人々が札を上げ、思い思いの数字を叫ぶ。

 どこからどう見てもオークション会場だ。それも非合法な。


 天井の巨大シャンデリアに腰掛けて、アリアはその光景を渋い顔で眺めていた。

 隣には柔和な笑みの怪盗シャノワールと、つまらなさそうなガーくんがいる。

 怪盗シャノワールは、どこかウキウキと弾んだ声で言う。


「いかがでしょうか、お嬢さん。博物館の地下にも、なかなか愉快な展示があるものでしょう?」


「ええ……とんだクズどもの博覧会ね」


 アリアは眉間を押さえてぼそっとこぼす。

 思わず素の口調が出てしまった。


 面白いものが見られるはずだという怪盗シャノワールに誘われるまま、博物館本館の通気口から地下に潜入した。底に広がっていたのは古びた劇場だった。


 どうも老朽化により閉鎖されたものらしく、騎士や警備の者は誰もいなかった。

 そこをこうした非合法なオークションに利用しているようだった。


「つまり……なに? ここの館長は博物館の展示品を偽物にすり替えて、本物を好事家たちに売りさばいていたわけ?」


「ええ。そしてそれらの罪をわたくしに被せるつもりで、偽の予告状を出したのです。まったく迷惑千万ですよ」


 怪盗シャノワールはやれやれと軽く肩をすくめてみせる。

 台詞に反し、口ぶりはどうも楽しそうだ。


「わたくしのものでない予告状が届いたと知り、個人的に調べていたのです。その結果、館長が怪しいのではないかと睨んでいた次第でして」


「でも盗みに入られたのなら、それはそれで館長としての責任を問われるんじゃ……」


「その責任を取るというていで辞職して、有り金持って海外に飛ぶつもりかと」


「どこまでも用意周到な小悪党ねえ」


「人間どもの考えることは分からんな」


 顔をしかめるアリアの横で、ガーくんがつまらなさそうに相槌を打つ。

 眼下では競りがラストスパートに入っていて、その数字はすでに三千を越えていた。


 アリアの花嫁衣装が確か金貨五枚で、大きな出費だと叔父からネチネチと文句を言われたものである。金貨三千枚なんて金額が大きすぎて想像も付かないが、常軌を逸した金が動いていることだけは間違いない。


 それがドラゴンの彼には滑稽極まりなく見えるらしい。


「宝が欲しいなら奪えばいいだけの話ではないか。何をちんたらやっておるのか」


「これはこれで作法に則った戦争なのですよ」


 怪盗シャノワールは優雅に微笑む。


「おまけにこの場にいる客たちはすべて幻影です。特殊な魔導具を使うことで、本人は安全な場所から遠隔でこの競りに参加できる。万が一ここが押さえられても客たちの身柄は保証されます」


「だから大盛況ってわけ?」


「ええ。裏社会では多少名が知られているようですよ」


「さすが怪盗。下調べも万全ねえ……っていうか!」


 ちょっぴり感心したところでハッとする。

 このオークションも気になるところだが、今一番追及すべきは他にある。

 アリアは怪盗シャノワールの顔を穴が空くほどじーっと見つめて問いかける。


「あなたがあのアスタロトって本当なの? 天才錬金術師の?」


「おそらくそのアスタロトでございます」


「二百年前の人物なんだけど!?」


 錬金術師、アスタロト・レメゲトン。


 二百年前に活躍し、魔導具の分野で多くの功績を残した人物……つまりは歴史上の偉人である。それがアリアの隣でのんきに闇オークションを眺めているなんて、頭が痛くなりそうだった。


 しかし怪盗シャノワール――あらため、アスタロトはからりと笑うだけだ。


「ははは、これは異な事をおっしゃいますね。あなたもそれなりに魔法を齧ったのなら、人間の寿命程度どうとでもなると思いませんか?」


「そんなバカな……いや、時間停止魔法を応用すればいけるのかしら? あとは回復魔法とか、復元魔法を組み合わせて…………ごめん。理論上可能だわ」


「ええ、ええ。そうでしょうとも。話が早くて助かります」


「そんなわけがなかろう……」


 ガーくんがひどく薄気味悪そうな目を向けてくる。

 数百年を平気で生きる長命種にドン引きされた。理不尽だった。

 それはともかくとして、アリアはアスタロトをジロリと睨む。


「でも、そのアスタロトがなんで怪盗なんかやってるのよ」


「それはもちろん、わたくしの作品を取り戻すためです」


 アスタロトは物憂げな顔を作り、大仰な身振りを交えて言う。


「わたくしは、わたくしが認めた人物にのみ己の作品を譲り渡しておりました。しかし長年のときを経て、くだらぬ俗物の手に渡ってしまったものも多く……そうした品々を回収して回っていただけなのです」


「二百年も放っておいたくせに……?」


「それにも色々と事情がございまして」


「事情って?」


「ははは」


 アスタロトは穏やか笑みを浮かべるだけだった。喋る気はないらしい。

 引っ掛かるところは多少あるが、一応は理解できた。

 アリアはげんなりとして劇場を見下ろす。ちょうど虹色の首飾りが競り落とされて、万雷の拍手が巻き起こったところだった。


「ともかく分かったわ。とっても面白くないってことがね」


「ご理解が早くて助かります」


 アスタロトは恭しく頭を下げる。

 そんな彼にアリアは尋ねるのだ。


「あなた、ここからどう動くつもりだったの?」


「そうですねえ。わたくしの名を使っただけでなく、わたくしの作品を無碍に扱った以上、それなりの報いを受けていただく必要があるのですが……」


 そこでアスタロトはすっと笑みを取り払い、あごに手を当て考え込む。

 館長を見下ろしながら、底冷えするほどの真顔でぽつりと言うことには――。


「あの俗物に最も大きなダメージを与えるにはどう動くべきか、考えあぐねておりました。仮面のお嬢さん、あなたならどう出ますか?」


「そうねえ……」


 ここで乱入して館長を懲らしめることは簡単だ。

 だが、できればその悪事を白日の下に晒す必要がある。

 それには騎士団の協力が不可欠だろう。


(うーん……ロベルト様を探してここまで連れて来る? 偽物の首飾りのあたりにはいらっしゃらなかったようだけど)


 そんなことを考えた、そのときだった。


「クズどもめが……」


「っ!?」


 そんな地の底から響くような声が聞こえた気がして、ハッとして顔を上げる。

 目を皿のようにして客席を見渡せば……いた。


「ロベルト様ぁ!?」


「おや? あれはたしかに第一騎士団長殿ですね」


 アスタロトものんびりと眼下を覗き込む。

 多くの客たちに交じり、上質な燕尾服に身を包んだロベルトがいた。


 変装のためか目元を隠す仮面を付けているが、認識阻害魔法が掛かっていないのでアリアには何の意味もなかった。射殺さんばかりの眼光で舞台上を睨め付けている。


 そんなロベルトのことを、似たような格好のオスカーが肘で突いて諫めてみせた。


「静かにしてくださいよ、団長。ここで見つかったら潜入が元も子もないですよ」


「分かっている。分かっているが……」


 ロベルトは眉間を押さえ、あふれ出そうになっていた殺気を収めた。


「アリアが『レプリカばかり』と言っていたのは本当だったのか……」


「元々変な噂もありましたし、匿名の通報が決め手になりましたねえ」


 オスカーが半笑いでうなずく。ただし、目は笑っていなかった。

 彼らの会話を風魔法で聞き取って、アリアは隣のアスタロトを見やる。


「匿名の通報って、まさか……」


「布石を打っておきました。信じてくれるかどうかは賭けでしたがね」


 彼が飄々と言ってのけたところで、館長が大声を上げる。


『さあ、お次は生きた美術品……人魚です!』


 割れんばかりの歓声が劇場を包み込む。

 舞台袖から運ばれてきたのは巨大な水槽だ。


 中には水と、美しい少女が収められている。


 少女の下半身は銀の鱗で覆われた魚の尾びれになっており、水中でたゆたう髪の間からは深い悲しみを湛えた瞳が覗いていた。人魚は客たちの好奇の視線から逃れるようにして水槽の隅に縮こまるが、逃げ場はどこにもない。


 もちろん、人魚の売買もぶっちぎりで違法だ。

 アリアは生まれて初めて、腹の底からマグマが湧き上がるのを感じた。


「博物館館長が、どうして人身売買にまで手を染めているのよ!?」


「このオークションは好事家が多く集います。懇意の奴隷商人がこの場を借りて、自分のところの商品を売ることもあるとかないとか」


「つくづくクズの見本市ね……!」


 アリアが吐き捨てるのと、ロベルトが「どクズどもめが……」と唸るのは同時だった。

 オスカーもまた顔をしかめ、そっと出口の方を見やる。


「それより、あいつらはどうしたんですかね。そろそろ突入する頃合いなのに」


「どうせ上からの妨害を食らって足止めさせられているんだろう。ここにいる連中の中には、騎士団に顔が利く奴らがいても不思議じゃないからな」


「ええ……それじゃ、俺と団長だけでやるんすか? 客たちは無理でも、館長はもちろん、手下のスタッフも、人身売買の業者も、ひとりも漏らさずお縄に付けるって? たぶん百人を下らないですよ?」


「やるしかないだろう。今夜、ここをぶち壊すぞ」


 ロベルトは完全に据わった目で告げる。どこまでも本気の声色だ。オスカーにもそれが伝わったのか、やれやれと肩をすくめるだけでそれ以上文句を言おうとしなかった。


 アリアもそれを聞いて、あごに手を当てて考え込む。


「ふむ、ぶっ潰す……ねえ」


「いかがしましたか、仮面のお嬢さん」


「アスタロト。私に考えがあるんだけど」


 それからアリアは思い浮かんだ案を手短に説明した。

 内容はシンプルそのものだったので、ものの数分で終わったが、その間にアスタロトの笑みはどこまでも深まった。最終的に、彼は子供のように目を輝かせて力強くうなずく。


「それはまた、非常に面白そうなプランですね」


「ふふふ、でしょ?」


「なんだ、主。暴れる気か」


 ガーくんが口を挟み、いじけたように尻尾をてしてしと振る。


「いいよな、主は。我は人間を襲うことを禁じられているゆえ、見ていることしかできぬ」


「ふふふ、今日は特別よ。大いにいじめちゃいなさい!」


「よしきた!」


 ガーくんもやる気になったところで、ふたりと一匹の方針は決まった。

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