十五話 アリアの叔父について
バタバタしていたので連載止まっていましたが再開。
エントランスから一歩足を踏み入れるなり、アリアは歓声を上げる。
「まあ! 大きなドラゴン!」
高い天井一面に飾られていたのはドラゴンの骨格標本だった。
先日戦った白銀竜と比べれば二回り以上も大きく、羽根も牙も鎌のような形をして実に凶悪そのものだ。それが天井から吊り下げられて、入館者を出迎えていた。
そしてアリアの目には、竜骨がまとう薄らとしたオーラが見えていた。
物心着いたときから、アリアの世界では人や物が様々な揺らぎをまとっていた。
色も質感も量も千差万別のそれらが、魔法を勉強して魔力というものだと分かった。そうして学んだからこそ、一層理解も深まっていた。
(魔力濃度のばらつきから見て、死んで二十年前後ってところかしら。ドラゴンの骨は魔力伝導率が高いから、儀式や魔導具にもってこいだっていうのも納得だわ。あっ、こんなに保存状態がいいのなら反魂魔法も使えそう!)
黄泉の国から魂を呼び起こし、死者を使役する魔法である。
先日魔道書で学んだところだが今のところ実践できていなかった。
死者を蘇らせるなんておどろおどろしくて、ちょっと怖かったので。
しかしこの竜骨が夜空を舞い、その背中に自分が乗っている様を想像すると、大いに胸が弾んだ。博物館の展示なので実行に移すのは自重するが、妄想では何度も宙返りを披露してくれる。
(ロマンだわあ~!)
オタク心をくすぐられてほうっと吐息をこぼすアリアに、ロベルトが解説を加えてくれる。
「竜族最強と名高い暗黒竜の骨だ。二十年ほど前に討ち取られたものを、ここにそのまま飾っているんだ」
「暗黒竜! 本で読みました。すごい迫力ですね!」
「ふっ、あなたは平気なんだな」
「へ?」
「あの通り、怯える者も多いんだ」
ロベルトが指し示す方向に目を向ければ、女性グループが小さく悲鳴を上げて奥へと走り抜けていくところだった。泣いている子供もちらほら見受けられ、アリアのように興味津々で見上げる者は少数派だった。
(うっ……反魂魔法を使ったらどうなるんだろう、とか考えてる場合じゃなかったわ……ボロが出ちゃう、ボロが出ちゃう……)
少しギクリとしてしまうが、おくびにも出さずにアリアは笑う。
「あ、あはは。怖さもありますけど、ワクワクの方が勝っちゃいます」
「それなら誘った甲斐がある。あなたならここを十分に堪能できるだろう」
ドラゴンの骨をくぐり抜ければ、その先は道がまっすぐに伸びていた。両側には絵画や彫刻などが展示されていて、それらを見学しながらロベルトは歩を進める。
「この博物館は本館といくつかの分館に別れていて、館ごとにテーマが違う。特に隣の二号館には魔法関係の展示があるんだ。あなたも興味があるかと思ってな」
「魔法の展示!? 楽しみです。どんなものが見られるんでしょうか」
「大魔法使いが記したとされる予言の書や、大昔に絶滅した魔物の骨などだな。うちの離れの収蔵品をはるかに凌ぐ貴重なものばかりだ」
「それはすごいです……! この目に焼き付けないといけませんね!」
鍵を預かる離れには、多くの魔道書や魔導具が収められていた。どれもこれもアリアの興味を誘って仕方なかったが、あれ以上とは。都会はやっぱりすごい。
そして実際に展示を目にして、度肝を抜かれ続けた。
「紅蓮剣!? 天才錬金術師アスタロト・レメゲトンの最高傑作と名高いあの作品ですか!?」
「ほう。永遠に炎の絶えない魔剣とは面白いな」
「ああっ! こっちはソロモンの書の写しです! 数百年前に記された魔道書なんですが、いまだに誰も解読できないのでどんな魔法が書かれているか分かっていないんですよ」
「そ、そうなのか。おや、こちらには何だか間抜けな足跡が……」
「えっ、羅刹カモノハシの足跡!? すっごく強い魔物です! 滅多に姿が見られないから、幻の魔物とも言われているんですよ!」
「らせつかものはし……?」
どの展示も書物で見たものばかりで、書物の挿絵よりも迫力満点だった。
情報の洪水にアリアは夢中になって溺れた。
「どれもすごいものばかりです! レプリカも多いみたいですけど、感激です!」
「レプリカ……? ここにあるものは全て本物のはずだが」
「えっ、でも見るからに作り物ですよ? 羅刹カモノハシの足跡は、本当はもう少し大きいはずですし」
「……ふむ」
ロベルトはあごに手を当てて考え込む。
(あら? 私ったら何かおかしなことを言ってしまったのかしら)
そんなふうにしてアリアが不安を覚えていると、彼はそれに気付いたようにふわりと目を細める。
「すまない、考え事をしていた。アリアは本当に魔法が好きなんだな」
「へ……ああっ、すみません! ひとりではしゃいでしまって……!」
「かまうものか。楽しんでくれてよかった」
恐縮するアリアに、ロベルトはニヤリと笑って肩を叩く。
「魔法をもっと深く学びたいのなら、家庭教師を付けてもいいんだぞ。あてはいくらでもあるからな」
「い、いえ、間に合ってます。ひとりでのんびりやるのが性に合っているので……」
アリアはぎこちなく首を横に振る。
家庭教師なんかが来た日には、まず確実に実力が露呈してしまう。
それだけはなんとしてでも避けねばならなかった。
だがしかし、ロベルトはアリアが遠慮していると思ったのかやたら熱心に勧めてくる。
「費用のことなら気にしなくてもいい。そう高いものでもないし、家庭教師を付けて日常生活魔法を学ぶご婦人はごまんといるからな」
「そうなんですか?」
「ああ。教養の一環として嫁入り前の娘に学ばせる家も多い。あなたは違ったのか?」
「はい。叔父が魔法を嫌っておりましたので……」
アリアはおずおずとうなずく。
叔父のハイザン卿は心の底から魔法を嫌っていた。いや、憎んでいたと言ってもいい。
(魔法使いの出てくる絵本を読んでいただってけで、雷を落とすほどだものねえ)
魔法は便利だし、危険なものだ。表裏一体の面を持つ。
ハイザン卿が過剰に魔法を嫌うのには、いったいどんな理由があるのだろう。
アリアは少し考えてみるが、さっぱり見当が付かなかった。
そもそもこれまでの人生において、ハイザン卿と言葉を交わしたことはほとんどない。
だから常時ムスッとした顔の下で彼がいったいどんなことを考えていたのか、推測する材料に乏しかった。
難しい顔で黙り込んだアリアに、ロベルトが少しだけ眉を寄せてみせた。
「あなたと叔父上の間には、その……少し距離があるようだな。一応は育ての親なんだろう?」
「あ、はい。そうですね」
アリアはあっさりとうなずきつつ、ぺろっと舌を出してみせる。
「ロベルト様にはお教えしてもかまいませんよね。叔父様は私の母の弟なんですけど……叔父様、母を嫌っているんです」
「そうだったのか?」
目を丸くするロベルトに、アリアは母のことを語って聞かせた。
アリアの母はひどい放蕩者だったという。
道ならぬ恋に落ちて家を飛び出したが、男に捨てられた末に家に戻ってアリアを出産。
その後すぐに流行病で亡くなった……らしい。
本当のところはよく知らない。
ハイザン卿が実の姉のことを蛇蝎のごとく嫌っていた上に、アリアが物心着く前に祖父母も立て続けに亡くなった。
そのため、家で母の話は禁句だった。肖像画の一枚すら残っておらず、そもそも名前だって知らないほどだ。
アリアはぺろっと舌を出して言う。
「本当は口止めされていたんですけど。ロベルト様ならいいかと思って」
「まあ……叔父上は体裁を重んじるタイプのようだしな」
「ええ。だからあの人は私を養子に迎え入れたんです」
どこの馬の骨の子かも分からないアリアだが、ハイザン家の血を引くことだけは確かだ。孤児院などに捨てることは、貴族のプライドが許さなかったらしい。
一応は引き取って育ててもらったが、愛情らしい愛情を掛けられた覚えはない。
せいぜい政略結婚のコマに使えたら上々……そんな腹づもりだったのろう。
だからアリアとハイザン卿には距離があって当然なのだ。
「自分の妻が姪をいびるのを見ても、まるで興味なさそうでしたしねえ」
「待て。俺のアリアを『いびる』……だと?」
「あっ、いえ。イゾルデ叔母様も、そんなに酷い扱いではなかったですよ。ただ嫌味を言われたり、足を踏まれたり、意味もなくご飯を抜かれたりしただけで」
「そうかそうか。気に入らん女だとは思っていたが……次に会ったら息の根を止めてやる」
ロベルトは低い声でぼそっとこぼした。かなり本気のドス黒い目だった。
(最近は叔父様ったら手紙すらくれないけど……今度会ったときに少し聞いてみようかしら。魔法についてどう思ってらっしゃるのか。私なんかに、まともに取り合ってくれるかどうかは定かじゃないけど)
アリアはふうとため息を吐くのだが、そこでハッとする。
ロベルトが眉間にしわを寄せ、どこかハラハラしたような面持ちでこちらを見つめていたからだ。
(マズい! こんな暗い話はデートに相応しくないわよね!?)
そんな当たり前のことに今さらながら気付いてしまった。
アリアはにっこりと微笑んで話を変えることにした。
「私のことより、ロベルト様は最近お仕事はどうなんですか?」
「む、仕事か……まだマシだな。細々とした厄介事ばかりだ」
ロベルトはそう言って疲れたように肩を落とす。
「ただ、量が非常に多い。相も変わらずなかなか帰れなくてすまないな」
「いえいえ、お仕事ですし仕方ありませんよ」
しょぼくれる彼の背中を叩き、アリアは明るく言う。
(本音を言えば、もっと一緒にいたいけど……まだ一度も『夜』がないし)
この前のドラゴン騒ぎのときも、夕食後に呼び出しを食らって緊急出動だった。
そういうわけでそろそろ結婚して三ヶ月になろうというのに初夜が未経験だ。
そんな夫婦、この世に存在するのだろうか。
ちょっぴり不安になることもあるのだが、この前の一件でよく分かった。人々のために働くロベルトは、世界一格好いい。アリアはそれを応援するまでだ。
「私はいつでもあの家で、ロベルト様の帰りを待っています。だからお仕事、頑張ってくださいね」
「アリア……」
ロベルトは涙ぐみ、アリアの手をぎゅうっと握りしめる。
「分かった。あなたのいる家に帰るため、俺は王都中の悪を根絶やしにし、あらゆる問題を叩っ斬る。それまでどうか待っていてくれ」
「た、楽しみにしていますね……」
アリアはぎこちない笑顔で彼の誓いを受け止めた。
やると言ったらやる。そんな覚悟と気迫の伝わる宣誓だった。
しかしロベルトは不意に顔を曇らせて口元に手を当てる。
「ああいや、あらゆる問題を斬ると言ったが……ひとつだけ厄介な事案があったな。あれだけはどうも解決の糸口が見えずに困る」
「厄介な事案?」
「ああ。とある人物を探しているんだが、一向に情報がないんだ」
ロベルトはふうと息を吐き、天井を仰ぐ。
揺れる小型シャンデリアをぼんやりと見つめながら、ロベルトはぼやく。
「本当にどこに隠れているんだか。あの仮面の魔女は」
「ぶっっふーーーっ!」
話題を変えたはずなのに、またアリアの話に戻ってきた。




