十三話 騎士団長のデキる嫁
ロベルトはその日の夕刻になって帰宅した。
「ただいま、アリア!」
「まあ、ロベルト様!」
リビングでくつろいでいたアリアは、ぱあっと顔を輝かせて旦那様を出迎えた。
ぱたぱたと小走りで駆け寄ってにっこり笑顔を向ける。
「お帰りなさいませ、ロベルト様。定時でのご帰宅なんて珍しいですね」
「おや、そうだったか」
ロベルトは軽く目を見張って柱時計を見やる。短針は七をわずかに回っていた。
一応、騎士団の職務規程で定められた退勤時刻だ。多忙を極める騎士団にとって、ほとんどあってないような決まりではあるものの。
ロベルトは恐縮したように眉を寄せる。
「結婚して初めて定時帰宅とは……すまないな、アリア。いつもひとりにしてしまって」
「いいえ。旦那様のお帰りを待つのも奥さんの仕事ですから。それよりさぞかしお疲れでしょう。どうぞお休みになってください」
「なに、疲れなどあなたに会えただけで全て吹き飛んで……おや?」
ロベルトはふとアリアの足下に目をやって小首をかしげる。
「アリア。そいつはどうしたんだ?」
「あっ、ロベルト様にも許可をいただかなければいけませんね」
アリアはそっと抱きかかえ、ロベルトの前に翳す。
それは本日契約を交わしたばかりのドラゴンだった。
今は仔猫サイズに化けていて、ぴしっと凍り付いている。目の前にロベルトがいるこの状況が理解できていないらしい。
おかまいなしでアリアは続ける。できるだけ悲壮感たっぷりに、上目遣いで。
「この子、怪我をしているところを保護したんです。うちで面倒を見てもいいですか?」
「ふむ……」
ロベルトはじーっと白銀竜を見つめる。
少しハラハラしたものの、最終的には満面の笑みを浮かべてくれた。
「仔猫を助けるとはアリアは優しいな。もちろんかまわないとも」
「ありがとうございます!」
アリアはドラゴン(小)を抱きしめて頭を下げた。
ドラゴンにはあらかじめ認識阻害魔法を掛けておいたため、アリア以外の人間には白い仔猫に見えるのだ。
声や触った質感も完璧に仔猫のものを偽造できており、セバスもひとしきり撫で回してから仔猫用のご飯を用意してくれた。
ロベルトもまさか目の前にいるのが昼間のドラゴンだとは思いもよらないようだった。
万事うまくいったところで、ドラゴンが小声で抗議してくる。
(おい、聞いていないぞ!? 主はあの男と夫婦なのか!? いったいどういうことだ!?)
(あとで説明してあげるから、ガーくんは黙ってて)
(『ガーくん』!? 我の名はガオルザークだが!? 誇り高き白銀竜をなんだと思ってうぐむ!?)
キャイキャイ吼えるドラゴンの口に、アリアは哺乳瓶を突っ込んで黙らせた。
「よしよし、お腹が空いたのね。たーんとお飲みなさいな」
「なんと慈悲深い光景だ……女神は我が家にいたんだな……」
ロベルトはじーんと感銘に浸る。
そんな様子に、アリアはくすっと笑ってしまう。
今日は彼の騎士団長としての勇敢な姿を目にすることができた。だがしかし、アリアの前でだけ見せる油断した姿も、可愛らしくて愛おしい。つまり、彼の全てが大好きだった。
「ロベルト様。愛しています」
「と、突然どうしたんだ……?」
「また次、いつ会えるか分かりませんし。ちゃんと言っておかなきゃと思って」
たじろぐロベルトに、アリアはまっすぐに告げる。
言葉を尽くしても足りないが、だからこそ口に出す必要があった。
ロベルトは少しだけぽかんとした後、アリアをそっと抱き寄せる。
「俺も愛している。世界の誰より、あなただけを愛しているよ」
「……はい」
そうしてふたりは情熱的な口付けを交わした。
哺乳瓶を咥えたままのガーくんが胡乱げな目でこちらを見ていたが、ふたりが紡ぐ愛の世界には微塵も支障がなかった。
唇を離して、ふたりでしばし見つめ合い、どちらからともなくふんわりと笑う。
多くの言葉は必要なかった。
それだけで気持ちが通じたのが分かったからだ。
アリアはロベルトの腕に抱き付き、上目遣いに言う。
「もうすぐ夕食です。お料理をいただきながら、たくさんお話ししましょうね」
「俺も話したいことが山ほどある。そうだ、魔法の勉強はどんな調子だ? セバスからはかなり打ち込んでいるようだと聞いていたが」
「はい! たくさん勉強したんです。それで……」
「アリア?」
急にフリーズしたアリアに、ロベルトが首を捻る。
続きを口にできるわけがなかった。
(魔法をどれだけ覚えたか秘密にしないと……あの仮面の不審者が私だってバレちゃうんじゃないの!?)
騎士団長の妻が夫の仕事に首を突っ込み、後始末を放棄して逃げ出した……なんてことが白日の下に晒されては、アリアどころかロベルトの信用問題に発展するはず。そうなればどんなにロベルトがアリアを愛していようが、最悪の場合は離縁という展開もありえるだろう。
(離縁だけは絶っっっっ対に嫌!!)
爆速で計算し、アリアはぎくしゃくしながらも小声で呪文を唱える。
「ひ……《ヒール》」
「これは……!」
ふんわりとした光がロベルトを包み込む。
初歩の初歩、しかも威力を限界まで絞った回復魔法だ。疲労がほんのちょっぴり消え去る程度の効果しかない。それでもロベルトは目を見張って驚いてくれた。
アリアはぎくしゃくしながら言う。
「回復魔法が……少しだけ使えるようになりました!」
「なんと素晴らしい! うちの妻は天才だな!」
ロベルトの快哉が、夕焼けに染まるシュトザイン邸に響き渡った。




