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十二話 否応がなしの逃走

 ドラゴンは短い悲鳴を上げてのけぞり、そのまま地面に倒れ伏す。


 まだ命があるようだが、もう起き上がるだけの力は残っていないらしい。くぐもったうめき声をこぼしながら、だらんと力の入らない前足で虚しく地面をかくだけだ。


 ロベルトはそんなドラゴンを見下ろして、アリアに向けて片手を上げる。


「おかげで助かった。感謝する」


「……よくもまあ、あそこまで我武者羅に突撃できたものだな」


 アリアは渋い顔をするしかない。ロベルトは完全に防御と回避を捨てていた。アリアが援護に失敗していたら、間違いなく白光弾の直撃を受けていたことだろう。


「私が外したら死んでいたぞ。あんな無茶はやめるべきだ」


「何を言う。おまえの力量はさっきの魔法で分かっていたからな」


 ロベルトはニヤリと笑う。


「おまえは外さない。そう確信していたから走れたんだ」


「……まったく。楽観的な騎士様だ」


 アリアはやれやれと肩をすくめ、彼に背を向ける。

 呆れたふうを装えた……と思う。


(す……好き~~~~~!)


 本心では全力でよろこびを噛みしめていた。あのロベルトがアリアのことを信じて命を掛けてくれたのだ。ニヤニヤデレデレしてしまって当然である。


 締まらない顔になっている自覚があったので、なんとか元のクールキャラを取り戻そうと悪戦苦闘する。そんなふうに、アリアが顔面の筋肉を総動員していた、そのときだ。


《よもやここまで、か……》


 倒れ伏したまま、ドラゴンが小さく呟いた。

 さわやかな風が吹いて、じわじわと霧が晴れていく。


《我はただ、穏やかに生きたい……それだけだったのに……》


 その目から大粒の涙がひとつこぼれ落ちた。

 雫はぬかるんだ地面に吸い込まれ、跡形もなくなってしまう。

 それっきり、ドラゴンはまぶたを閉ざしてひと言も発しなかった。ただ自身の運命を受け入れたようだ。


(穏やかに生きたい……か)


 大きな図体に見合わないシンプルな願い。

 それがアリアの心を動かした。

 そっと振り返り、剣を手にしたままのロベルトへと尋ねてみる。


「このドラゴン、どうするんだ」


「人に危害を加えたんだ。このまま駆除するしかない」


「……そうか」


 ここで慈悲をかけたところで、ドラゴンは恨みを抱いて再びこの国を襲うだろう。

 脅威となりうる芽を摘むのも騎士の仕事だ。

 他の騎士たちもドラゴンの駆除に協力すべく剣を携えてやって来るところだった。


 だからアリアは必死になって考える。そうして考えた結果、とある案が浮かんだ。


「おい、白銀竜」


 ドラゴンのそばにしゃがみ込み、そっと声を掛ける。

 するとその目がそっと開かれた。訝しげなその目を覗き込み、アリアは告げる。


「私と契約しろ」


《っ……!?》


 ドラゴンだけでなく、ロベルトならびに他の騎士たちも息を呑んだ。

 魔物を使役する《テイム》という魔法がある。

 契約によって魔物の行動を制限し、意のままに操る技だ。

 書物で読んだだけなので未経験の魔法だが、それしかこのドラゴンを救う方法はなかった。


「私と契約し、従魔となれ。そうして、二度と人を襲わないと約束しろ」


《バカを言え! 崇高なる我が人間の下僕になどなるものか!》


「だが、このままだとおまえは死ぬぞ」


 現実を突きつけると、ドラゴンはうっと呻いて黙り込んだ。

 潔く死を選ぶと突っぱねられたらそれまでだが、どうもまだ生に未練があるらしい。

 光明を見つけ、そこにアリアは畳みかける。


「約束しよう。契約した暁には、おまえが静かに暮らせる場所を与えると」


《……どうしてそこまでする》


「なに、私もそうやって暗いところから引っ張り上げてもらった経験があるのでね」


 そこでちらりとロベルトを見やる。

 彼は視線の意味に気付くことなく、少し首をかしげるだけだった。

 アリアはふたたびドラゴンに向き直り、右手の人差し指を噛み切った。

 傷口からじわじわと珠のような血が膨れ上がっていく。


「どうする。決断するなら早いほうがいいぞ」


《……致し方あるまいな》


 ドラゴンは小さくつぶやき、そっと頭を持ち上げた。

 意思確認は済んだ。アリアはドラゴンの鼻先に指を翳して呪文を唱える。


「魔の者よ。我に忠誠を示し軍門に下れ」


《我が名は白銀竜ガオルザーク。汝に忠誠を誓おう》


 ドラゴンの鼻先に血の雫が落ちた瞬間、淡い光が弾けてゆっくりと消えた。

 契約完了。これでドラゴンはアリアの命令に従わざるをえなくなった。

 ドラゴンは深紅の瞳を向けて低い声で告げる。


《これは仮の契約だ。汝が主に相応しくないと判じれば……即刻、その頭を噛み砕いてやるからな。ゆめゆめ忘れるなよ》


「分かっているとも」


 アリアはドラゴンの額をそっと撫でる。

 ついでに回復魔法を施せば、焼け焦げた鱗や羽根が瞬く間に治っていく。

 騎士たちがどよめき剣を構えるが、アリアはドラゴンを庇うようにして前に立った。


「そういうわけで、このドラゴンは私が管理することになった。こいつが掛けた被害は私が弁償する。だから……頼む。殺さないでやってくれ」


「ああ……」


 アリアが深く頭を下げると、ロベルトは呆然とした声を絞り出す。


 弁済の宛てはあるかと聞かれるとかなり怪しい。

 そこを突っ込まれるやもとヒヤヒヤしたが、ロベルトはドラゴンと、その隣に並ぶアリアを見比べて、ふっと笑った。剣を収め、晴れ晴れとした笑顔で言う。


「白銀竜をテイムするなんて前代未聞だ。恐れ入ったよ」


「では、このドラゴンは……」


「まあ色々と厄介な処理はあるが……こうなったからには貴殿のものだ。しっかり監督してくれたまえ」


「ふう。よかった」


 アリアはホッと胸を撫で下ろす。

 これで一件落着――そう思えたのだが。

 ロベルトがいくぶん硬い面持ちで続けた言葉に、ぴしっと凍り付くことになる。


「そういうわけで、貴殿の名前を教えてもらえないだろうか」


「…………は?」


「名前だ。フルネームを聞かせてくれ」


「そ、その……名乗るほどの者ではない」


 気の利いた偽名も浮かばず、そう誤魔化すことにする。

 しかし――。


「いや、そういうのはいいから」


 ロベルトは冷たくあしらい、真顔のまま距離をずいっと詰めてくる。


「貴殿のドラゴンが周囲に被害を及ぼしたんだ。当然、様々な書類にサインしてもらうことになるし、調書も取らせてもらう。従魔登録も必要だ。冒険者ライセンスは持っているだろう? 見せてくれ。魔道連盟の階位章でもかまわないんだが――」


「すまない急用を思い出した! 飛んでくれ!」


《はあ!? 契約早々、竜使いの荒い主だな!》


「あっ、こら待て!」


 アリアはドラゴンにまたがって、全速力で退避を決めた。

 瞬く間に空へと浮かび上がったかと思えば、羽根を大きくはためかせただけで景色がぐんぐんと後ろへ流れていく。風は強くて冷たいが、眺望は絶景だった。


 アリアはおもわず歓声を上げてしまう。


「きゃー! ドラゴン最高だわ! このまま適当に身を隠せるところまで飛んでちょうだい!」


《承知した……が、主よ。急にキャラが違くないか?》


 ドラゴンは首を捻りながらも、命令に従って飛翔した。

 さすがは世界最速の飛翔速度を誇るドラゴン族である。あっという間に関所は見えなくなり、追っ手もかからないようだった。アリアはひとまずホッとして、空の旅を楽しんだ。



 一方その頃、ドラゴンが飛び立った関所は大きな騒ぎになっていた。


「逃げたぞ! 探知はどうだ!」


「ダメです! 強力な妨害魔法がかかっていてまったく追えません……!」


「上になんて報告すりゃいいんだよ!」


 騎士たちが慌てて手を回そうとするが、もはや手の打ちようがない。

 そんななか、空を見上げるロベルトにオスカーが近付いていってそっと尋ねる。


「あれってまさか、黄昏の魔女ですかね」


「いいや。あの人にしては荒っぽい魔法だった」


 ロベルトはかぶりを振り、竜の飛び去った方角を睨んで低い声をこぼす。


「敵か味方か……油断ならん相手だな」

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