十一話 夫婦共闘
突如上がった大声に騎士たちだけでなくドラゴンもまた目を丸くする。
注意が引けた。ドラゴンの牙はロベルトの首から数センチのところで止まっている。それを確認して一気に畳みかけた。
「《ヘイスト》!」
《うおっ!?》
アリアは高速移動魔法を用いて一息でドラゴンとの距離を詰め、全力の体当たりをお見舞いする。
アリアの体格は女性の平均より少し小さいが、音速に近い速度が加われば、ただの体当たりでも大砲の弾に匹敵する威力になる。
おかげでドラゴンはあっさりと吹き飛んで、木々が何十本となぎ倒された。
アリアはほっと胸を撫で下ろすのだが――。
(うわああああっ!? どうしましょう!? 思わず飛び出しちゃったんだけど!?)
すぐにやらかしてしまったことに気付き、その場でぴしりと立ち尽くしてしまう。
その背中に、周囲の視線とざわめきが痛いほどに突き刺さる。
「仮面……? 貴様、いったい何者だ」
ロベルトも上体を起こし、怪訝そうな顔でこちらを見つめていた。
突然、謎の人物がピンチを救ったのだ。
至極当然の反応だった。
(はう……ちょっと無遠慮な視線も新鮮でいいわ……不審者にはこんな目をされるのね、ロベルト様……って、そうじゃなくて!)
旦那様の別の一面に胸キュンしかけるが、慌てて思考を現実に引き戻す。
(大丈夫。声も気配も、魔法で誤魔化せているはず。私とバレないように、しゃべり方にだけ気を付ければ……)
どんなしゃべり方がいいだろう。
できるだけアリアベル本人からかけ離れたものがいい。
深窓の令嬢が絶対にしない、ちょっと威圧的でぶっきら棒な、そんなしゃべり方が……。
(あっ)
そこで気付く。ちょうどいいシミュレート先が目の前にいた。
アリアはごほんと咳払いをしてから、低い声で言う。
「……ただの通りすがりだ。助太刀する」
それを聞き、ロベルトがほんのわずかに片眉を上げた。
依然として不審者を見る目は変わらない。だからこそアリアはホッとした。
(なんとか私とバレずに済んだみたいだけど……『助太刀する』ってなに!? いやまあこう言うしかないんですけど!)
ここで逃げた場合『私には後ろめたいことがあります!』と全力で主張するようなものだ。
素知らぬ顔をして通りすがりの冒険者を装い抜くしかない。
覚悟を決めようとするも――。
(えっ、待って……っていうことは、私もドラゴンと戦うの……? 私、ただのか弱い奥さんなんだけど……?)
どこか冷静な自分がいて、アリアは冷や汗を垂らすばかりだ。
そんなしかしロベルトは渋い顔のままだった。
「助太刀は助かる……と言いたいところだが、民間人を危険に晒すわけにはいかない。奴は白銀竜。A級モンスターだぞ」
「しょ、承知の上だとも。名高い騎士団長殿の力になりたいだけだ」
「ふむ……」
ロベルトはアリアの顔を――仮面を見つめ、数秒ほど考えてから小さくうなずく。
「そこまで言うのならお手並み拝見といこうか。少しはやるようだしな」
「……ああ」
アリアが右手を差し伸べると、ロベルトは口の端を持ち上げてその手を取って立ち上がる。
どこか皮肉げな薄い笑みだ。だがしかし、わずかな期待が熱い手のひらから伝わってくる。
それがアリアの闘志に火を付けた。
冷や汗がすっと引いて、あとには静かに燃えさかる心だけが残る。
(私にできるのは魔法だけ。だったら全身全霊の魔法をぶちかますのみよ!)
後は野となれ山となれだ。
そう腹をくくったそのときだった。
倒木に埋まっていたドラゴンがとうとう復活した。突風とともに空へと舞い上がったかと思えば、勢いよく凍結ブレスを噴き出そうとする。
《小癪な! 矮小な人間が何人増えようと、我の敵では――》
「《フレア》!」
《は?》
アリアはその白光瞬く口めがけて、全力の炎魔法をぶちかました。
ちょうど今朝方、海に向かって練習していた初級魔法の改良バージョンである。まばゆく輝く巨大な炎柱が、まっすぐドラゴンに放たれる。
どうせ効かないだろうが威嚇くらいにはなるだろう、と思った矢先。
ドッゴオオオオオオオオン!
「あれえ!?」
炎がドラゴンを包み込み、その巨体がひゅるひゅる……どすん、と地面に落下した。
ドラゴンの体はあちこち焼け焦げ、プスプスと白い煙が上がっている。ロベルトの剣戟をいくら受けても傷ひとつ付かなかった鱗が、見るも無惨に爛れて泥まみれだ。
ドラゴンはよろよろと鎌首をもたげ、目をひん剝いてアリアを凝視する。
《ぐ、お……な、何だ今の魔法は……! 人間の魔力量をゆうに超えている! 貴様、いったい何者だ……!?》
「えっ、えーっと……?」
アリアは目を瞬かせるしかない。
独学かつたった一ヶ月で覚えた魔法でドラゴンに一矢報いたなんて現実とは思えなかった。
隣のロベルトもぽかんとしているし、後方からは騎士たちの戸惑う声が聞こえてくる。
「白銀竜を打ち落としただと!? しかも初級魔法の《フレア》で……!?」
「すげえ……魔法隊のカルラス団長並みだぜ、ありゃ」
「あんな魔法使いがこの街にいたとはな……」
戸惑いはやがて熱を帯びた歓声に変わり、ちらりと振り返ってみれば皆一様に期待の目を向けていた。
(よく分かんないけど……効いてるなら、もう一度……!)
アリアは畳みかけるべく、再度呪文を唱える。
「《フレ……ああ、いや」
それをすんでの所で中断し、かぶりを振る。
掲げた右手から茜色の光がふっと消え、身構えたドラゴンが目を丸くした。
情けを掛けたわけではない。アリアは淡々と、別の魔法を実行する。
霜が溶けてぐっしょり濡れた地面に、足で魔法文字を一文字だけ刻んで仕上げとした。
「山の近くで炎は好ましくないな。《サンダーボルト》!」
《グギャアアアアアアアッ!?》
天空より巨大な雷鎚が落ち、ドラゴンを打ち据えた。
凄まじい光と音があたり一帯を揺るがして、盛り上がっていたはずの騎士たちが水を打ったように静まり返る。
ロベルトは呆れたように眉を寄せる。
「霜融けの汚泥で電撃の効果倍増か……考えたな。だが下手したら俺たちも感電していたぞ」
「なに、抜かりはないとも」
そう言って、アリアはつま先で地面に刻んだ魔法文字を指し示す。
「雷よけの結界も展開しておいた。私も好き好んで感電する趣味はないのでね」
「二種類の魔法を同時に発動しただと……? 相当な高等技術じゃないのか」
「そんなわけないだろう。普通は三種類までなら余裕だ」
「どこの世界の『普通』だ、それは」
ロベルトは信じられないものでも見るような目を向けてくる。
疑いを持たれてしまったか、とハラハラさせられたのは一瞬のこと。
彼はすぐにふっと柔和に微笑んで、ふたたび剣を構えてみせた。強い瞳でしかと見据えるのは、雷撃を受けてもなお起き上がろうとするドラゴンだ。
「ともあれ、部外者に任せっぱなしだと騎士の名が泣くな。俺が仕留める。援護を頼めるか」
「っ……ああ!」
「では頼むぞ! 《ヘイスト》!」
ロベルトは言うが早いか地面を蹴ってドラゴンへと迫った。
アリアももちろん同様に《ヘイスト》を掛けたものの、ロベルトの動きを目で追うのがやっとだった。彼がどれだけその魔法を鍛錬したのか、今になって分かる。
《グギギ……小癪ナ人間ドモメガアアアア!》
ドラゴンが穴だらけの羽根をはためかせ、ロベルトめがけて無数の白光弾を放つ。
広範囲にブレスを吐き散らす余力がないのだろう。それでもその白光弾は大きな木をまるごと凍り付かせるほどの威力があった。
今、そのうちのひとつがロベルトに肉薄し――。
「《フレア》」
《なにィッ!?》
パアンッ!
横手から飛来した火炎球がその白光弾を撃ち落とし、ドラゴンが驚愕に目を見張る。
アリアの唱えた魔法だ。
こちらも炎を細かく撃ち出し、ロベルトを狙う白光弾をひとつ残らず相殺していく。絶対零度と灼熱がぶつかり合ったことで、あたりには濃い霧が立ちこめる。
自身の足下すら見えないほどの乳白色の景色の中。
霧を断ち切るようにして、ロベルトが鮮烈な突きを放つ。
「これで終わりだ!」
《ガッ……!?》
その切っ先が、見事ドラゴンの逆鱗に突き刺さった。




