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雪想花4

 それが二週間を過ぎると、嫌でも真実が見えてくる。

 宮殿内の噂話で、フレアがもうとっくに死亡していることを知ったクラウスは、父に激しく問い詰めた。


「仕方なかったんだ。止める間もなかったということだから」

 この件はうやむやになってしまった。王家に関することは、国民には知らされない。家人のひとりがいなくなっても、たいして打撃を受けはしないのだ。


 家人だろう? と父が言った一言が、クラウスを怒りに染め上げた。


 すべての仕事を放棄し、祖母を殺しに行こうと宮殿に乗り込んだ。しかし、宮殿には兵士がおり、たった一日で反逆者になったクラウスに剣を向けてきた。


 剣技でクラウスに勝る人間は、ほとんどいなかったが三十対一には、クラウスの力も及ばなかった。


「何が王家だ! 何が国家だ! 人、ひとり守れない体制など、なくなってしまえばいいっ!」


 真っ青な顔でクラウスは剣を繰り出した。

「クラウス様! どうか剣をお納め下さい、どうか!」


 友人も忠実な部下も止めようとしたが、最愛の人を亡くしたクラウスには届かなかった。聞こえていても、どうしようもなかったのだ。


 クラウスは剣の傷を無数に負い、血に染まったまま倒れた。


 せめて亡がらをと言ったが、死体などもうどこぞに埋めてしまっただろうと言われた悔しさ。自分の権力が祖母に劣っていたのだろうか。


 奴隷だから、どうこうしてよかったのだろうか?

 クラウスは私邸に戻っていた。執事や、他の家人たちが手当てをしてくれたのだろう。


「……フレアはいないのだな」

 目を覚ますとクラウスは、開口一番にそう言った。


 雪は降っていなかった。明るい太陽の光が窓の向こうから部屋に差し込んでいる。


 クラウスがそう言ったことに、執事や、コックはこらえていたものを開放して、泣き出した。フレアはいい娘なのだ。 気立てもやさしく、けっして臆病でもなく、よく働いて、よく聞き分けて、執事が肩を痛めていたときは、代わりにいろいろやってくれた。いつも笑顔で、楽しそうに。


 コックは、菓子作りをずっと教えていたのだ。とても一生懸命な、元気な生徒だった。


 その彼女が、突然この世からいなくなってしまった。

 とても理不尽なかたちで。


「クラウス様は、公私とも公正明大なかたで、どれだけこの国のためにお仕事をなさっておられるか……」


 クラウスは貿易を司る事務に追われていたのだ。対外交渉の最終的な決断は国王だが、それまでを判断するのはクラウスの仕事だった。その間にフレアは、命を奪われてしまったのだ。しかも、クラウスの子供と共に。


 クラウスは宮殿に登ることを放棄してしまった。


 私邸にいる家人たちに充分な金銭を与えると、「どこへでも行くがいい」と解放してしまった。


 執事や、料理人はもう長いことクラウスのそばにいたせいで、出て行くことはなかったが、若い者はありがたく故郷へ帰っていった。庭師も冥福を祈りながら、涙にくれながらクラウス邸を後にした。


 残ったものは二十名中五人だった。もともと身元のない者、この住み慣れた屋敷を我が家としている者、クラウスのことが心配だった者、クラウスに忠信を持っている者たちだ。


 クラウスはフレアを失って以来、屋敷に来る人間にさえ一切面会にも応じなかった。


 クラウス自体、ほとんど部屋着でだらだらと酒を飲んだり、本を読んだり、木漏れ日のある庭をぼんやりと歩いていたりするだけだった。


 屋敷の中に居ても、ときおり探すように目を彷徨わせてうつむく。探すのをやめられなかった。


 クラウスは錯覚で、何度かフレアが宮殿から「ただいま帰りました」と言ってくるという白昼夢を見た。


 何が特別だったのだろうか。フレアは他の女とは違っていたのだ。彼女はそこにいてくれるだけで、それでよかったのだと思い知る。


 雪の降る暗い夜にお酒が進むとクラウスは酔ってようやく涙を落とした。それは静かに静かに落ちた。


 日々が過ぎ、言葉少なくクラウスは他の者たちに屋敷を出るよう伝えたが、最後まで二人だけは残った。執事と料理人だ。料理人曰く、少しでも美味しいものを食べると気がまぎれるし、元気が出るだろう、という理由での残りだ。


 執事は家のことは私がいないと、お困りでしょうから、と残った。クラウスのことを心配しているなどと、いっさい口にはしなかった。


 二十二歳になるクラウスの未来は、閉ざされてしまったも同然だった。宮殿からの呼びかけは徹底的に無視をした。


 クラウスが考えていたのは、どうしたらフレアの仇と戦えるかということと、力が欲しいということだった。どうしても納得がいかないのだ。


 季節が移り変わっても、クラウスの中はただひたすらフレアのいなくなってしまった日から動かない。

 クラウスは軍服などのきちんとした服装などを処分した。

髪もただ伸びているような感じになってきた。


 もともとふくよかではなかった肉が削げ落ちて、笑顔などはいっさいなくなった。クラウスは本を読みながら、復讐について考えていた。


 復讐したところで、フレアは戻らないことも分っている。もう老いている祖母は、家人がいたことも覚えてはいないだろう。無駄なことだと分かってはいる。


 ふと昔話に聞いた魔導師のことを思い出した。

 何でもできる力を持つという魔導師になれば、フレアを生き返らせることも可能なのだろうか。それならば、途中でむりやり奪われてしまった彼女の生を蘇らせて、今度こそは幸せに暮らしていける。


 思いたったらすぐにクラウスは魔導師を探し出した。

無気力だった主に活力が戻り、料理人も食事がなくなって戻ってくるのを喜んだ。執事もクラウスがようやく長い月日をかけて、動けるようになったと内心で安心していた。


 魔導師と名乗る者をつれてきては、クラウスはいろいろなことを聞き出した。そして、死者を生き返らせることだけは不可能だということを知った。それならばと、魔術の力を持って宮殿の中に巣くう、どうしようもない制度を壊してしまおうと考えた。

 



 はっと我に返った。

 ここは幻想的な船の上の庭園だ。どうにかして過去からの回想から逃れられたクラウスは立ち上がって、周囲を眺めた。


 探していたのは「優雅な小屋」だ。


 おそらくこの庭園内にあるのだろうが、こんな階段を作るくらいだからきっと小屋といっても何かあるかもしれない。

 幻想的な光景は、夜のとばりに美しさをひろげてやまないが、どこか切ない。


 きっとこんな場所をユイが見れば、駆け回ってよろこんでクラウスの心をそっと満たしてくれただろう。


 ユイは無邪気で、それなのに悲しさや痛みを知っていた。

 そんなユイのために、花を探しているのだから。


 「優雅な」。船である以上、航海をするとちょっとは優雅になるのかもしれない。雪の地面を水に見立てて、クラウスはこの船を動かすことにした。


 静かに佇むと大きく両手を上にし、丸く円を描くように胸のところで両手を重ねるようなしぐさをする。大きな潮流が生まれ、空間のうねりが発生すると、巨大な船はふわりと浮いた。


 風は多少あるようで、クラウスが指をならすと、マストが目に見えない棒があるかのようにひるがえった。ざざざっと音がして、船が雪の海を行く。


 外灯の炎が風になびいて心細い明かりになった。


 明かりの陰に隠れていたのか、船の中ほどに木々に囲われた、瀟洒な小屋が見つかった。木々もさすがに風に揺らされて、小屋を隠しとおせなかった。


 ガラスでできた小屋だった。美しいけれど、建物としては心もとない雰囲気を感じる。それで「優雅な小屋」というわけなのだろう。


 クラウスはそこに入っていった。風が吹かないので、外よりは多少温かい気もする。室内に明かりを付けて、クラウスは四方を見てみた。どこから見ても隠し部屋にはちがいない。しかし、花へのヒントとなりそうなものは何も見当たらない。


 くらりと眩暈がしてクラウスは小屋のなかの椅子に腰掛けていた。

 この次のヒントは「虹の架け橋」だった。


 どれもこれもよく分からないヒントだ。花を採ったものはその秘密を決して残しはしなかった。


 航海中の船から見る「虹」と考えていいのだろうか。しかし、こんなに雪が降っていては、虹どころではないだろう。


「架け橋」とは文字通りの意味だろうか。


 ガラスの屋根を見上げて、クラウスは何やらぶつぶつと唱え始めた。何の力も入っていなかった手が固く握り締められる。もう一方の手を拳の上に重ねるようにして、祈るように握り締められると目を閉じてどこかに力を放出させた。

 雪が雨に変わった。


 ガラスの小屋にいるクラウスは濡れはしない。魔法でできた炎も小さくはなったが、雨に消えたりはしなかった。

「虹」には光がないとならない。


 クラウスは深呼吸をひとつすると、天に両手をかざした。小声で呪文を唱えつつ、天を蒼い瞳で見つめる。


 闇の彼方から光が一筋、雨の降りしきる中に落ちてきた。

 雲の切れ間から差し込む光は、天からのはしごのようにも見える。


 あたたかそうな光は、仕事に疲れ果てた日に、帰宅すると嬉しそうに迎えに出てくる少女をほんの少し思い起こさせる。


 雑念を振り払い、クラウスは天へ掲げていた手を下ろした。心より愛した少女のことを、今日はどうしても脳裏から追い払えない。


「本日はケーキの練習をしたのです。クラウス様はあまり、……本当はあまり甘すぎるものはお好きではないのでしょう? ですから、かなり甘さを控えてみたのです、そしたらパコックったら、これではケーキというより蒸しパンだって言うんですよ。でも、きっとクリームをつけたらいいと思って、付けてみたんだけども・・・。蒸しパンにクリームが乗っているようでした。もっと、美味しいものを作れるようになりたいです」


「ちょっと食べてみたかったが」


 クラウスがそっと言うと、フレアは「とんでもない」という言葉を絵に描いたような表情になった。


「もっと美味しくなったらお召し上がりいただけます!」

 声に笑みを含ませてフレアは、ちょっと甘えたようなしぐさをする。クラウスは、からかわずにいられずに


「これより甘いものもないだろう?」と彼女の口を塞ぐ。


 二つに結わわれている髪の留めをクラウスは解いてしまう。編んでいたせいで柔らかくウェーブする亜麻色の髪が、すこし濡れていることに気がつく。おそらく帰りの遅いクラウスを待てずに、入浴して休むつもりだったのだろう。


 キスから解放されるとフレアは頬を朱に染めて、離れようと努力する。

 

 そのまま抱き寄せてクラウスは、耳元でそっとささやく。


「どこへ行くんだ?」

 フレアは困ったような、嬉しそうな表情で抵抗をやめる。

 

 ・・・甘い甘い記憶。



 今さら十年も昔の記憶に振り回されたくはない。

クラウスは流されそうになる感情に、理性を復活させようと努力した。冷気に励まされて、なんとか虹を作ることに成功する。


 雨の降りしきる中へ歩き出した。


 小屋を出てまっすぐに虹の架かっている方へと行く。「架け橋」を探さないとならない。


 二日ほどならいいが、三日も四日も留守にはできない。ユイが淋しがるだろう。


 虹の出発点を見つけて、クラウスは雨を雪に戻した。石碑が置いてあるのを見つけたのだ。文字が書いてある。


『夢の花咲く この彼岸にて 汝、罪を悔い 

架け橋を超えれば 汝の最愛の者に逢えるであろう』


 クラウスは石碑を粉々にするのを押しとどめた。激情など久しい感情で、どうコントロールするのか忘れてしまったかのようだ。


 フレアに逢いたい。それは、今はかなわぬ願い。

 静かで広大な庭園に雪が降りしきる。徐々に積もっていく雪が美しい。


 クラウスは寒さに気付いた。忘れていたのだ。雨が降っていたというのに。濡れて重くなった衣装と、しずくをたらす髪に体の熱を奪われていく。


 手に炎を作ると、衣装などを乾かそうと近づける。


 突然、激しい頭痛に襲われた。その場で膝をつく。手を伸ばし適当なものを掴んで痛みをこらえる。



 魔道を極めれば極めるほど、力が無限なのに驚いた。それなのに人を生き返らせることは不可能なのだ。天の法則というものなのだろうか。


 クラウスはこの世のありとあらゆるものを憎んだ。悲しみに生きていられなくなる反動とも言えたが、憎むことでフレアの存在を忘れた。


 洪水を起こし、嵐をこの国に呼び寄せた。


 湖のモノたちがクラウスに向かってくることもあったが、そんなものは炎で撃退してしまった。自称魔導師たちは、邪悪な術をクラウスに教えていた。教えた後で、クラウスの強大な力の前におびえて逃げ出した。


 最後に出会った光の導師は、今までの魔導師とはまったく違った。あたたかい緑の瞳と、人々に慕われる穏やかな性格をした初老の人物だった。向上を願うクラウスに、師匠としてついてくれた人だ。


 初老の男は何度もこの世界の成り立ち、創造主の意思、世界に満ちているありとあらゆる美しいものについて話し、光に属する術を披露してくれた。


 しかし、クラウスはすっかり邪悪な力の虜となっていた。師匠の優しさが、どこかで感じたことのある何かに似ているとうっすら思うものの、何なのかはどうしても思い出せなかった。

 

 教えることはほとんど教えたと、ゆっくりと笑みながら師匠は最後に術をかけるから、それを受け流すようにと説明した。


「私はもう寿命だから、もし術をうまく流せなくても気にすることはない」

 

 師匠が去ってから数日後に、クラウスは攻撃を察知した。あまりにも強い攻撃に、とっさに反術を施した。さすがに今のが師匠からだとは思えなかった。


 光の導師に出会ってからは、師匠の館に滞在をしていた。クラウス一人で滞在していた。師匠は他の屋敷を持っており、そこで寝泊りをしていたからだ。

 

 反術をした後に、クラウスは師匠を気にして屋敷に行くと、すべてのものが破壊されていた。屋敷の内も外も、生きとし生けるものはいなくなっていた。


 術の性質を調べると、それはまぎれもなくクラウスの反術の成果だった。


 師匠が何度も警告したのは、攻撃を跳ね返すのではなく緩和させてなくす方法を使うための術についてだった。クラウスならば、あの強大な攻撃の術すら緩和できると思っていたのだろう。


「緩和する術を使っていれば……」


 悼む気持ちで祈ると、ついぞ忘れていた悲しい気持ちが思い出された。つぎつぎと懐かしいおだやかで幸せな日々もよみがえってきた。


 こうしてクラウスは一人になった。館に帰ると、美しい女性が待っていた。


「あなたは非常に強い力を持っています」

「人ではないな」


 それは井戸に隠されていた封印の術式だった。湖に棲む魔物を封じていた湖の結晶が、抵抗する間もなくクラウスの力を封じた。


 クラウスは、それ以来、季節の風すら区別ができなくなった。


つづく

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