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雪想花2

2026.5/24 読みやすいように改稿

 クラウスは王城の選定会場となる広間で、新しい奴隷の中から気に入った者を自分の屋敷に迎え入れることになった。


 王弟の息子であるクラウスは、子供のころから突出した天才だった。何をやらせても完璧に近い成績を残していた。


 そんなクラウスが十六歳になると、宮殿では事務官の下っ端の仕事と、軍の兵士として仕事をしだした。事務の仕事もほとんどすぐに覚えてしまい、十八歳には剣も隊長クラスの人間さえ敵わないほどの腕前になった。


 さっそうと宮殿のあらゆる任務をこなした。早く父のように会議で国交や、貿易などの話し合いに加わりたかった。いつか実現させたい夢だった。


 国王の弟である父は、いつも大変な立場だったが、少しも愚痴したりしない。


 クラウスには、父が国王の忠実な家臣であるばかりか、腹を割って話し合える特別な存在にも見えていた。それは往々にして確かにそうだった。


 クラウスの父は兄をしっかりと国王に据え置き、政務をこなしていた。彼なくしてフィラシス国はないとも言えた。そんな父を見て育ったクラウスがいかに勤勉で、誠実で努力家だったかは他の人々も分かっていた。


 二十歳になったクラウスは私邸を持つことを許され、そんなに多くない家人を持った。さらに1年後にその優秀さや、勤勉さに褒賞が与えられたのだ。

 

 それが、今回の奴隷、つまりは家人を今年奉仕に入った者から自由に選べるというものだった。


 クラウスは面白くもないその褒賞に呆れ返ったが、受け取らないとまた何かとうるさいのを充分知っていた。しかもこの家人選びは、貴族の者たちにとっては遊びにも等しいものだ。家人を色事に使うために貰い受ける恥知らずもいるという。


 家族から身売りされた奴隷たちには、家人となるしか選択の余地はない。毎年、そのような人たちが存在するのが、国の政治に欠陥があると考えているクラウスにとって、うれしいわけがない。しかも、今回は参加者が多い。見学者までいると聞く。


 おそらくは、クラウスの選ぶ家人を見たいだけだ。二一歳にもなって未だに恋人すら作らない堅物者と、城内では評判なのだ。


 特定の恋人は作りたいと思わなかった。正直、もっと自由でいたい。



 出かける前から不機嫌なクラウスが、たまらないといった様に「本当にくだらないっ」と吐き捨てた。

 

 連れ立って来た執事がほんの少しだけ気の毒そうな表情になっていた。

 

 やさしい雨が降る新緑の季節だ。空気は緑の薫りを含んでクラウスの気持ちを少しばかり抑えてくれたが、王城に入ると憂鬱な気分しかなくなった。豪華な絨毯を踏みしめて、宮殿の階段を上り切ると、広間への扉が大きく開いていた。


 荘厳なやたらに広い広間だ。入ったものが圧倒されるように丁寧に、豪奢に工夫を凝らしている。シャンデリアの明かりがことさら強いのもそのせいだろう。


 分厚い絨毯の色が朱色一色なところも、クラウスは趣味を疑っていた。


 朱色の絨毯に、萎縮し、申し訳なさそうな顔をした家人候補たちは、四十五名ほどだった。若い者も、中堅の者もいた。集められたのは、貴族の家人にふさわしい技能を持つ何かのスペシャリストも混じっている。何らかの事情で売られたのだ。


 クラウスにもリストが配られた。


 人物の名前と、経歴、特技などが書いてある。


 クラウスの目に止まったのは、経歴もない、少女の名前だった。特技が「お菓子作り」となっている。経歴がない以上、その特技自体の腕前も疑われる。


 直感でこの少女は自分の家人にしようと思った。まだ未熟なのであれば、菓子作りを習わせられる。若い女性だったが、クラウスにはどうでもいいことだった。


 家人選びがはじまった。


 一人一人が氏名を告げて、簡単なあいさつをしてゆく。クラウスは二名貰い受けることになっていたので、もう一人をどうしようか考えていた。


「庭師でございます」と男が言った。もう初老と言っていいだろう。


 貴族たちはどよめいた。初老の家人など必要ないというブーイングだ。そうして一人一人の紹介が終わると、別の部屋に移動する。


 貴族たちは席についてくつろいだ。会食がはじまるのだ。もちろん家人がどれほど使えるかのテストも兼ねている。


「ほら、ここにこぼれているわよ」

「は、はい。いますぐ」


 慣れない手つきで少女や女たちが、給仕する。男たちも必死でなんとかするが、先の初老の男はどうにも使えなさそうだった。


 テストが終わると、もとの広間に戻る。いない間に、テーブルや椅子が並べられ、音楽が流れていた。

談笑がはじまる。


 だんだん貴族たちは自分の貰い受ける人物を特定し始める。各テーブルで用紙に番号か、家人の名前を書いて提出する。早い者勝ちになっているため、もうとっくに申請してもらっている人もいるだろう。


 クラウスは用紙を提出して許可をもらうと、該当の少女のところに向かった。おびえるように下を向いていた少女に声をかけてふと笑いかけた。少女はクラウスを見て頬を染めたが、すぐに下を向いた。


「特技は菓子作りだったな?」


 声掛けに、はじけるように顔を上げる。


「は、はい!」

「自信はあるのだろうな?」

「あると思っています」


 亜麻色の髪をした少女は、震えながらもそう答えた。


 それまでは、貴族たちに小突き回されていたのだ。そこにクラウスが現れて、救いの手を差し伸べた形になった。


「その娘は私が面倒をみようと思ったのだがなぁ!」


 漁色家で有名な太った貴族が用紙を手に、大きな身振りで嫌味を含んだ物言いをした。


 普段、クラウスとは会ったこともない貴族だ。身分もクラウスの方がずっと上だろう。だからと言ってないがしろにはできない。


「私はこの娘の菓子作りの腕を見込んで、家人に加えようと思います」


 丁寧な物言いでクラウスは応えた。


「菓子ですか。クラウス様は、無類の甘党ということですな」


 面白くないことに、少女は意外にも可愛らしい容姿をしていたのだ。クラウスは自分がこの娘を受け取り、どのように扱うかを邪推されてムッとした。


 女を知らないクラウスではない。それゆえに、この邪推に腹が立った。


「私は能力主義者なのです。もう一人はあの庭師に決めたくらいですから」


「あの、じいさんを?」


 貴族たちは呆気にとられて、ある者はこの愉快なゲームに不快な波をもらたしたクラウスに腹を立てた。しかも、能力主義と言って貴族たちの機嫌を損ねているのだ。身分は上だが、クラウスは若いために一部の貴族たちからやっかまれてもいる。


「私のもとで働くがいい。ついて来い」


 初老の男も、少女も不機嫌になっている主人に慌てて付いていった。


 さっさと決めてしまったクラウスは、執事に命じて少女と初老の男を連れて、宮殿から立ち去った。




 透明な階段を上りきったクラウスは、周りを見渡した。


 確かに「船」の上にいるようだ。しかし、巨大な船なため、船というより地面にたどり着いた感がある。すぐに庭園への入り口が見えてきた。


 庭園の様子を見ると、地図に書いてある通りだった。しかし、地図に書かれているのは、暗号だ。船の上に庭園があり、庭園の大雑把な地図が描かれている。おそらく、ここからが本当の道なのだ。


 庭園には雪があまりなかった。雪はちらりとしか降っていない。気候が地上とここでは違うようだ。


 次の目印は「優雅な小屋」だという。きっとこの庭園にある小屋かなにかだろうとは思う。


 この道を通らないと、雪想花にはたどり着かないことは、本の冒頭に書いてあった。


 なぜなのか知りたいとクラウスは思ったが、その理由はどこにも書いていない。興味を持たせたいのか、それとも幻と思って本を投げ捨てて欲しいのか。


 庭園の様子は、クラウスの左手の上に作り出した炎を通して見ても、枯れてしまっている花、立ち枯れて立っているのがやっとのような木々、蔦が絡まって役に立たなくなった外灯が無数にあるのが見えるだけだ。


 池もあるが水は中途半端に凍りつき、すさんだ色合いが強い。気にならないくらいだが臭気もあるようだ。


 クラウスは庭や自然をこよなく愛している。

 歩き回って見ているだけで徐々に眉根にしわが刻まれていくのを、自分でも自覚しはじめた。


 何が優雅な小屋だ。


 こんな荒れ果てた庭に人を通すなどと、地図の作者も、この庭を作った人物にも苛立ちを覚える。けれどクラウスは、この庭園の中を探さないとならない。そう悟ったとき、光の力を発揮していた。 


 無意識に手をかざしていた。

蔦は光に溶けていき取り払われた。外灯が本来の姿を取り戻すと、すぐに灯が点される。


 庭全体に炎の光が行き渡り、闇の中に浮かぶ荒廃した庭を見せた。こうあるべきだと思う状態にすべてを元に戻していく。


 池も氷は溶かされて、池としてごみも浮いていない状態になった。


 枯れている花は見る見る生気を取り戻しはじめた。花こそつけないが、栄養が行き渡って青々となった。立ち枯れている木々は青々とした葉がじわじわと生え始める。枯葉や、その他の有形のゴミはすべて空中で燃やされた。


 池の中身までさらってきれいにするが、においまでは退治できない。


 仕方なく、クラウスは池の中身に寒さに強く、池で生きる魚を移し入れた。どこか他の池から移す。藻や池のドロは魚や、今運んできた水にいる微生物がなんとかしてくれるだろう。


 長期的な視野を入れてから、ここが自分の庭園ではないことを思い出す。憮然としてクラウスはきれいになった幻想的な庭園を歩きはじめた。


 歩いていると、また思い出していた。



つづく

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